27 ミルティの気持ち
3年目の春を迎え、1か月が経ちました。
あれ以来、事件は起きていません。
とうもろこしの研究も順調に進んでいます。
殿下は、研究室に入って、染料植物の改良をしています。
殿下独自のアプローチとして、品種改良と土壌の改良を同時進行でやるそうです。
これまでの植物学の一般的な手法は、土壌改良や肥料の成分研究が多かったわけですから、新旧併用という新しい切り口と言えるでしょう。
ネイクは、相変わらず大忙しです。
私との勉強会、アインさんとの勉強会、ミルティとの勉強会、登用試験向けの勉強会と、勉強会だけで週4日です。それも、私とのものを除けば、全部教える側です。
相手の理解力に合わせて説明の仕方を変えるなんて、私にはとても真似できません。
ネイクの情熱の賜物か、登用試験組の方々は、順調に成績を伸ばしているとか。
もっと驚いたのは、ミルティが経営学で飛び級したことです。
元々ミルティは経営学は取っていなかったのですが、2年になってから受講して、飛び級してしまいました。
学院では、2年になって新しい講義を取ることは可能ですが、2年になってから受講した教科で飛び級するというのは、前代未聞だそうです。
それはそうですよね。だって、飛び級するほど得意な教科なら、入学してすぐ取るはずですもの。
ミルティが経営学を取るということ自体意外なのに、飛び級するほど勉強していたなんて。
いつの間に…と言っても、ネイクに習ったに決まってますよね。
私は、どうして経営学を取ったのか、ミルティに聞いてみました。
「ミルティ、どうして経営学を?」
「必要だと思ったからですわ、お姉様」
「どうして必要なの? 研究所に入るにしたって、経営学なんていらないでしょう?」
「領地経営をお手伝いできるようにです。
お姉様、私はお兄様との結婚を諦めません。
チャンスがあったら生かすために、周到な用意が必要なのですわ」
「お兄様と結婚? 殿下はどうするの?」
ミルティは跡取り娘なのに、チャンスとはどういうことでしょう。
それに、ミルティは殿下と結婚するんじゃないの?
「殿下は、ただの幼なじみです。
私の心は、いつもお兄様だけを見ています。
お姉様流に言うと、お兄様が私の運命の人なんです」
いたずらっぽく笑うミルティに、頭が混乱します。
それじゃあ、殿下はミルティの運命の人じゃなかったということ?
「私は、どんなことをしてもお兄様と結婚します」
「…そんな…だってミルティは公爵家の跡取り娘で…」
「代わりにお姉様が継いでくだされば、私はお兄様に嫁げます。
私よりお姉様の方が、よっぽど跡取りに相応しいですし、きっと誰も反対なんかしません。
お姉様は、ドロシー伯母様の娘で、公爵家の血縁ですもの」
私が? 跡継ぎ? そんな荒唐無稽な…いえ、筋は通ってます。
私が公爵家に入れば、年齢順で私が跡継ぎになり、ミルティは自由になる。
従兄妹同士なら、結婚には問題ないし、お兄様には婚約者はいない。
…それじゃあ、私が殿下と結婚する未来もあったってことですか!?
「ミルティ、いつからそんな計画を?」
「殿下がお姉様の研究室に行くようになってからです。
本当は、お姉様と殿下が惹かれ合って、殿下がお姉様に婿にきてくれればよかったんですけどね。
お姉様に跡取りを押しつけるみたいで、自分でもちょっとひどいかなとは思うんですけど、それでも諦められないから運命の人なんです」
諦められないから運命の人…。私は、殿下への恋を諦められた。やっぱり、殿下は私の運命の人ではなかったのね…。
「ミルティの運命の人がお兄様なら、手助けしてあげなきゃね。
私の一存でできる話ではないけれど」
「お姉様、ありがとう。
今は、その言葉だけで十分です。
きっとそのうち、お祖母様辺りから、お姉様を養女にってお話が出ると思うんです。
私は、その日に備えて、できることを積み重ねていくだけです。
知ってますか? 幸せって、全力で追い掛けないと捕まえられないんですって」
なんてことでしょう。
ミルティの方が年上みたいです。
恋をすると、人はこんなにも強くなれるのでしょうか。
それなら、やっぱり、何もかもを犠牲にしてでも、と思えなかった私の初恋は、運命の出会いではなかったのかもしれません。
ミルティの、私を利用してでもという強かさは、私にはありませんでした。
アインさんの、戦ってでも守るという気概も。
ネイクの、なりふり構わずアインさんについていこうとする一途さも。
どれも、私にはないものです。
私が何よりも優先するもの、それは…。
とうとうミルティがマリーに本音を告げました。
ミルティなりに状況を読んで、マリーがゼフィラス公爵家の養女になる可能性に賭けて準備していました。
次回は、ミルティ視点となります。