裏25-2 公爵家御用達(ダイハン視点)
リクエストを戴いていた、ドリスト商会会頭ダイハン・ドリストの視点です。
時期的には、裏21-2話で、ジョアンナがテヅルを出発した日(ネイクが帰宅した翌日)から始まります。
ちなみに、ムースというのはネイクの父のことです。
いつものように執務していると、ジョアンナが私を訪ねてきたという。
「会頭、ジョアンナお嬢様がおいでです。
大切なお話がおありとのことで」
「応接室で待たせろ」
ジョアンナが? まさかナシールとケンカして飛び出してきたなどということは……ないな。
ジョアンナは、そんな鼻っ柱が強い娘ではない。
それに、あのムースに限って、ジョアンナをいびり倒すようなこともないだろう。
とすると、本当に重要な話ということか。
テヅルで王都より耳が早いとなると、学院に通う娘からの情報だろうが、アイン様と婚約した以上の話が湧いて出るとも思えんが…。
「久しぶりだな。
婿殿とは上手くやっているか」
「はい、皆よくしてくれます。
今日は、大切なお話があって来たんです。
これから話すことは全部本当だから、そのつもりで聞いてください。
昨日、ネイクミットさんが休暇で帰ってきたんですが…」
ジョアンナは、そう言って、白い封筒を差し出した。
手に取ると、家紋が箔押しされている。この家紋は、ゼフィラス公爵家か!
「ゼフィラス公爵家のご令嬢に送られてきたんです。
それで、ご令嬢が、この封筒をナシールさんにお預けになりました。
これを持ってゼフィラス公爵のお屋敷に行けば品を見てもらえる、気に入ってもらえればその後もお引き立てくださる、と。
自信のある茶器を持ってくるようにとのことでした」
なに!? ゼフィラス公爵家御用達になれるということか!?
そんなうまい話がそうそうあるわけは…。いや…。
「随分とうまい話だが、それほどムースの娘が気に入られているということか?」
「はい。ご令嬢は、ネイクミットさんが学院を受けられるよう、ナシールさんが口添えしたことに対する礼だと言ってました。
ただ、ネイクミットさんの話では、ドリスト商会に対して救いの手を差しのべたのだろうって…」
「救い? どういうことだ?」
「そっちが今日の本題です。ご令嬢から、ヒートルース子爵家との取引には、細心の注意を払うようにと言われました。
嫡男のニコル様がよからぬことを企んでいて、そのための道具を手に入れるのにドリストを利用するかもしれないって。
気をつけないと、ドリストも連座で罰を受けるかもしれないそうです」
何を言ってるんだ、ジョアンナは。
ニコル様がよからぬことを企んでいるとしても、うちではご禁制の品など扱ってはいないぞ。
「どうしてうちが罰を受けるなんて話になるんだ。
うちが扱っているものに、違法なものなどないぞ」
「それが…ネイクミットさんの交友関係の中には、王子殿下もいらっしゃるそうで。たとえばニコル様がネイクミットさんに斬りかかったとして、ご令嬢や王子殿下に怪我でもさせると反逆罪になるかもって。
そうすると、ドリストも罰を受けるかもしれないって。
ニコル様は、もうすぐ廃嫡されるとも言ってました。
ネイクミットさんは、くれぐれも気を付けてって。
あと、公爵家に持って行く茶器は、厳選するようにって。一度だけのチャンスだからって」
ニコル様は、そんなにひどい状況なのか? たしかに成績が振るわないという情報は聞いているが、廃嫡となると、子爵家は当代で終わることになる。
しかし…
「どうして公爵令嬢がうちにそこまで心を砕く? うちがどうなろうと、公爵家は構うまい」
「ドリストはどうなってもいいけど、ネイクミットさんが悲しむのは見たくないって。
すごいお気に入りみたいです」
なるほど。つまり、温情か。
いや、公爵家が動くんだ、単なる温情などということはあるまい。
釘を刺すのと、ニコル様の動向を知っていれば情報を流せ、ということか。
だが、ありがたい話だ。
お得意先であるヒートルース子爵家は20年もすれば消えるが、官僚貴族家は元々そういったものだ。
公爵家は不動だし、その御用商人ともなれば、うちの信用も上がる。
まったく、ジョアンナを嫁にと言った時には、ここまでの話になるとは思ってもみなかった。
ムースは、元々義理堅く目端の利く男だったから目をかけてやっていたし、それが独立して倅が王立学院に入った時は、これは伸びると思った。
娘をやるには十分な将来性だろうと。
しかし、まさかここまでとはな。
姉が学院に落ちたのは知っていたから、妹の方にも期待はしていなかったのだが、卒業後に王城に上がるのがほぼ確実、公爵家の覚えもめでたいとなれば、この先どんな余録があるか想像も付かん。
思った以上に良い買い物だった。
「今夜はゆっくりしていくといい。
帰ったら、婿殿にもよろしく伝えてくれ。せっかくのチャンス、生かしてみせるとな」
とりあえず、子爵家担当の者に、注文を受けたら、私の裁可を受けてから納品するよう厳命した。
後は、公爵家への手土産だな。
まずは、ニコル様の動静を調べてみるとしよう。
幸い、今は学院が長期休暇中で、サントス工房の倅が帰ってきている。
…なるほど、茶器を厳選しろとは、そういうことか。
