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奇蹟の少女と運命の相手  作者: 鷹羽飛鳥
学院3年目
73/161

裏29-2 僕の婚約者(オルガ視点)

 ミルティの可愛らしさをご堪能ください。

 今、僕はマリーと一緒にゼフィラス公爵家の馬車でジェラード領へ向かっている。

 マリーの隣には、どういうわけかミルティもいる。いや、どういうわけってこともないよね。だって、この馬車はミルティの家のものなんだから。




 去年の夏、いきなり領地に遊びに来たミルティは、どこから元気が出てくるんだろうってくらい全力で遊んでいった。

 まあ、遊ぶために来たんだろうし、好きなことには常に全力を傾けるミルティらしい話だとは思うけど。

 僕はお母様に頼まれて、ミルティに乗馬を教えたり、話し相手になったりして忙しかった。

 まあ、領地に戻っている間は、特にすることがあるわけでもないから、別にいいんだけど。マリーの可愛い妹分だし、僕にとっても妹みたいなものだし。


 はっきり聞いたわけではないけど、ミルティは小さい頃、僕のことを好きだったらしい。

 まあ、女の子は小さい時は兄のような相手に憧れるものらしいし、ミルティは僕ら兄妹に懐いていたから、そうだったとしても不思議はない。

 大きくなるにつれ、跡継ぎ同士は結婚できないことを知って諦めたらしいけど。

 それでも、その後も僕に懐いていることは変わらないようで、お兄様と呼んで慕ってくれている。


 今回ミルティがうちに来た目的は、社会勉強だそうだ。

 たしかに、公爵家を継ぐ者として、院生時代に今しかできない経験を積むのは大事だからね。

 これは、いよいよ殿下と婚約でもするのかもね。




 乗馬の方は、順調に上手くなっている。

 ミルティもマリーみたいに飲み込みのいいタイプなのかもしれない。

 少し褒めたら、

 「では、お兄様。うまくなったら遠乗りに連れて行っていただけませんか」

と言われた。

 まあ、僕もこっちじゃないとなかなか遠乗りには行けないから、

 「いいよ」

と答えておいた。



 驚いたことに、ミルティは本当に3日で馬を乗りこなせるようになってしまった。


 「お兄様、明日はよろしくお願いいたします。

  どちらに連れて行っていただけるか、楽しみにしておりますから」


 ミルティは、満足げな顔で、そう言って微笑んだ。

 馬に乗れるようになった喜びを隠そうともしない、そのあけすけな笑みに癒される。

 そういえば、僕はマリーに何かを教えてあげるなんてことは、もう随分としていない。

 うんと小さい頃、マリーに何かを教えて、できるようになるとマリーもこんな風に屈託なく笑ったっけ。


 翌日、昼までに帰れる程度で遠出をするため、朝食も僕とミルティだけで早めに摂ったんだけど、ミルティは、

 「昼食を用意しましたので、少しくらい遠くても大丈夫ですから」

と笑った。

 本当に遠乗りを楽しみにしているんだ。

 まあ、そりゃそうか。

 王都じゃ、遠乗りで出掛けるような場所はないし、何より遠乗りなんて淑女のやることじゃないんだから。

 ミルティは、こう言っちゃなんだけど、ちょっと変わり者で通ってるから、こんなことを言い出しても不思議に思わないだけで。

 「やりたいことしかやらない」というのが、ミルティの信条だ。

 公爵家跡継ぎという身分でなければとても許されないような我が儘だけど、不思議とミルティが言うと憎めない。

 とにかく、昼食持参なら、予定より遠くに行ける。初めて遠乗りするミルティの体力と相談しながらになるけど。





 「驚いたね。乗馬を覚えたばかりとは思えないよ」


 ミルティの上手さに、僕は舌を巻いた。無駄な力を使わずに馬を操っている。

 ミルティも天才というものなのかもしれない。

 公爵家子女で初の飛び級をした学力、たった3日で乗馬を覚えた身体能力とカンの良さ。

 さすがは公爵家跡取りといったところなのかな。

 いつもの、喜怒哀楽の激しい女の子といったミルティの印象からは、そのどちらも想像がつかない。

 もっと驚いたのは、用意された昼食を見た時だった。

 ミルティは、早朝から2人分の昼食を作ってきたそうだ。


 「サンドイッチです。

  中身は、私が作れる程度のものなので、平民が食べるものなんですけどね」


 はにかみながらミルティが広げるバスケットの中身は、確かに普段僕らが見るような段重ねのものではないし、多分中身もそう手の込んだものではないんだろうけど、十分美味しそうだった。

