裏21-3 花嫁の父?(ノアジール視点)
「転生令嬢は修道院に行きたい(連載版)」に父の日企画で掲載したものの転載となります。
「マリーをガーベラス様の養女に?」
「ええ。お母様からの手紙にありましたの」
長期休暇に合わせて我が領を訪れたミルティ嬢は、ドロシーの弟君であるガーベラス・ゼフィラス公爵の一粒種だ。
ミルティ嬢が預かってきた義母からの手紙には、オルガにミルティ嬢の相手をさせてやってほしいということと、いずれマリーをガーベラス様の養女に欲しいということが書かれていたそうだ。
ミルティ嬢が、幼い頃からオルガに懐いていたのはよく知っているから、せっかく遊びに来たのだし相手をさせてほしいと言ってくるのはわかる。
けれど、マリーを養女にというのは、どういうことなんだろうか。
第一、ゼフィラス公爵家の跡取りはミルティ嬢なのに、ミルティ嬢より年上のマリーを養女になんかしたら、後継者争いが起きてしまう。
「どういうことですか? 義母上はなんと?」
「公爵家はマリーに継がせる、と。
それに先立って、ミルティは嫁に出すそうです。
一応、順番としては、ミルティを嫁に出す前提で婚約させ、跡を継がせるためにマリーを養女に迎えるという形を取るようですわ」
「ゼフィラスから嫁に出すと言っても、嫁ぎ先なんかあるんですか?
引く手はいくらでもあるでしょうが、ゼフィラス側で得るものがなければ仕方ないでしょう」
そう。ゼフィラス公爵家は、王国でも有数の大貴族だ。
王立研究所の所長を務めるゼフィラス公爵家と縁を結びたがる貴族は多い。
けれど、ゼフィラス公爵家にとって旨味のある家というのは、ほとんどない。
ガーベラス様ご自身も、政略ではなく恋愛結婚されている。
「手紙では、その辺りには触れられていませんが、多分オルガに嫁がせようということなのでしょう」
「オルガに、ですか? しかし、それは…」
「ミルティは、幼い頃からオルガに惹かれていました。
私がそうであったように。
きっと、お母様の血ですわね。幼い頃の初恋に全てを賭けてしまうのは。
ガーベラスも、自分の想いに正直に生きましたもの。ゼフィラスの血ですわ」
「ドロシーと結婚した私が言うのは変ですが、ゼフィラス公爵家とジェラード侯爵家では、釣り合いが取れているとは言い難いですよ」
「取れないこともないでしょう?
きっとミルティは、オルガ以外の誰と結婚しても幸せにはなれないでしょう。
私もそうでしたから、よくわかります」
「しかし、それにしたって、相手のある話ですよ。
私達の場合は、私自身も望んでいたからいいですが、オルガがミルティ嬢に惹かれているという話は聞いたことがありません」
「ミルティがゼフィラスの跡取りである限り、オルガがミルティを結婚相手の候補と見ることはありません。
オルガもミルティを可愛がってはいましたから、あり得ない話でもありませんわ」
「まさか、今回の訪問はそのために?」
「どうでしょう? 単に脈があるか見定めるつもりで寄越したのかもしれませんわ」
「うちとしては、そっちは問題ありませんが、だからといってマリーを養女にというのも妙な話ですね。いえ、研究所の主としては、マリーが適任と言えるかもしれませんが」
「マリーの身の安全を考えれば、王都に置いておいた方がいいでしょう。
お母様のことですから、そういうことは考えていると思いますわ」
「ミルティ嬢の婚約が先ということは、オルガの卒業を待ってということでしょうか。
学院卒業までは、どのみちマリーは王都にいますからね。
まあ、結婚相手をマリーの意思で選べるようになるというなら、悪い話ではありませんが」
ゼフィラス公爵家の跡取り娘となれば、誰を婿に選ぶかは、マリーの気持ち次第ということになる。
その点は、陛下も了承済みだとか。
養女に行くこと自体は、既に決まったことという様相を呈している。
「陛下にしてみれば、譲歩のおつもりなのでしょう。
れっきとした直系の跡継ぎがいるのに、それを排除してまで養女を取らせるなど、力押しもいいところですもの」
確かに、血縁とはいえ、本来の跡継ぎを押しのけて、しかも爵位を継げる男ではなく、婿を取らなければならない養女を取るというのは、反発を生みそうな話だ。
私は、マリーのことでもあるし、母上の意見を求めてみた。
「ああ、話が進んだのね」
母上は驚きもせず、世間話のように応じてきた。
「サイサリス様が亡くなった後に、打診はされてたの。
マリーが自由に動くためには、肩書きはあった方がいいって。
公爵家に嫁ぐと考えれば、あまり不思議でもないでしょう?」
確かに、最終的に「公爵夫人」となるわけだから、嫁いでいったと考えれば、普通の話ではある。
むしろ、夫は婿に入るわけだから、マリーの立場の方が優位になるだろうし、いい話だとも思う。
でも、なんだろう。なんだか面白くない。
「あらあら、娘を嫁に出すのは、嫌かしら?」
母上が、意地悪そうな笑いを浮かべた。
「貴族ではあまり聞かないけど、平民ではそれなりにある話だそうよ。娘を嫁に出したくない父親って。娘婿に一発殴らせろって言うんですって。
そういう人を、花嫁の父って言うらしいわ。
大丈夫。カトレア様もガーベラス様も、マリーの意に沿わない結婚はさせないわ。
むしろ、今よりもずっとマリーの自由に決められるのよ。
それでも、心配? なんなら、ガーベラス様と殴り合いでもする? あちらも一人娘をうちに嫁に出すのでしょう?」
一瞬、ガーベラス様と殴り合う自分を想像してしまった。
どちらも文官肌だから、似合わないことこの上ない。
ついでに、筋骨隆々の騎士を連れてきたマリーを想像した。
殴ったら、こっちの手が壊れそうだ。殴り返されたら、目も当てられない。
そんなバカなことを想像して、思わず吹き出してしまった。
ともかく、私はマリーの結婚相手についてとやかく言う資格はなくなるわけだ。あっても言う気はなかったけれど。
花嫁の父、ね。
ガーベラス様もマリーを可愛がってくれていたことだし、あの方が花嫁の父になる日を待ってみるとしようか。