23 星のクッキー
すみません、今回もクッキー話です。
クッキーネタは、裏23話で終わりますので、もう少々お付き合いください。
クッキーを持ち帰り、泣きながら食べた翌朝、私はすっきりと目を覚ましました。
クッキーを残されたくらいで、どうして私は泣いたりしたんでしょう。
それは、確かに上手にできたとそれなりの自信はありましたが、所詮は素人が趣味で作るレベルのもの。
普段からいいものを食べている殿下の口に合わなくても不思議はないのに。
そんなことで泣くほどショックを受けるなんて、私は随分いい気になっていたものです。
今後は、殿下にお菓子を作るのは控えましょう。
ああ、そういえば、ミルティの感想を聞くのを忘れていました。
元々はミルティのリクエストですし、あの子は以前から食べているから、口に合わなかったということもないと思いますが。
過ぎたことをあれこれ言っても仕方ありませんが、ミルティに挨拶しないで帰ってきてしまったのは、よくなかったですね。
ミルティのお陰で厨房を使わせてもらえたわけですし。
そんなことを思いながら朝食のために食堂に行くと、ちょうどネイクとミルティが朝食中でした。
ネイクの隣の席に座り、まずはミルティに昨日のことを謝ります。
「挨拶もしないで帰ってごめんなさい」
「いいんです、お姉様。
どうせ、殿下が失礼だったからでしょう。
ちゃんと感想を言うこともできないんだから、困ったものですよね」
「ううん、ちゃんと感想はあったのよ。
その、お気に召さなかったらしくって、社交辞令丸見えだったので、ちょっと驚いただけで」
「ほら、やっぱり! 伝わってないじゃない!
逆よ、お姉様。殿下ったら、思ってた以上に美味しかったから、驚いて狼狽えただけなんです。
お姉様がお帰りになった後、私のところにまで食べに来たんですよ。
もう全部食べちゃってましたけど」
「本当に美味しかったですよ、マリー様。
私なんかよりずっとお上手です」
「ありがとう、ネイク。
でもね、やっぱり私のお菓子は素人の趣味の範疇でしかないのよ。
同じ素人なら、ミルティが作って差し上げた方がお喜びになると思うわ」
「お姉様、今度の週末に、もう一度クッキーを作っていただけませんか?」
「週末に? 勉強会が終わってからならいいけれど」
「後ですか? できれば、勉強会の前に作ってほしいんですけど」
「見え見えの社交辞令で褒めてくる殿下は、もう見たくないもの。やめておくわ。
殿下がお帰りになった後なら、そういう心配はないし」
「お姉様お手製のクッキーを私達だけで食べたなんて知ったら、殿下が拗ねます」
「そんなことで疎外感なんか感じないでしょうに。
まあ、殿下らしいと言えばそうなのかしら。
それじゃあ、ミルティも一緒に作りましょうか。
殿下には、ミルティが作ったクッキーを差し上げればいいわ。
きっとお喜びになるわよ」
「それは、さすがに可哀想なんですけど」
「あらやだ、同じお世辞で褒めるにしても、私よりミルティを褒める方がいいでしょう?」
婚約者候補で幼なじみのミルティが相手なら、心にもない美辞麗句を並べ立てなくてもいいし、素直な感想だって言えるでしょう。
「それではお姉様、私と一緒に、午前のうちにクッキーを焼くといいうのはどうかしら」
「そうね。お茶の時間には、ミルティの焼いたものを出すことにして、私の焼いたのは、先に3人で食べてしまいましょうか」
「それはいいですね」
「あの、それは…」
「もちろん、ネイクもうちに食べに来るのよ!
なんだったら、ネイクも一緒に作る?」
「いえ、公爵様のお屋敷の厨房を使わせていただくなんて、そんな恐れ多いことは…」
こうして、半ばミルティに押し切られる形で、私はまたクッキーを焼くことになりました。
今回は、私のクッキーは殿下にはお出ししないので、気が楽です。
そして週末、また私は朝から公爵邸に行ってクッキー作りです。
今日は、ミルティも一緒で、材料は2人とも同じものを使いますが、作業は別々に行います。
「お姉様、こちらの型をどうぞ」
そう言って、ミルティから渡されたのは、星形と四角の型です。
ハートはないみたいです。よかった。
その後、ミルティの部屋で、ネイクも交えて3人でお茶会をしました。
長期休暇の前に、ミルティがネイクにサンドイッチの作り方を習っていたことなども聞けました。
茹でた卵や、ふかしたイモを潰してサラダを作って、それをパンに挟んだり、煮込んだ肉を挟んだり。
庶民的な作り方らしいのですが、ミルティが初めて作るには、そういったシンプルなものの方がいいだろうということで選んだそうです。
ミルティも色々と考えているんですね。
遠乗りした先で食べることを考えれば、シンプルな方がいいですし。
厨房ではなく、この部屋で作っていたというのが驚きですが、卵を茹でたりするところは、既にここの厨房でやってもらったそうです。
そういうちゃっかりしたところもミルティらしいです。
そして、午後からは殿下との勉強会です。
お茶の時間には、予定どおりミルティの焼いたクッキーが並びました。
ミルティは、丸い型を使ったようです。
最初にそのように説明したせいか、殿下もリラックスして食べています。
微笑を浮かべながら、美味しそうに頬張る殿下を見ていると、なんだかミルティが羨ましいです。
あら? 星形も混じってるようです。
見分けやすいように、私とミルティとで型を変えているのかと思っていたのですが、ミルティも星形を使っていたんですね。
丸いクッキーの中に、時たま混じっている星形のクッキー。
殿下は、目を輝かせて星形を中心に食べています。
というより、星形ばかり食べているような気がします。
殿下ったら、そんなに星形が好きだったのかしら。
前回私が焼いたクッキーの中にも星形はあったけれど、そっちはそんなに喜んでいなかったような気がします。
ミルティが作ると、違うのでしょうか。
なんだかんだ言って、仲がいいですものね。
悔しいけれど、お似合いです。
私が焼いたクッキーの時は、仇敵でも睨んでいるみたいな感じでしたのに。
ちょっと意地悪して、星形を横取りしちゃいましょうか。
何食わぬ顔で星形のクッキーを摘むと、殿下がオモチャを取り上げられた子供のような目で見上げてきます。
星形を取られたのが、そんなに悔しいんですか? でも、返してあげませんよ。
…あら? 丸いのより美味しい。
丸いクッキーは、生地の練り方のせいか少しボソボソした感じだけれど、星形のはサックリしていていい感じです。
ミルティったら、出来のいい生地で星形を作ったんでしょうか。
じゃあ、殿下は、いち早くそれを見抜いて星形ばかり食べていたのですね。
まったく、子供みたいな人です。
食い意地の張った殿下を見て肩の力が抜けたのか、その後の勉強会は、いい気分で進みました。
鈍感を嫌味にならないように書くのって難しいです。どうやったらいいんでしょうね…。
無意識にミルティに嫉妬しているマリーを微笑ましく見ていただければと思います。