裏21-2 ミルティ様のお友達(ネイクミット視点)
ネイクの視点による、前回の続きになります。
「おおよそのところは、手紙で書いたとおりなんだけど」
ミルティ様に送っていただいて帰宅したもんだから、あたしは兄さんに事情の説明を求められた。
あらかじめ手紙で、ゼフィラス公爵令嬢に勉強を教えることになった話と、それが切っ掛けで愛称呼びを許されたという話は知らせてあるけれど、ほんのさわりだけだったのも確かだから、何がどうなってるのかわからないっていう兄さんの気持ちもわかる。
当のあたしが信じられなかったほどだから、突然巻き込まれた兄さんに理解しろってのは酷だろう。
「あたしがミルティ様に勉強を教えることになったってのは、手紙に書いたとおりなんだけどね。
ミルティ様は、元々、従姉のマリー様が大好きで、マリー様の初めての友人ってことであたしに興味を持ったのよ。
で、最初はマリー様とミルティ様で勉強会をしたんだけど、マリー様の教え方ってわかりにくくてね、本当にそれでわかるのかってあたしとマリー様の勉強会を見に来たのよ。
で、ちょうど王太子殿下の第2王子様のアーシアン殿下がマリー様から植物学を教わるって話があって、変な噂になると困るからって、マリー様とミルティ様と殿下と、あと、あたしとアイン様の5人で勉強会をしたのよ。
その時、ミルティ様が見ているだけだと暇だからって、あたしが算術を教えることになってね。
わかりやすかったって、気に入られちゃって」
「変な噂ったって、お前とアイン坊ちゃんはいらないんじゃないか?」
「うん、そう。
多分なんだけど、マリー様はあたし達に殿下と面識を持つチャンスをくださったんだと思うの。5人で集まったのはその1回だけだから。
ただ、ミルティ様があたしを気に入ったのは本当みたいで、その後は、寮の学習室であたしとミルティ様と2人で勉強会しててね、ミルティ様、算術で飛び級したのよ。
公爵家の方としては初めてでね、あたしのお陰だって感謝されちゃって。
兄さんがいなかったら、あたしは学院を受験できなかったわけでしょ。だから、兄さんに感謝って」
「そんな、ぐるっと回って感謝って言われてもなあ…」
うん、まあ、そうだよね。普通は理解できないと思う。
あたしは、夕食の席で、改めて家族全員に説明することになった。
「今日いらしたミルトリア・ゼフィラス様は、ゼフィラス公爵家の一人娘で、今年学院に入られたの。
去年話したマリー様…ローズマリー・ジェラード様とは従姉妹の関係で仲がいいんだけど、その伝手であたしも知り合ったの。
色々あって、あたしがミルティ様に算術をお教えすることになったんだけど。
それで、ミルティ様って呼ぶように言われたり、ミルティ様が算術で飛び級したりで、よくわからないけど、あたし、ミルティ様にかなり気に入られたのよ。
何度か公爵家にもお招きいただいたの。
アーシアン殿下にも、やっぱりマリー様の関係で、一度お目通りしたんだけど、殿下はミルティ様に婿入りするって話でね。
今回、ミルティ様が公爵家への紹介状をくださったのは、あたしとミルティ様の縁を家のために使ってもいいっていう意味よ。
ジョアンナ義姉さんから、ティーバ商会を通してドリスト商会に繋いでいいって。
兄さんの顔も立つし、義姉さんがうちに嫁いできたことの成果にもなるし。
それが、あたしの価値を高めることになるからって。
あと、ヒートルース子爵家の件だけど。
ミルティ様が仰るには、嫡男のニコル様に、最近誰かが近付いて何か企んでるらしいの。
それが何なのかはわからないけど、去年、マリー様にナイフで襲い掛かった暴漢がいたから、ミルティ様は警戒してるのよ。
狙いがアイン様なら、ミルティ様は心配なんかなさらないんだけど、もし、あたしやマリー様が一緒にいる時に襲われたらってお考えみたい。
あたしはともかく、マリー様やミルティ様に刃を向けたら、本当にヒートルース子爵家が取り潰しになるかもしれないし。
子爵様も、その件でニコル様の廃嫡に動いてらっしゃるらしいんだけど、間に合うかどうかわからないし、ニコル様が子爵家の名前でドリスト商会を利用して、後日商会がお咎めを受けることになりかねないって、ミルティ様は心配してわざわざ忠告に来てくださったのよ。
ミルティ様は、ティーバ商会にも影響があるかもしれないって心配してくださってるの。
