裏27 ゼフィラスの血(ミルティ視点)
私は、ミルトリア・ゼフィラス。ゼフィラス公爵家の跡取り娘だ。
弟が産まれていれば跡を継がなくてもよかったんだけど、残念ながら、私には弟も妹もいない。
お父様とお母様の仲は、悪くない。というより、2人は大恋愛の末に結婚したって聞いてる。
お母様は、官僚貴族であるバトゥーブ子爵家の出で、本来なら公爵家に嫁げるような身分じゃなかったんだけど、お父様はお母様と結婚することを望んで、お祖父様とお祖母様もそれを認めたんだそう。
お祖父様とお祖母様は政略結婚ではあったけど、お祖母様は初めて会った時からお祖父様を好きだったそうで、恋愛とは個人と個人のものだって思ってるらしい。
ドロシー伯母様も、5歳の時にノア伯父様を一目で好きになったって言ってた。
きっとゼフィラスの家系は、初恋の人を想い続ける血筋なんだと思う。
でも、周りの人はお母様に優しくなかった。
お父様の妻の座を狙っていた人は多くて、官僚子爵家令嬢のくせに脇から攫っていったお母様は、嫉妬の的になってしまったから。
あちこちで色々と嫌味を言われ続けたお母様は、体調を崩してしまった。
その上、産まれた子供が嫡男じゃなくて女だったから、風当たりはますます強くなって。
苦しんでいるお母様を見かねたお父様は、私を跡取りにするからもう子供はいらないと周囲に言ったそうだ。
私が冷たい現実を知ったのは、4歳か5歳の頃だったと思う。
いつも私を構ってくれる、当時、私の大好きだった侍女がいた。
私は、その時たまたま侍女の部屋のクローゼットに隠れていた。
何のために隠れていたのかは、その後のショックのせいで覚えていないけれど、多分驚かそうと思っていたんだろう。
そして、隠れていた私は、侍女の親が娘に会いに来て、その部屋で近況などを話すのを聞いてしまったのだ。
その侍女は、親に、私やお母様の悪口を言っていた。
お母様のことを、公爵家には相応しくないとか、うまいことお父様に取り入ったとか。
私のことも、我が儘で乱暴な娘だと言ってた。
いつも笑顔で優しく構ってくれてた侍女が、本当は私のことを嫌っていた。
私は、大好きだった侍女に裏切られた。
ううん、きっとあいつだけじゃない。
それからの私は、侍女達の井戸端会議などに耳を澄ますようになった。そして、人の言葉には裏側がある、面と向かって本音を言う人なんていないんだって思い知った。
みんな、私が公爵家の跡取りだからチヤホヤしているけど、本当は心の中で、我が儘で扱いにくい娘だって嫌ってるんだ。
何を言われてるか知ってるくせに黙ってるお母様は嫌いだけど、私が信じられるのは、血を分けた家族だけだった。
そうやってひねくれ始めた頃、1年ぶりにお姉様に会った。
毎年、年明けにはドロシー伯母様とセリィ大伯母様と一緒に、お兄様とお姉様がやってくる。
いつも遊んでくれた2人だったけど、私はもう2人を信じていなかった。
どうせこの2人も、私の陰口を叩いてるに決まってるって思ってた。
当時お姉様は5~6歳だったはずなのに、愛想も良くて使用人にも優しく接している姿は、私から見たら、とても嘘っぽかった。
よその家の使用人を上手に使っているお姉様に腹を立てた私は、遊ぼうとやってきたお姉様に突っかかり、
「どうせお前だって、わたしのこと嫌いなんだ!」
と捨て台詞を残して逃げた。
追い掛けてくるお姉様を振り返りながら逃げていた私は、階段を踏み外し、追いついたお姉様ごと転げ落ちたけど、お姉様が庇ってくれたのと、たまたま階下を歩いていたお兄様が下敷きになって受け止めてくれたお陰で、怪我せずにすんだ。
落ちながら私を抱き締めて庇ってくれたお姉様は、
「だいじょうぶ? けがしてない? よかった~」
と言って、私を抱き締めたまま泣き出して。
そしたら、お姉様の下から、お兄様がのんびりした声で
「マリー、泣いてないで、そろそろ降りてくれない? さすがに2人は重いよ。僕が死んじゃう」
なんて言うから、お姉様の涙は引っ込んじゃった。
お姉様は私を庇って落ちたせいで背中に打ち身、お兄様は私達を受け止めたせいで肘をすりむいて血が出てた。
2人とも子供で軽かったからあんなものですんだけど、今だったら大怪我してただろう。
お兄様の上から降りたお姉様は、お兄様の破れた袖を見て、怪我したことに気付いたらしい。
「お兄ちゃま、痛い?」
「大丈夫、痛くないよ」
「お兄ちゃまのうそつき」
「痛くない! 妹を守るのは兄のつとめなんだから、平気だ!」
お兄様は、目に涙を溜めながら、強がって。
そんな2人を見てるうちに、私は声を上げて泣いてた。
