裏29-1 誓いの成就(カトレア視点)
マリーの研究が完成を見たようです。
そして、マリーの心境にも何らかの変化があったようだとの報告を受けました。
頃合いですね。
私は、マリーを養女に迎えるべく休日に屋敷へと呼び出しました。
今回は、ガーベラスも同席させます。今の公爵家当主はガーベラスですから、その場にいさせないわけにはいきません。
ここ1年ほどで、マリーを養女に迎えることは周囲に根回し済みです。
ジェラード侯爵家に関しては、いずれどこかに嫁がせる前提だったのですから、全く問題ありませんでした。
陛下に至っては、養女に迎えるべきと言っておられたほどです。諸手を挙げて歓迎なさいました。
肝腎の我が家も、ガーベラスはすんなり受け入れました。色々と思うところはあるでしょうが、フーケを追い詰めるようなことにはなりませんから、特に反対することはありません。
これで、ミルティが跡継ぎという檻から解放されるのですから、ガーベラスとしてはむしろ渡りに船だったのではないでしょうか。
「マリー、ゆくゆくは研究所を継いでくれませんか」
「研究所の跡継ぎですか? 叔父様はまだ所長になって5年ですが」
「将来の話だ、マリー。
所長には、世俗的な野心、つまり出世欲を持たない者がならねばならない。そうでなければ、王国が揺れる。
それを避けるためにも、所長職は予め後継者を公表しておくべきだと思っているんだ」
「そうです、マリー。
そして、それは我が公爵家の者であるという形にしたいのです。
優秀な研究者が必ずしも野心を持たないわけではありませんし、事務方に牛耳られるわけにもいきません。
出世欲を持たず、事務方とやり合い、陛下の意を汲みながらも意見することもできる、そんなバランス感覚を持った者が所長になるのが理想です。
あなたなら、その理想を実現できると私達は信じています。
あなたもうすうす気付いているでしょうが、あなたにはガーベラスの養女になってもらいたいと思っています。
もちろん、その場合はあなたに婿を取ってもらうことになりますが、その相手はあなたが選ぶということで構いません。余程問題のある相手でなければ、あなたの望む者を迎えましょう。
ミルティについても、悪いようにはしません」
「ミルティはお兄様に嫁げますか?」
「そうなります。ミルティの夢は叶いました」
そう、これこそがマリーを動かす一言。
マリー自身は、公爵家に入ることに嫌悪も魅力も感じていません。世間の者なら大抵の者が飛びつくであろう地位に、全く興味がないのです。
マリーが気に掛けるのは、自分が好きな、言い換えれば、自分が傍にいたいと思う相手のことだけ。
それは、セリィであり、オルガであり、ティーバであり、そしてミルティ。
ミルティがオルガに嫁ぐためには、マリーが公爵家を継ぐ必要がある以上、そしてセリィとの距離を最小限に抑えられる以上、マリーが断ることはないのです。
「私は、公爵家に入ります。
そうなると、今回の研究の名義はどうなるのでしょうか」
研究の名義? 名義を気にするなんてマリーらしくない…いいえ! 旦那様との約束がありました。「ローズマリー・ジェラードの名を轟かす」と。マリー、あなたは、亡き旦那様との約束を気にしてくれているのですね。
「オルガの卒業を待たず、じきにミルティとの婚約を発表し、同時にマリーを養女に迎えることになります。
栽培試験には、最低でも1年は掛かりますから、ローズマリー・ゼフィラスの名で発表することになるでしょう。次期所長としての実績にもなりますから。
大丈夫。旦那様が求めたのは、ローズマリーの名で発表することです。あなたがジェラードで居続けることには拘っていませんでした。第一、嫁げば姓など変わるものですから。
それと、今後ルージュはマリー専属の護衛となります。
公爵家の跡取りは、あなたですから」
「わかりました。
それで、お兄様は婚約のことは?」
「もちろんオルガから承諾は得ています。いくらミルティが望んでいるからといえ、無理矢理オルガに押しつけるようなことはしませんから安心なさい」
こうして、私はようやくマリーを研究所に迎え入れる準備を整えました。
ルージュの報告では、マリーは遂に研究者としての足場を固めたとのこと。
マリーの研究を狙う者達は排除し、テザルトに対しては国境の防御を固め、マリーにはゼフィラス公爵家の跡取り娘という後ろ盾を与え…私にできるのは、ここまでです。
後は、マリーを導ける者…セリィをどうやって領地から引っ張り出すかですわね。
夫婦揃ってなら来てくれるでしょうが、その対価をどうしましょうか。
方法は追々考えるとして、とりあえず屋敷は用意しましょう。
使用人も信用のおける者を集めて、護衛も何人かは付けて。
この辺りは、陛下のお力を借りるしかありませんね。
3日後、私は再び陛下の下を訪れました。
「ローズマリーを研究所に迎え入れる準備が整いました。
どうやら、研究者としての土台もできたようです。
近日中に、ローズマリーを養女に迎え、同時に、今回の基礎研究の功績をもって、かつてのセルローズ・バラードと同じように、院生のまま在外研究員とします。
それと、こちらはまだ決まっておりませんが、セルローズ・ジェラードをローズマリーの指導者として王都に迎えたいと存じます」
「っ! 侯爵夫人がようやく了承したのか!?」
「いいえ、まだです。ですが、ローズマリーを指導できる者となると、彼女しかおりません。なんとしても説得するつもりでおります。
話をするのはこれからですが、その前に屋敷と使用人、護衛を手配しておきたいのです。
できれば、来春に合わせて用意して、ローズマリーもそこに住まわせようかと思っております」
「…院生は、例外なく寮生活が義務づけられているはずだが」
「大々的に発表する必要などありません。学院が秘密裡に了承すれば足りることです。
不世出の才媛と奇蹟の再来が王都に揃っているとなれば、内外から狙われるでしょう。
2人一緒に守る方が効率的です。
侯爵夫人が王都に来れば、ジェラード領の研究施設を凍結できますし、そちらに回していた人員の大半を王都に呼び戻せます。
テザルト対策による人員不足も解消できましょう」
「絵に描いた餅だが、実現すればこちらにとっても都合がいい。
侯爵夫人を王都に呼べるなら、ローズマリー・ゼフィラスが王都のジェラード侯爵邸に住んで常に指導を受けられるよう、学院に命じよう」
「それと、ジェラード領での研究をやめる分、ローズマリーが開発した作物は、これまでどおりジェラード領で自由に栽培できるよう取り計らうことをお許しください。これは、侯爵夫人を説得する上で必須となります」
「わかった。それも認めよう」
「ありがとうございます。
来春には彼女を王都に呼べるよう、尽力いたします」
ようやく舞台が整いました。
旦那様、もうすぐあなたのところに行けます。
もう少しだけお待ちください。
これで、カトレアの準備はほぼ終了です。
現在、作品内時間で11月。あと2か月です。
次回裏29-2話は、オルガ視点で今回の婚約の裏事情になります。