28 私の生きる道
3度目の長期休暇で帰ってきました。
今回は、最初からミルティが着いてきています。
着いてきたというより、公爵家の馬車で帰ってきたので、私達が着いてきた側になっているような気がします。
驚いたことに、ミルティは、初日用のお弁当を3人分作ってきていたり、クッキーを作ってきたりしていました。
お弁当と言ってもサンドイッチですが、中身は去年の夏とは変えているそうです。
クッキーの方も、以前作ったものより上手で、いつだったか殿下に作っていたクッキーの美味しかった方に近いレベルのものばかりでした。
今回、旅の間中つまめるだけの数を用意してきて、全部このレベルなのですから、よっぽど努力したのでしょう。
ミルティがお兄様と結婚したいと思っているというのは、本気なのですね。
お兄様は、ミルティの気持ちを知ってか知らずか喜んで食べて、「美味しいよ」と褒めていました。
こうやって素直に賞賛してくれるところは、殿下にはないところです。
途中の宿では、3人とも1人部屋でしたが、ミルティの部屋を訪ねて少し話をしました。
「本当にお兄様と結婚するために努力を重ねてきたのね。
クッキーもあんなに上達して、随分と練習したのでしょう?」
「もちろんです。
できることは全部、全力でやらなければ、後悔しますから。
お姉様にはなかなかご理解いただけないでしょうけど、これが私のやり方なんです」
「そんなにも一途になるものなのね、恋って。
私も、いつかそんな恋ができるのかしら」
「お姉様、できるできないじゃないんです。
しちゃうんですよ。
お祖母様も、お母様も、ドロシー伯母様も、セリィ大伯母様も、みんなしようと思ったわけじゃなくて、いつの間にか恋しちゃってたんです。
焦らなくたって、いつかお姉様も実感する日が来ますわ。
殿下みたいな、お兄様の紛い物じゃなくて、お姉様だけの運命の人が現れますから」
「そうね。焦ってるわけじゃないのだけれど、ネイクやミルティの真っ直ぐさが眩しくて」
ミルティは、くすりといたずらっぽく笑いました。
「お姉様、世間ではみんな、二段飛び級なさったお姉様のことを眩しく感じていますわ。
それがくだらない憧れだって、お姉様は知ってらっしゃるでしょう? 他人を羨んでも仕方ないのですわ」
二段飛び級? ああ、確かに羨む人は多かったですね。
「無い物ねだりをするものなのかしら」
「ないから憧れるのではなく、欲しい物を持っている相手を羨むのでしょうね。
私は二段飛び級には興味がありませんから、お姉様を凄いと思いますし誇らしくもありますけど、羨ましいとは思いません」
「そうね、そうだわ。
なんだかミルティの方が年上みたいね」
私が笑うと、ミルティは
「あら、そのうち私はお姉様の義理の姉になるんですよ」
と言いました。
あまり真面目な顔をして言うので、私は思わずミルティを「お義姉様」と呼んでいる自分を想像してしまいました。
ミルティは、またいたずらっぽい顔で笑って、
「私がオルガ様と結婚しても、これまでどおりミルティと呼んでくださいね。
義妹になっても、お姉様は私のお姉様ですから」
オルガ様? 今、名前で…
「お兄様と呼んでいるうちは、妹分のままですから、これからは少しずつでもオルガ様に私を見ていただかないと。
オルガ様は来春卒業ですから、それまでになんとかするつもりです」
「ミルティ…私には何もできないけれど、気持ちだけは応援しているわ。あなたの恋が成就するように」
「ありがとう、お姉様。
私が家を出られるよう協力していただけるだけで十分です。
それだけは、私の気持ちではどうにもなりませんから」
そうでした。ミルティから、ゼフィラス公爵家に養女に入ってほしいと言われていたんでした。
今回の帰郷で、おばあちゃまにご相談しないといけませんね。
お父様達への帰郷の挨拶の後は、おばあちゃまのところに行きます。
「おばあちゃま。とうもろこしの研究の方は、上手くいきそうです。
来年には、別のテーマを探さないといけません」
「1人で企画して、3年で形にできたのね。すごいわ。
もうすっかり一人前ね。
卒業したら、研究所に入るのでしょう? 何を作ってくれるか、楽しみだわ」
おばあちゃまが褒めてくれると、本当に嬉しいです。
「ええ、おばあちゃま。お祖父様ともお約束しましたし、研究所で頑張ります。
…それで、あの、私がゼフィラス公爵家に入るというのは、あり得るお話なんでしょうか?」
「それはあるわね。打診でもあった?
マリーはゼフィラスの血筋だし、植物学で二段飛び級もしているし、研究所の跡を継ぐことも期待されてるんじゃないかしら。
そうなると、公爵家に入っていた方が素直に世襲できるものね」
「まだ、打診があったわけじゃないんです。
ただ、ミルティはそうなることを期待しているから、私はそれでもいいかなって…。
ますますおばあちゃまと会えなくなりそうなのだけが問題ですけど」
「あら、でも今のままじゃ、マリーはいずれどこかに嫁ぐことになるのでしょう? どこに嫁いでも、王都より遠くなるんじゃないかしら。
公爵邸なら、年に一度は会いに行けるわよ」
「そうか、そうですね! じゃあ、何も問題ありません!」
「でもね、マリー。慕ってくれるのは嬉しいけれど、マリーの人生はマリーのものですからね。
マリーはマリーの人生を幸せに生きることを考えなければ駄目よ。
ネイクさんやミルティ様、周りにいる人達全てがあなたの人生を鮮やかに彩ってくれるの。
私はその中の1人に過ぎないわ。それも、そう遠くない将来、あなたの前から消えることになる。
だからね、マリー。
あなたは、あなたの幸せを見付けなさい。
焦らなくていいから、日々を生きていく中で、沢山の小さな幸せを見付けるの。
小さな幸せを集めているうちに、あなたの人生は幸せで満ちていくから」
おばあちゃまの言葉は、素直に肯けないけれど、納得できるところもあります。
ネイクと出会ったことで、私の世界は確かに変わりました。
お祖父様の研究に賭けた情熱も、私とは違うものでした。
そして、殿下も、行く道は違っていても、運命の人ではなくても、研究という同じ世界に生きています。
今の私の目標は、おばあちゃまの孫として弟子として、研究成果を挙げて私の名を轟かすこと。
でも、それだけでいいのかという思いもあります。
おばあちゃまの名誉を取り戻した後、私はどうするのでしょう。
今はまだわからないけれど、このまま研究の道を行けば、いつかおばあちゃまと同じものが見えてくるのでしょうか。
私らしく研究していくことが私の人生なら、私は私の人生を行こうと思います。
お陰様で、2万字を超えました。
マリーの屋台骨は、まだあやふやですが、一応研究に生きるということだけは決めました。
セリィから離れての研究、それは学院入学前のマリーでは思いもよらなかったことです。
少しは、成長しています。