21 三度目の帰郷
長期休暇に入ると、私はすぐにお兄様と共に帰郷しました。
おばあちゃまに会いに来られるのは、長期休暇と年末休暇だけしかないのですから。時間は貴重です。
新学期になってから、本当に色々ありました。
殿下とミルティの飛び級、殿下との勉強会。
ミルティがネイクを気に入ってしまったこと。
殿下の研究テーマがなかなか決まらないこと。
おばあちゃまにお話したい。私の世界がこんなに広がりましたって。
あと、今回は、お祖母様からお母様に手紙を預かっています。
今までこういうことはなかったからちょっと新鮮な気分です。きっと、何か急ぎの要件なんでしょうけれど。
お父様とお母様に帰郷のご挨拶をして、お祖母様の手紙をお母様に渡した後、私はおばあちゃまの温室に行きました。
「おばあちゃま、ただいま戻りました」
「あら、マリー、お帰りなさい。
随分と嬉しそうね」
「はい、お話したいことが沢山あるんです!」
「あらあら、それじゃあ、お茶を飲みながら聞かなきゃね」
おばあちゃまは、作業を終わらせて屋敷に戻ると、お茶を用意してくれました。
「……それで、アーシアン殿下をネイクとアインさんにご紹介したんです。
どう生かされるかはわかりませんが、王子様と知り合えたことは、きっとプラスになると思うので。
でも、そうしたら、ミルティがネイクのことを気に入って、寮の学習室でネイクに算術を習うようになってしまって。
ミルティったら、本当に算術で飛び級したんですよ。
殿下も、私の説明でちゃんと植物学を理解できて。
私の説明って、なんだか普通の人にはわかりにくいらしくって。ネイクと殿下だけなんです。私の説明で理解してくれるのは。
殿下はミルティの婚約者候補なので、お祖母様にお願いしてゼフィラス公爵邸を使わせていただいて、週末に勉強会をしたんです。半月くらいしかなかったので、かなりみっちりと。
それで殿下も植物学で飛び級なさったんですよ。二段飛び級は駄目でしたけど。
十分実力は足りてると思ったんですけど。
飛び級試験が終わったので、勉強会も終わろうと思ったんですけど、続けてほしいって言われてしまって。
仕方ないので、時間を短くして続けているんですけど、休憩でお茶の時間を1時間も取るんですよ。
まあ、美味しいお茶とお菓子を用意してくださるんですけど。
おまけに、この前なんか、愛称で呼んでほしいとか、私をマリーと呼びたいとか仰るんです。ミルティを差し置いて、私が愛称で呼べるわけないじゃないですか。
せめてミルティとも愛称で呼び合っているなら、私も愛称でお呼びしてもいいんですけれど…」
「マリーから殿方のお話が出るなんて珍しいわね。
殿下は、嫌な感じはしないのね?」
「色々と困った方ですけれど、嫌な感じはしません。
お兄様に少し似た雰囲気がおありですし。
あの、おばあちゃま? 私、何かおかしいことを言いましたか?」
「いいえ。どうして?」
「おばあちゃま、笑ってます」
私の話を聞きながら、おばあちゃまは笑みを浮かべていました。なんだか嬉しそうに。
「おかしいことなんか、何もないわ。
マリーに友達が増えたことが嬉しいだけよ。
学院に入って、あなたの世界は大きく広がった。身内しかいなかったあなたの世界に、新しい友達が増えたのよ。
あなたの人生を彩ってくれる人達よ。
友達が増えて、あなたの世界が広かった分だけ、あなたの人生は充実するの。
マリーの人生はマリーだけのものだけど、一人きりの人生なんてつまらないでしょう?