声を出して泣いたのなんて、随分久しぶりだった。
このことがあって、2人は私の特別な人になった。
絶対に信じられるお姉様とお兄様に。
そして、これが私の初恋だった。
それから1年くらいして、私は、跡取り同士は結婚できないことを知った。
誰に聞かされたのかは覚えてないけど、世界が明日滅ぶって言われた方がマシなくらい絶望して、2~3日泣いて暮らしたのは覚えている。
その後、婚約者候補として引き合わされたのが、殿下だった。
どことなくお兄様に似ている殿下と過ごして、殿下となら結婚してもいいかと思い始めた頃、私は気が付いた。気が付いてしまった。殿下の中にお兄様の面影を探しているだけだったことに。
そこに気付いてしまったら、もう殿下と結婚なんて考えられなくなった。
一生、お兄様との違いに幻滅しながら生きるのなんて嫌だ。
私は、どうにかしてお兄様と結婚する方法を見付けようと決心した。
お姉様が学院に入り、二段飛び級したことで、希望が見えてきた。
薄汚い貴族共がお姉様を放っておくはずがない。きっと何か仕掛けてくる。
そうしたら、きっとお祖父様もお父様も、お姉様を守るために動くだろう。
お姉様を守る一番確実な方法は、有力な貴族がお姉様の後ろ盾になること。
有力な貴族子息との婚約が最善だけど、お姉様が認めるはずがない。そうなると、次善は公爵家の養女にすることだ。
そうなれば、お姉様は私の本当のお義姉様になり、次女になった私は、お兄様に嫁げる。
お姉様だって、侯爵令嬢より公爵家跡取りの方が、相手を選べるからお互い得だ。
学院に入って、私は、お姉様の友達という平民の娘に会った。
あのお姉様が側に置いているのだもの、裏表のない人に決まってる。
実際に会ってみると、ネイクは、本当にお姉様を慕う友人だった。
おもねることもなく、取り入ることもなく、心からお姉様を好きでいる。
この子なら、私も本音でぶつかれる。
私は、勉強会の名目で、ネイクと2人の時間を持つことにした。
ネイクはものを教えるのがとてもうまくて、私は算術を習って飛び級できた。
正直言えば、お姉様に教えてもらっても理解はできる。
その辺りの事情はネイクにも言ったけど、お姉様から教わるわけにはいかないことも沢山あるから、ネイクから教わりたい。
例えば、料理。例えば、経営学。
お姉様は経営学を取っていないけど、ネイクは取ってる。
ネイクから1年間経営学を習えば、2年生から受講して飛び級できると思う。
経営学で飛び級できれば、お兄様に嫁いだ後で役に立つとアピールできる。
でも、それをお姉様に言うのは、準備が整ってからだ。
先にお姉様に言ってしまったら、優しいお姉様のことだから、殿下との結婚まで覚悟して養女に入りかねない。
それじゃ駄目だ。
私だけが幸せになるために、お姉様の幸せを犠牲にするわけにはいかない。
ちゃんとお姉様にもネイクにも幸せになってもらわなきゃ。
お姉様はお兄様のことが大好きだから、お兄様に似ている殿下のことも好きになるかもしれない。
少なくとも、私と違ってお兄様との結婚が絶対にあり得ないお姉様なら、殿下に幻滅しないですむかも。
…と思って色々世話を焼いたけど、やっぱりお姉様は殿下を好きにはなれなかったみたいだ。
多少は殿下に興味を持った風だったのに、いつの間にか距離を置くようになってた。
きっと、あれだ。クッキー。
殿下ったら、お姉様のクッキーを食べておきながら、社交辞令だけで褒めてたし。誠意ある対応をしないのは、お姉様から嫌われる。
まあ、逆に考えれば、殿下を押しつけずにすむわけだから、お姉様が公爵家の養女になっても問題ないってことだ。
なら、お姉様にも話した上で、その時を待とう。
私は、ミルトリア・ゼフィラス。今にきっとミルトリア・ジェラードになってみせる。
ようやく書けました、ミルティ視点。
小さかったミルティは、あちこちに隠れて公爵家の使用人の井戸端会議を聞いていました。
件の侍女は、公爵家で行儀見習いをしていたので、特にミルティのご機嫌を取っていたのですが、色々思うところがあったようです。
誰しも多少は本音と建前があるわけですが、幼い時に本音に触れたせいで、純粋だったミルティはひねくれてしまいました。
本音と建前をうまく使い分けられなかったオルガ(当時7~8歳)に惹かれたのも、そういう部分があってのことです。
未だにミルティは社交を嫌う(建前で付き合うのが嫌)わけですが、オルガの不器用さはミルティにとっては美点なんですね。
ちなみに、ミルティは、建前は嫌いですが、駆け引きや権謀術数は嫌いではありません。
この辺もひねくれているところです。