4 護身術
2日に、臨時更新で裏3話を上げてありますので、まだお読みでない方は、そちらを先にお読みください。
マリーです。
護身術を習い始めました。
王都から来たキドーっていう先生から習っています。
お兄様の剣術の先生とは、違う人です。
王都のお祖母様のご紹介だから、身元のしっかりしている人なのは間違いないけど、どういう人なのかは知りません。
ただ、教え方はすごくわかりやすいです。
キドー先生が言うには、護身術というのは、剣術とかとは全く違うんだそうです。
先生の方針は3つ。
第一に、得意な武器を作らないこと。
これは、いつでもどんな状況でも身を守るために必要なんだそうです。
得意な武器があると、無意識にそれを中心とした戦い方になってしまって、その武器が手元にないと弱くなってしまうから。
わかりやすく言うと、愛用の剣の間合いとか握りとかに慣れていると、別の剣を使った時に、間合いの違いに戸惑ったり、手が滑ったりするってことみたいです。
第二に、幅広い武器の対処法を学ぶこと。
大抵の武器は、一度は使ってみた方がいいそうです。
使いこなせる必要はないんですって。
剣、槍、棍、ナイフなど、大まかな系統ごとの特徴を知っていれば、初見の武器でもある程度対処できるようになるんですって。
第三に、勝つことより逃げることを優先すること。
これが、剣術とかとの一番大きな違いだと思います。
普通、戦うための技術というのは、相手に勝つことに主眼を置きます。
敵を殺すこともあるでしょう。
護衛のための剣術でも、敵が戦えなくなる程度には手傷を負わせる必要があります。
その点、私が習う護身術は、自力で窮地を脱することが目的なんだそうです。
つまり、私が習うのは、いつ、どこででも自分の身を守れるようになるための技術です。
とりあえずは身体作りだと言われましたが、戦う身体を作るわけではないので、わざわざ鍛錬はしないそうです。
私の体力作りは、散歩とダンスで十分なんだとか。
あと、ちょっと不思議なんですが、お兄様がやっている剣術のような足運びとか身のこなしみたいなものもいらないそうです。
その辺りは、どうしてなのか、先生は教えてくれませんでした。
とにかく、先生からは、足下はダンスのステップの応用で動けばいいと言われているので、そうしています。
わたしの場合、一番気をつけるのは、羽交い締めにされて捕まることと、腕を捻り上げられて動けなくされることだそうです。
なので、捕まえられる前に逃げるのと、腕を掴まれたら、捻り上げられる前にすり抜ける練習がメインになりました。
わたしなんか攫う人がいるのかなと思ったりもしますが、わたしにも王族の血が流れている以上、無理矢理にでもわたしと結婚したい人はいるんだそうです。
そういう人は、わたしを攫って手籠めにして、結婚せざるを得なくするかもしれないそうで。
「手籠め」というのは、無理矢理交配させることだそうです。
植物を受粉させると実がなるように、人や動物も雄と雌、男と女で交配すると子供が生まれるそうです。
わたしには、まだ子供を産む機能はないそうですけど、学院に入る頃にはもうあるはずなんですって。
貴族の娘は、結婚した相手以外とは交配してはいけないので、もしそういうことになったら、結婚せざるを得なくなるから、それを狙う悪い人も出るだろうって。
考え過ぎじゃないかしら。
ともかく、習っている以上は、身に付けるしかないんですけど。
羽交い締めされたら踵で相手の足を踏み抜くとか、腕を掴まれたら捻られる前に全体重を掛けて掴まれた腕ごと肘を相手の胸に突き刺すとか、体術とも言えないようなことを毎回やっています。
相手は、大人のこともあれば、同じくらいの年の子のこともあるだろうからと、練習相手には、女の人や女の子がやってきます。
先生のお弟子さんだそうです。
こんなに女の人ばかり弟子を取ってるなんてどういう人だろうと思っていたら、沢山いるお弟子さんの中から、わたしの相手用に女の人だけ連れてきたんだとか。
仮にも侯爵令嬢に、練習とはいえ男の人を触れさせるわけにはいかないから、なんですって。
わたしがもう少し巧くなったら、男の人を相手にしての練習もするようになるそうです。
護身術を習い始めて1年経ちました。
今は、体術だけでなく、武器の使い方も習っています。
私は、腕力や握力があまりないので、大きな武器は扱えません。
今のところ、短剣と細剣を習っています。
細剣の方は、どちらかというと、使いこなすためではなく剣というものの間合いや振るい方を実感するためだそうです。
その発展として、短剣で相手の剣を受け流したり弾いたりする練習をしています。
私が細剣で攻めた時にお弟子さんがやったことを、自分でもやってみます。
自分が実際に色々攻めて、防がれたやり方を自分もやってみて覚えるという感じです。
さすがに、剣を相手に素手でどうにかできるには相当な実力差が必要なので、短剣を使うんだそうです。
懐剣くらいなら貴族令嬢でも持ち歩けるので、それを使う練習です。
実際に持ち歩くのは、装飾を施された優美な懐剣ですが、練習に使ったら傷んでしまうので、武骨な短剣で練習です。
もっとも、最初は、鉄の棒の周りに柔らかい布を巻いたもので練習しました。
いきなり鉄の剣でやったら、失敗した時、私が大怪我するからです。
多少は痛い思いもしないと身につかないと言って、肩などに容赦なくビシビシ当てられて、最初のうちは随分痛かったです。
あれが鉄の剣だったら、刃を潰していたとしても鎖骨が折れてしまったでしょう。
そのうち木剣を使うようになり、今は刃を潰した本物の剣を使っています。
当たったらただでは済まないという緊張感がないと、どんなに練習しても無駄だ、というのが先生の持論なのだそうです。
まあ、だからこそ、最初のうちは剣を使わなかったわけですけど。
私が使う短剣は、懐剣とは全く違う形をしていますが、これも得意な武器を作らないことの一環です。
嬉しいことに、短剣術の練習では、週に1回、お兄様とご一緒できることになりました。
お兄様は剣術を習ってらっしゃいますが、お兄様の剣を受けることで、実戦的な練習になるそうです。
先生のお話では、お兄様の剣筋は貴族らしい教本どおりの素直なもので、わたしのような初心者が受ける練習をするにはうってつけだとか。
お兄様としても、チョロチョロと避けるわたしを相手に剣を振るうのはいい経験になるので、ちょうどいいそうです。
もっとも、妹相手でお兄様が無意識に手加減していなければ、私の技術では大怪我しかねないそうですから、まだまだですが。
お兄様が学院に入るために王都に行ってしまわれた後は、先生のお弟子さんのクロードさんが私の練習相手を務めてくれています。
クロードさんは、先生の下で6年修行しているという、14歳の男のお弟子さんです。
私の短剣術も、男のお弟子さんを相手にできるくらいには上達したんです。
もっとも、技術の差は歴然で、いいように翻弄されていますが。
それでも、ギリギリですけどなんとか避けることができていて、まだ一撃ももらっていません。
お陰で、先日、先生から、「本気で殺しに来たような相手は無理だが、少し怖い思いをさせて攫おうという程度の輩が相手なら、なんとかなるだろう」というお言葉を戴きました。
次は、「逃げるだけなら一人前だ」と言われるように頑張ります。