 それに何より、外で食べることを前提に、片手で持ってかぶりつけるようになっている。

 優雅であることを大切にする高位貴族なら普通はあり得ないだろうに、まるで剣術の遠征にでも来たような開放感すら感じる。

 そして、一口食べてまた驚いた。


 「っ! 美味しいよ、ミルティ。これ、全部ミルティが作ったの?」


 「はい、卵を茹でたりポテトを茹でたりといった部分は厨房にお願いしましたけど。

  実を言えば、そんなに大した手間ではないんです。

  平民の一般家庭で食べるものなので、そんなに手が掛けられないんですけど、こういうところで食べるにはいいかと思ったので、ネイクに習っておいたんです。

  お兄様なら、こういうの喜んでくださると思って」


 満面の笑みを浮かべながら、ミルティもサンドイッチにかぶりついた。大きな口を開けて。

 そういう食べ方は、やっぱり高位貴族の間では忌避されるものだけど、ミルティらしくって微笑ましい。

 第一、淑女としては、遠乗りに出ているという時点で眉を顰められるんだから、今更そんなところを取り繕っても始まらない。

 ふと、離れて着いてきている護衛が何を食べているのか気になって、ミルティに聞いてみた。


 「別に用意させたものを食べているはずです。

  私は2人分しか作らないから、護衛用にも何か用意するように、昨日のうちに厨房に言っておきましたから」


 そうか、よかった。そりゃ、用意するよね。

 ホッとした僕は、ミルティとの食事を楽しんだ。

 ミルティは相変わらず元気に馬に乗っているようだから、帰り道は少し遠回りで時間調整して、僕のとっておきの景色を見せてあげよう。

 屋敷から馬で1時間くらいのところから見る、山の端に夕日が重なる景色が、僕は大好きだ。

 夕日が山に隠れた直後の夕焼けの色は、何よりも美しい。お昼のお礼も込めて、ミルティに見せてあげたかった。





 「うわあ…」


 「どう? 僕のお気に入りの景色なんだ。こっちに帰ってくると、いつも見に来てる。

  気に入ってくれた?」


 ミルティの顔を見ると、目にいっぱい涙を溜めていた。


 「こんなに綺麗な景色をお兄様と一緒に見られるなんて、私、幸せです」


 思わず「いつでも見においで」と言いそうになったけど、飲み込んだ。

 ミルティは、公爵家の跡継ぎなんだから、簡単にこんなところに来ることはできないってわかってるから。

 僕は

 「喜んでくれて、僕も嬉しいよ」

とだけ答えた。

 その後、少しペースを上げて、暗くなる前に帰ってきたけど、それでもミルティは元気だった。


 翌日、ミルティは上機嫌で王都に帰っていった。

 そして更に翌日、僕はお父様の執務室に呼び出された。


 「オルガ、来年の君の卒業を前に、相変わらず婚約の話が舞い込んでいるけれど、学院で気になる令嬢はいないのかな」


 「特にはいません」


 「そうか。

  では、希望があれば聞いておきたいんだけど、君が婚約者に求めるものが何かあるだろうか」


 婚約者に求めるもの? 夕日を見つめるミルティの顔が浮かんだ。

 「価値観を共有できる相手、でしょうか」


 「価値観を共有? 随分とまた抽象的だね」


 「美しい景色を見て美しいと思い、美味しいものを食べて美味しいと思う、そういう感動を一緒に味わえるような相手です」


 「そういう相手に心当たりがあるのかな?」


 「…いえ、ありませんが」


 「そうか、君の希望は一応考慮しよう」





 そして、今年は、最初からミルティと一緒に帰っている。

 少し前に、ミルティから、今年も領地に遊びに行くから一緒に帰ろうと誘いがあり、特に断る理由もないから了承したんだ。

 正直、ジェラード侯爵夫人の座を狙って近付いてくる令嬢に辟易していた僕には、ミルティの令嬢らしからぬ物言いは、むしろありがたい。

 ミルティの将来を考えれば、改めさせるべきなんだろうけど、僕は今のままの方が好きだなあ。


 馬車の中では、ミルティお手製のクッキーが振る舞われた。

 これがまた、マリーが作るのと遜色ないくらい美味しい。

 料理と違って、お菓子を作る令嬢は多いけど、マリーが作るものは本職にも負けないくらい美味しい。その、マリーのクッキーとほとんど変わらないくらい美味しいクッキーを作れるなんて。

 ミルティが作ったクッキーを食べたのは、僕が学院に入ったばかりの頃だったと思うけど、その時のものとは雲泥の差だ。

 4年の間に、ミルティはすごく頑張ったんだね。

 ミルティは、クッキーだけじゃなくて、サンドイッチも作ってきてくれていた。去年の夏同様、片手で食べられるシンプルなものだけど、中身は変えてあった。

 カリカリに焼いたベーコンを葉野菜で巻いたものや、削いだ肉を揚げたものなど、単純ながら手間が掛かっていてボリュームもある。

 僕達のためにミルティが努力と工夫を費やしたことが見て取れた。

 味の方も十分以上に美味しい。

 これだけのものが作れる貴族の令嬢なんて、マリーやミルティ以外でどこにいるんだろう。

 「とっても美味しいよ。ありがとう、ミルティ」


 領地に着いた後も、ミルティは何かと僕の傍にいた。なんだろう、なんだか思い詰めたような顔をして。

 僕は思いきって聞いてみた。


 「ミルティ、何か悩みでもあるのかい?」


 ミルティは、少し考えた後、にっこり笑って答えた。


 「悩みがあるわけではありません。オルガ様にまた遠乗りに連れて行っていただきたくて、なんと言ってお願いしようかと考えておりました。

  明日とは言いませんが、またあの夕日を見に連れて行ってくださいませんか」


 ミルティ、あの夕日をそんなに気に入ってくれたんだ!