学年が違うし、どこまで知っているか疑問だが、学院内の情報は外には流れにくいから、内側にいる者に聞いてみるのはいい手だ。
サントスの倅によると、ムースの娘がヒートルース子爵家のアイン坊ちゃんと婚約しているのは、学院では有名な話だそうだ。
しかも、最近ではゼフィラス公爵令嬢に個人授業をして飛び級させたということで、気に入られているとのことだった。
ネイクミットは、学院ではジェラード侯爵令嬢やゼフィラス公爵令嬢と一緒にいることが多いとか。
これは、本当にお気に入りのようだ
一方で、ニコル様については、評判はほとんどないそうで、せいぜい、どこかの子爵家令嬢に不義理を働いたとか、口だけ上手いことを言うが騙されるなというような噂が流れている程度だそうだ。
あまりためになる話は聞けなかったが、今回の件の裏は取れた。
ネイクミットが公爵令嬢のお気に入りだというなら、今回の話は理解できる。
次は、ニコル様がヒートルース子爵家でどうなっているかだ。
担当の者にそれとなく探らせたところ、長期休暇で家に帰っているニコル様は、毎日のようにゴースン伯爵家を訪ねているらしいことがわかった。
うちはゴースン伯爵家と取引はないが、適齢のお嬢様がいないことくらいは知っている。
学院に通うご子息がいることも。
うちで今すぐ手に入る情報は、このくらいだろう。
私は、土産話と茶器を携えてゼフィラス公爵邸を訪ねた。
門番に封筒を渡すと、奥様がお会いくださるとのこと。
急に訪ねてお会いできるとは思っていなかったのだが。
部屋に通され、品を見ていただく。
土産話は、その後だ。
奥様は、公爵夫人とは思えないほど物腰の柔らかな方だった。
…違うな。悪く言えば、高位貴族らしくないというか、単なる世間知らずのお嬢様のような感じだ。
そういえば、奥様は官僚子爵家の出で、学院で公爵に見初められたとかいう話があったな。
そう考えると納得できなくもないのだが…どうも思っていたのと違う。これは、土産話は余計だったか。何も言わずに帰るべきだな。
結局、奥様の目に留まった茶器があり、今後の出入りを許していただけた。
その場を辞し、業者用の出入口に向かう途中で侍女から大奥様がお呼びだと呼び止められ、今度は別の部屋に通された。
そこには、いかにも高位貴族といった威厳を漂わせた夫人が待ち構えていた。
促されるまま席に着くと、
「ご苦労でした。首尾良く御用商人に加われたとのこと、おめでとう」
と声を掛けられた。冷たく睥睨する青い目で、ちっともめでたいと思っていない口調で。
「それで? せっかく用意した手土産でしょうし、聞いておきましょうか」
なるほど、二段構えか。
土産話を用意するかどうか、それを奥様に話すかどうか、試されたな。
機を読む力があればよし、なければ単なる御用商人で終わると。
「は。お耳汚しながら、ニコル・ヒートルース様におかれましては、我が家には特段のご用命はございません。ただ、学院でもかなり評判は悪いようです。
また、このところゴースン伯爵家ご子息と懇意にされておられるようでございます」
大奥様は、眉1つ動かさず
「そうですか。他には何か?」
と仰った。この程度の情報は、もう持っておられたようだ。
「申し訳ございません。他には何も。なにぶんゴースン伯爵家とは取引がございませんもので」
「ご苦労でした。また良い茶器があれば持って来なさい。
それと、私に用件がある時は、門番に申し出るように」
どうやら、こちらも合格をいただけたらしい。
こうして、ドリスト商会は、ゼフィラス公爵家御用達の看板を掲げることができた。
その後、ヒートルース子爵家から、刺突剣やナイフなどの注文があったとの報告があったので、品切れとして断らせた。
あの家には、剣術を嗜む方はいないはずだ。
どうも怪しい。とはいえ、今回の件がなければ特に気にもせず納めていたはずだ。
もちろん、この話は大奥様のお耳に入れておいた。
2か月後、ゴースン伯爵が反逆罪で処刑された。
王子殿下の暗殺未遂だそうだ。
そして、テイルズ商会が、その片棒を担いだという門で取り潰しになり、会頭と、ゴースン伯爵家担当だった者は処刑された。
ジョアンナの情報がなかったら、或いはムースの娘がゼフィラス公爵令嬢のお気に入りでなかったら、取り潰しになったのはドリスト商会だったかもしれない。
私が公爵家にもたらした情報が役に立ったかどうかはわからない。ゴースン伯爵家のことを公爵家が既に掴んでいた可能性は高い。
だが、少なくとも私が手土産に情報を持って行きながら奥様には話さないという程度には気の回る、言い換えれば役に立つ人間であることはアピールできたし、結果的にドリスト商会は生き残り、ゼフィラス公爵家御用達の看板を掲げることもできた。
ムースには、礼をしなければならんな。
さしあたって、姉にいい嫁ぎ先でも紹介してやるか。
ミルティの母親フーケは、子爵家令嬢でしたが、学院時代にガーベラスに見初められ、恋愛結婚しました。
カトレアもサイサリスも、家柄などには拘らないタイプだったため、すんなり公爵家に嫁入りできました。
一番のポイントは、フーケがほわほわしていて野心とか持っていなかったことです。
その分、影が薄く、本編にはほとんど絡みません。
ミルティにも一歩引いたところがあり、ミルティの奔放さの一因になっています。