で、それでお得意様のヒートルース子爵家を遠ざけさせたり手間を掛けさせるから、その埋め合わせに、ドリスト商会がゼフィラス公爵家の出入り業者になれる可能性を持ってきてくださったってわけ。
だから義姉さん、ドリスト商会の旦那様に今日のことを伝えてください。
本当に一度限りのチャンスだから、公爵様のところに持っていくものは厳選するようにって」
どうしてミルティ様がニコル様の件をご存じなのかっていうと、公爵様の情報網だ。
公爵様は、どうやら、ニコル様の動きが、アイン様やあたしでなく、あたし達の近くにいるマリー様やミルティ様への悪意だと疑っておられるみたい。
つまり、誰かがニコル様を利用してマリー様やミルティ様、殿下に何かしようとしてるってこと。
殿下が巻き込まれたりしたら、それは謀反ということになるから、関わった者全てが連座で処分されるかもしれない。
もし、ドリスト商会が関わりを疑われれば、潰れたり、最悪死罪ってこともある。
そうなると、兄さんやティーバ商会も道連れになるから、ミルティ様はわざわざ忠告してくれた。
もちろん、道中の危険のことを考えてあたしを送ってくれたってのもあるんだけど。
そして、こんな話をすればドリスト商会が困ることになるのを見越して、ゼフィラス公爵家御用達の看板を掲げるチャンスをくれた。
これは、本当にミルティ様のご厚意だ。
主にあたしに対してのものだけど、だからこそ、家であたしの評価が高まるよう、ティーバ商会やドリスト商会の評判が上がるよう、今のミルティ様に出来る精一杯をくださった。
今のミルティ様にできるのはチャンスを与えるところまでらしいけど、逆に言えば、最大限助けてくれようとしているってことだ。
あまり詳しい話はしてはいけないって釘を刺されてるから、なんとなく変な話になってしまうけど。
初めての2人だけの勉強会で、ミルティ様は仰った。
「算術なら、お姉様に教えていただいても、なんとかわかるのよ。
でもね、私はネイクから教えてもらいたいの。
勉強だけじゃなくて、色々なことを。
だから、こうして2人で会ってもおかしくないように、私はお姉様に教わっても理解できないってことにしておきたいの。
協力してちょうだい。私の仲間になってほしい。
私には、やりたいことがあるの。そのためなら、なんだってする。
その一環として、お姉様には、運命の人を見付けて幸せになってほしいのよ。
お姉様ったら、何でもできるくせに未だに初恋もしてないの。
だからね、ネイク。
私に協力してくれるわよね? だって、あなた、お姉様のこと好きだもの」
「ミルティ様に協力すると、マリー様はお幸せになれるのですか?」
「なってもらうのよ!
まあ、全部が全部お姉様のためにするわけじゃないけどね。
お姉様の幸せが私の幸せに繋がってるってだけだから。
だからね、私が幸せになるためにも協力してほしいの。
その代わり、あなたの幸せのために、私も協力するわ」
私が頷くと、ミルティ様はにっこり笑った後、急に真面目な顔をした。
「今からする話、誰にも言っちゃ駄目よ。
アイン・ヒートルースにも。
この国の重要機密よ。あなたが知ってるってバレたら、命がないくらい。
でも、どの道、あなたも遠からず巻き込まれるでしょうし、知っておいた方がいいわ」
ミルティ様は、王立研究所と不世出の才媛の関係や、マリー様が研究所を背負って立つ研究者として王様に目を付けられていること、色々な貴族や、よその国がマリー様を狙っていることなどを教えてくれた。
「お姉様は近い将来、王国を大きく発展させる。
不世出の才媛がそうだったように。
まだ、そのことにほとんど誰も気付かないで「奇蹟の再来」なんて呼んでるけど、そのとおり、王国は奇蹟的な発展を遂げるはずよ。
単純な話、お姉様を亡き者にするだけで、王国の力を削げるってことなのよ。
お姉様の暗殺だって、今なら大した手間でもないわ。
陛下もゼフィラス公爵家も、お姉様を守るために色々やってるけど、それでも足りない。
それは、お姉様を刺激しないためなの。お姉様はご自分の価値をわかってないし、それこそがお姉様の力の本質だから。
お姉様はね、純粋な方なの。
好きな人が喜ぶ顔を見るのが好きで、その人のために何かをするのが大好き。
お姉様ご自身は気付いてないけどね。
お姉様は、好きな人のために何かすると、誰にも真似できない凄いことができちゃうのよ。
お姉様を道具としか見てない奴らは、そこをわかってないの。
あなたも、飛び級した後で身に染みたでしょ。
