裏23 クッキー、リターンズ(アーシアン視点)
「殿下! お姉様から聞いたわよ! いったい何をしてるのよ!
あれじゃあ、お姉様、もう二度とお菓子なんて作ってくれないわよ!」
先日の一件で、僕はミルティにこってり絞られた。
言い訳をさせてもらえば、僕はローズマリー嬢手作りのクッキーを真剣に味わっただけなんだ。
欲目を除いても、あのクッキーは玄人はだしだった。
それでもなくても、好きな人が手ずから作ってくれたものなんだし、真剣に味わったのは悪いことじゃないはずだ。
…とは思うけど、傍で見ていた侍女によれば、どうやら傍目には、僕は気難しい顔をして食べていたらしく、喜んで食べていたようには見えなかったそうだ。
そのせいか、僕が褒めた言葉は、ローズマリー嬢には社交辞令にしか聞こえなかったらしい。
翌日、ミルティとティーバ嬢で取りなしてくれたけど、ローズマリー嬢は、もう二度と僕にお菓子を作ることはないとまで言っていたそうだ。
ミルティからは、自業自得だって言われたけど、諦めきれない僕は食い下がった。
ミルティは
「ああ、もう! どうしてお姉様に直接そういうことを言わないのよ!」
と言いながらも、知恵を出してくれた。
「仕方ないわね。今回だけよ。
殿下のためには作らないってだけだから、私達のお茶会用に焼いてもらったものを分けてあげる。
次の勉強会の日に、お姉様と私でクッキーを焼くわ。
お姉様が焼いたのは私達のお茶会用、私の焼いたのが勉強会の休憩用ってことにしてね。
それで私のクッキーの中に、お姉様のを混ぜてあげるわ。
…そうね、お姉様のは星形にしてもらうから、怪しまれないように食べるのよ。
これで駄目なら、もう諦めてね」
「ありがとう。今度はうまくやるよ」
そして週末、ミルティは計画通り、ローズマリー嬢が焼いた星形のクッキーを混ぜておいてくれた。
怪しまれないように、最初はミルティの焼いた丸いクッキーも食べていたけど、気付けば星形のばかり食べていた。
本当に美味しい。
僕が摘もうとした星形のクッキーが、ローズマリー嬢に取られた。
思わずクッキーを目で追ってしまったけど、彼女は特に星形に拘ることはなく、その後は丸いクッキーを食べているみたいだ。
ただ、星形のを食べた時、ローズマリー嬢の顔に困惑の色を感じた。
ローズマリー嬢は、僕と一緒にいても社交的な態度を崩さないから、何を考えているのかまるで読めない。
ミルティがいると、大分変わるけど。
今の困惑は、本当に珍しい、ローズマリー嬢の素の感情だったんじゃないだろうか。
だとしたら、何に戸惑った?
もしかしてバレた? そうか、星形は彼女が焼いたものだし、作った本人ならわかるかも。
少なくとも、丸いのと味が違うんだから、おかしいと思うよな。
…あれ? もしかして、わざと丸いのだけ食べてくれてるのか?
僕が星形ばかり食べてることに気付いて、譲ってくれてるんだろうか。
それとも、僕が自分の焼いたクッキーばかり食べてることを喜んでくれてる?
そうであってほしいけど、ここで下手なことを言って台無しにしたらと思うと、とても聞けない。
我ながら、自分の意気地のなさに嫌気が差すけど、もし拒否されたらと思うと、踏み出せない。
だって、一度拒否されちゃったら、僕が学院を卒業するまで近づけなくなるんだから。
失敗はできない。
距離は、少しずつ詰めていけばいい。
あと3年はあるんだから。
変に考え込んでしまったせいか、途中からよく覚えていない。
身が入らなくて怒られたりってことはなかったから、多分普通にやれていたんだとは思うけど。
後日ミルティから聞いた話では、ローズマリー嬢は、星形のもミルティが焼いたものだと思っていたそうだ。
よかった。下手なことを言わないで。
とはいえ、こんな狡い手を使わずに、彼女にお菓子を作ってもらう方法はないものか…。
長々とクッキー話にお付き合いいただきありがとうございました。
いささか冗長になりましたが、マリーの初恋を描く上で、マリーの鉄壁の淑女マスクが周囲からマリーの本心を隠しているということを描くのに、ちょっとくどめに並べてみたものです。
マリー自身は、クッキーを食べるアーシアンを見ながら色々考えているわけですが、アーシアンには「平然としてる」ようにしか見えないとか、ミルティにさえ胸の内を気付かれていないとか。
もちろん、マリー自身も気付いていません。
次回でようやく気付くことになります。
24話「ニコルの襲撃」です。