多くの人達と関わって、笑ったり泣いたりして、そうやって幸せになっていくのだもの」
私の人生? 人と関わって幸せになる…。
そうか、ネイクと一緒にいて嬉しいのは、そういうことなのね。
ネイクがいてくれることで、私の生活が潤っていくんだわ。
ネイクと過ごして、ミルティと過ごして、殿下と過ごして。
今の私の生活に欠かせない人達。
これが一生続くと、それが私の人生。
じゃあ、3人は、私の人生に欠かせない人達。
そうすると、クロードやキドー先生との出会いや別れも、私の人生に欠かせないってことになるんでしょうか。
あれから1年半、クロードは、今、どこでどんな仕事をしているんでしょう。
ルージュみたいに近くにいれば、元気なことを確認できるんですけど。
そんな話をおばあちゃまにしたら、
「そうね、そうやって気になるっていうのは、マリーにとって大切な人だっていうことよ。
まあ、護身術の彼は、さすがにもう会えないかもしれないけれど、学院で知り合った人達なら、いずれ会う機会もあるでしょう。
会えても会えなくても、一緒に過ごした思い出があなたの中にある限り、あなたの人生を豊かにしてくれる人であることは変わらないわ。
そういう人と、沢山出会いなさい。
あなたが外に目を向ければ、大切な人が見付かるかもしれないわよ。
たまたま出逢ったネイクさんが、そんなに大切な友達になったんだから」
たしかに、ネイクとの出会いは偶然でした。
そういえば、私、ネイクから初めて声を掛けられた時は、「何を言ってるんだろう、この人」とか思ったんでした。
そうか、どう出会ったかではなくて、どう過ごしてきたかが大切なのですね。
初めて出会った時から、運命の人だとわかるとは限らないのですし。
おばあちゃまがおじいさまを運命の人だと思ったのは、出会ってから随分経ってからだったってお話ですし。
お母様みたいに、一目でわかることもあるけれど。
知らないうちに好きになってるってこともあるのかもしれません。
そうですね。いつか私にも、運命の人との出会いがあるのでしょう。もしかしたら、知らないうちに。
その夜、夕食の席で、お母様から、ミルティが近いうちに遊びに来ると伝えられました。
お祖母様からの手紙は、それを告げるものだったようです。
ミルティが王都を離れるなんて、もしかしたら初めてじゃないでしょうか。
でも、何をしに来るんでしょう。
ミルティは研究には興味がないわけですし、ジェラード領に来る用事なんてないのに。
2日後、ミルティがやってきました。
公爵家の馬車で、ルージュと御者だけを連れて。
「お姉様! 遊びに来ましたわ!」
馬車から1人で飛び降りてきたミルティは、その勢いのまま私に飛びついてきました。
「ミルティ? まさか、私に会うためだけにここまで来たの?」
「お姉様に会いに来たんです! でも、だけじゃありませんわ! 社会勉強のためです」
社会勉強? こんなところで?
「ミルティ、社会勉強ってどういうことかしら?」
「自分で身の周りのことを全部しながら、宿に泊まってお金を払って一人旅です。護衛は付いてますけど」
確かに4日間の旅で侍女も付けないというのはいい経験かもしれませんが、学院の寮でも経験していることです。
お金を払うということだけは、学院では経験できませんが。
「それとですね、馬にも乗ってみたいのですわ。ここなら遠乗りというのもできるのでしょう?
お祖母様にお願いしたら、伯母様に頼んでくれたんです」
「遠乗りって、ミルティ? どうしてあなたがそんなことを? 殿下って馬に乗れたの?」
「殿下は関係ありませんわ、お姉様。
私がやってみたいから来たのです。
私は、やりたいことを我慢するのはやめたんです。
殿下だって、好きなことをしてるじゃないですか。あれを見ていたら、私が我慢しているのがバカらしくなったんです」
確かに殿下は好きなことをやっている気がするけど、別に対抗意識を燃やさなくてもいいのに。
それから3日間、ミルティはお兄様に教わりながら、乗馬を練習し、4日目には、本当にお兄様と遠乗りに行ってしまいました。
しかも、持って行ったサンドイッチは、ミルティが早起きして作ったそうです。
お茶を淹れることもできなかったミルティが、ほんの4か月弱の学院生活でそんなことまでできるようになっていたなんて…。
「実は、ゼフィラス公爵邸で、ネイクに習いました」
「え!? 公爵邸で? ネイクを呼んでそんなことを習ってたの?」
「そうですわ。色々できることを増やしてるんです。
できることが増えると楽しいですよ」
遠乗りから戻ったミルティは、とても機嫌が良く、馬上から見た景色の素晴らしさを語ってくれました。
本当に楽しんできたようです。
そして、上機嫌のまま、翌日、王都へと帰って行きました。
できなかったことができるようになるのは、それほどまでに嬉しいことなのですね。
私の知らないうちに、ミルティはずっと大人になっていました。
いずれ、殿下のためにお菓子を焼いたり、お弁当を作ってどこかにお出掛けしたりするようになるのでしょうか。
そんな風にできたら、楽しそうです。
久しぶりにおばあちゃまに会えたマリーのマシンガントークはいかがでしょうか。
そして、やりたいことをやる。
ミルティの行動もまた、マリーに影響を与えていきます。