人を、自分に利益を呼ぶための道具としか思ってない。
貴族なんてそんなもんよ。
打算ばっかりで、本音なんかどこにあるんだか。
みんな私に見え見えのおべっかを使うけど、裏で何を言ってるのか、私は知ってる。
でも、お姉様は違うわ。
私は、やりたくないことはやらないから、社交なんて面倒なことはしないの。
でもお姉様は、社交もするけど、私やネイクには本音で付き合ってくれる。
お姉様にとっての「好きな人」って、そういう相手なの。
ネイクは、お姉様の利用価値を知らずに好きになってくれた。だから、お姉様はあなたに心を許してる。
あなたは、お姉様の一番のお友達よ。大切な大切な人。
だから、私はあなたにも幸せでいてほしいの。
お姉様を手に入れるためにあなたを利用する奴が、そのうち出てくるわ。
私は、そんな奴は許さない。
3人で幸せになりましょう。
とりあえず、今は殿下ね。
殿下は、お姉様が好きだから、しばらくは手を貸してあげるつもり。
お姉様が幸せになれそうになければ、諦めてもらうけどね」
「殿下は、ミルティ様の婚約者ではないのですか?」
「候補、よ。
私は殿下と結婚する気はないわ。
私はお兄様以外の人とは結婚しない」
「お兄様って、マリー様のお兄様ですか?」
「そうよ。私の初恋なの。今でも好きよ」
「でも…」
「そう。跡継ぎ同士は結婚できない。でも、そんなこと関係ないわ。私はお兄様が好きなの。それは変えられない事実よ。他の人じゃ駄目」
少し悩んだけど、結局、私はミルティ様の手を取ることにした。
学院での「公爵家の跡取り娘なのを鼻に掛けて、周りを見下している」という評判は知っているけど、ミルティ様は自分を曲げたくないだけなんだと思うから。
付き合ってみると、ミルティ様は、すごく率直で可愛らしい方だった。
まさか、あたし達が食べるようなサンドイッチの作り方を教えることになるとは思わなかったけど、ミルティ様は楽しそうに「やりたいことしかしないけど、その代わり、やりたいことのためならどんなことでもする」って笑ってた。
ミルティ様と話したことのほとんどは、アイン様にも言っていない。
アイン様に隠し事はしたくないけど、ミルティ様の信頼を裏切るわけにはいかないから。
裏切ったら、あたし達に未来はない。でも、裏切らない理由はそんなことじゃない。あたしもミルティ様が好きだからだ。
ミルティ様は、これからのことも色々考えてる。
きっと、大好きなお姉様を守るために。
マリー様には内緒で、マリー様を守る。
あたしは、その協力者。
あたしも、マリー様は大好きだから。
結局、義姉さんは、一刻も早く実家に伝えるために、翌朝一番の辻馬車で発った。
ミルティ様から戴いた封筒を手にして。
父さんは、2~3日は封筒を手元に置いておきたかったみたいだけど、兄さんから、早く送った方がいいと急かされて、義姉さんに持たせることにしたみたい。
まあ、あの忠告を聞いたら、そうなるよね。
あの封筒があるとないとじゃ、情報の信憑性が段違いだし。
あたしの方は、公爵家の馬車があたしを送ってきたことが街中の噂になったせいで、会う人会う人に説明するハメになった。
まあ、これがうちの宣伝になるわけだし、ミルティ様もそのおつもりで家紋入りの馬車でいらしたわけだから、あたしも精一杯宣伝しておいた。
そして、10日後に、今度はミルティ様の乗っていない公爵家の馬車が迎えに来て、あたしとトゥーリー様は王都への帰還の途に就いた。
すっかり人寄せパンダになっているネイクです。
王都に馬車で半日強くらいの距離なので、公爵家の馬車なんて普通は来やしません。
去年の夏も年末もオークール子爵家の馬車で送り迎えされて、今度は公爵家の馬車で送られてきたりと、ネイクが只者ではなさそうな雰囲気が強くなってきたので、新興のティーバ商会は信用がどんどん上がっていってます。
証券業界ならストップ高です。
それでなくても学院卒のナシールが跡継ぎなのに、娘の1人も学院に通い、しかも公爵家令嬢と近しいとなれば、仲良くしといて損はないですから。
まだアリスの嫁ぎ先は決まってませんが、多分王都の商会とかになるのではないかと思います。
父はあまり引っ張って値をつり上げようとは思っていません。
そして、ミルティは、実はとても優秀でした。
最初の勉強会見学でネイクが思ったとおり、マリーの教え方でも理解できるのです。
そうしなかったのは、ネイクと2人きりになる理由にするためでした。