 「夕日なら、僕も見に行こうと思ってたんだ。

  夕日だけなら1時間も走れば足りるから、明日にでも見に行こうか。

  遠乗りなら、また別に連れて行ってあげるよ」


 「ありがとうございます。それでは、ぜひ」


 僕の好きな景色を気に入ってくれたんだ。

 普通の令嬢じゃあ、連れて行けない場所だからなあ。


 翌日、マリーも含めてお茶をした後で、ミルティと夕日を見に行った。

 ミルティは、涙こそ流さなかったけど、いたく感動した様子で

 「やっぱり素晴らしい景色です。

  オルガ様、また来年も連れてきてください」


 「うん、約束するよ。ミルティが望むなら、毎年でも」




 その夜、僕はまたお父様に呼び出された。


 「オルガ、君の婚約者が決まりそうだよ」


 そうか、とうとう決まったのか。

 ふと、ミルティの顔が頭に浮かんだ。

 ミルティのような価値観の共有できる人だといいんだけど。

 「そうですか。どちらの方ですか?」


 「今はまだ言えないんだ。

  今日のところは、君が学院でいい人を見付けていないかを再確認しておこうと思ってね」


 「…そんな相手はいません」


 「わかった。それじゃあ、話を進めることにするよ。

  年末までには決まると思う」


 「はい、わかりました」

 僕は嫡男だし、政略結婚になるのは仕方がないことだと思う。

 政略結婚でも愛を育めることは、お祖父様とお祖母様が証明してるし。

 でも、なぜだか嫌だという気持ちが湧き出てくるのを止められなかった。





 そして、学院に戻って一月くらいしたある週末、僕はゼフィラス公爵邸に呼び出された。

 お祖母様を訪ねていくと、叔父上も一緒にいた。

 この2人が僕に用事というと、マリーのことだろうか。最近、研究が完成したとか言っていたようだけど。


 「オルガ、あなたの婚約が決まりそうだということは、ノアから聞いていると思います」


 なんでお祖母様が僕の婚約話をするんだろう。


 「あなたさえ嫌でなければ、ミルティを嫁がせたいと思いますが、どうですか」


 ミルティ? どうして? 跡取りなんじゃ…


 「ミルティならば、あなたと価値観を共有できると思いますが、どうです」


 「あの…、ミルティは、公爵家の跡取りなのではありませんか?」


 なんとか動揺を隠せたであろう僕の質問に、叔父上は静かに答えた。


 「跡取りは、研究所を継げる者でなければならない。

  マリーを養女に迎え、跡取りにする」


 「それでは、まるで交換をするようではありませんか」


 「端からは、そう見えるでしょう。

  けれど実態は違います。

  あなたも気付いていることと思いますが、ミルティはあなたを慕っています。だから希望を容れてあなたに嫁がせたいのです。

  そして、マリーは公爵家(うち)の跡取りとなることで、望む相手を婿に迎えることができます。

  この件については、陛下からもお墨付きをいただいています」


 「マリーは…マリーは、納得しているのでしょうか」


 「養女の件については、納得しています。

  あなたとミルティの婚約に関しては、口を出すことはしないでしょう。分をわきまえた子ですから」


 マリーが養女になることには、確かにデメリットはなさそうだ。

 マリー自身が納得してるなら、それでもいいのかもしれない。

 なら、後は僕とミルティの問題か。

 ミルティなら、僕はまた一緒に夕日を見たい。ほかにも、一緒に見たい景色は沢山ある。

 「ミルティとなら、願ってもない話です」

 そうだ。ミルティとなら、喜んで結婚しよう。




 「娘を頼む。幸せにしてやってくれ」


 「一緒に幸せになれるよう、頑張ります」


 叔父上とそんな会話をしていると、ドアがノックされてミルティが入ってきた。


 「お祖母様、用って何…オルガ様!?」


 どうやらお祖母様は、僕にけじめを付けろと言ってるらしい。

 僕は、驚いてまだ硬直しているミルティの前に跪いて、彼女の左手を取った。


 「ミルトリア・ゼフィラス様。僕と生涯、心を分かち合って生きてくれますか?」


 ようやく硬直が解けたミルティは、ポロポロと涙をこぼしながら

 「もちろんです、オルガ様」

と泣きじゃくり始めた。

 僕は立ち上がり、ミルティを抱き締めて

 「君と見たい景色が沢山あるんだ。同じものを見て、同じものを食べて生きていこう」

と耳元で囁いた。

 君のやりたいことは、きっと僕もやりたいことだから。そして、君がやりたくないことはやらなくてすむように、僕がなんとかしてあげるから。


 久々に、甘い恋を書けました。


 ミルティの頑張りは、オルガにちゃんと届いていました。

 オルガにとっても、ミルティは理想の女性だったわけです。

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[良い点] ラブリー♡ 素敵な二人♡ 素直に祝福できる♡ おめでとう*\(^o^)/*
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