3 群がる婚約希望者たち
マリーです。8歳になりました。
今、わたしは、算術と簿学、社交術を中心に学んでいます。
もちろん、おばあちゃまの温室での研究のお手伝いも続けています。
わたしの1日の主な流れは、みんなで朝食を食べた後、午前中はおばあちゃまの温室で手伝いをして、お兄様とお母様と昼食、その後、おばあちゃまから算術、先生から社交術なんかを習って、その間にお茶の時間を挟んで、また6人で夕食という感じです。
体力作りも必要だからと、毎日1時間くらい散歩もします。
ダンスの授業は、お兄様も一緒に習っていて、時間を合わせて週に1回です。
お兄様は、相変わらずお勉強で忙しいので、ご飯やお茶の時間とダンスの時くらいしかゆっくりお話できません。
あ、「お兄ちゃま」呼びと、自分のことを「マリー」と言うのは、やめました。
淑女として、はしたないそうです。
そんなわけで、おばあちゃまのことも、他の人がいる時は「おばあさま」と呼んでいます。
家族には、「だって、王都にもお祖母様がいらっしゃるし」と言い訳して「おばあちゃま」と呼んでいますが、お祖父様はどちらも「お祖父様」なんですよね。
最近困っているのは、わたしを婚約者に欲しいというお話が多いことです。
貴族の娘なら、政略結婚は当たり前のこととわかってはいますが、嫌だなあと思ってしまうのは、仕方ないと思います。
やっぱり結婚は好きになった人としたいと思ってしまうのは、わたしが子供だからでしょうか。
王都のお祖母様も、おばあちゃまも、政略結婚の相手が運命の人だったというのは、できすぎだと思います。
お母様は、お父様を一目で好きになって、政略結婚のふりをして婚約してしまったそうですが、そういう恋に憧れます。
やっぱり、わたしは子供なんでしょうか。
おばあちゃまは、お祖父様と初めて会った時は、結婚なんかしないだろうと思っていたのに、いつの間にかお祖父様以外の人と結婚するなんて考えられなくなってしまったそうです。
ほかの男の人から結婚を申し込まれそうになった時には、鳥肌が立って気持ちが悪くなったんですって。
お祖父様達も、やっぱりお祖母様やおばあちゃまが大好きで、他の女の人には目もくれなかったって聞きました。
お祖母様は、研究しているお祖父様を支えるのが嬉しくて、お祖父様は、研究が好きな自分を変だと言わなかったお祖母様が好き。
おばあちゃまは、お祖父様の隣にいたくて、お祖父様はおばあちゃまに隣で笑っていてほしくて。
お母様とお父様は、本当は政略結婚なんかじゃなくて、小さな頃からずっとお互いに好きだったわけだし。
運命の相手と一緒にいると幸せになれる…小さい頃、お母様が言ってたことは、きっと本当なんだろうって、お母様達を見ていると思えてきます。
政略結婚でも、運命の相手に出会えることはあると思います。
でも、わたしのところに来る縁談は、とても運命の相手だなんて思えないものばかりで…。
これは、わたしの生まれのせいもあるんだと思いますが、いかにもジェラード侯爵家の娘だから欲しいっていうのがありありと見えるのです。
お母様はゼフィラス公爵家の出で、前王陛下の孫、現王陛下の姪に当たります。
つまり、わたしは王家の血を引いているのに、侯爵家の娘だから、王家の姫はとても降嫁してこないような家柄でも手が届くと。
その上、ジェラード侯爵領が豊かなのは、王立研究所が作った新種の作物をよその領地に先駆けて作れるお陰なので、親戚になればそのおこぼれにありつけるかもしれないって考える貴族もいて。
新種の作物の栽培は、研究所が順番を考えながら徐々に各貴族領に許可していくことになっているけれど、許可が最初に、それも圧倒的に早く下りるのは、決まってジェラード侯爵領。
それは、本当は、おばあちゃまが作った作物だからなんだけど、そんなことを知っている人は、ほんの一握りなんだそうです。
おばあちゃまが王立研究所の研究員としてジェラード侯爵領で研究を続けていることも、ほとんどの人が知らないんです。
だから、ジェラード侯爵領がなにかと優遇されているのは、おばあちゃまとお祖母様が仲がいいからだと思っている人が多いんですって。
王都のお祖父様は、研究所の所長さんだから、ひいきされてるって。
おばあちゃまは、学院にいた時にお祖母様とお友達になって、大抵お祖母様と一緒にいたそうです。
今でも、毎年の年明けには、おばあちゃまは王都のお祖母様に会いに行くくらい、仲がいいです。
ジェラード侯爵家にお母様が嫁いできたのも、そのせいだと思われてるみたいです。
本当は、おばあちゃまが学院にいた頃は、王都のお祖父様と同じ研究室で、一緒に研究していたんですって。
その頃からの約束で、おばあちゃまは、ジェラード侯爵領で研究して、できた新種の作物をお祖父様に報告した後、好きに作っていいことになってるの。
小さい頃からおばあちゃまのお手伝いでやっていた、お花同士の運命の相手探し、幸せの実を作るというのは、別の作物同士の間で、いいところを併せ持った作物を作るということだったんです。
「運命の相手」というのは、新しい作物を生み出せる組み合わせということで、幼いわたしにわかりやすく教えてくれるための言い方だったの。
「世界のナイショ」も、そう。
この世の中にありふれている物事の中には、何かの法則に従っているものが多くて、でもその法則を見付けるのは大変で。
自分で興味を持って見付け出すことが大切なの。
そうでないと、身につかないから。
「誰かに教えてもらったナイショは、ナイショじゃなくなっちゃう」というのは、そういう意味だったんだって、今ならわかります。
おばあちゃまは、学院ですごく成績が良くて、飛び級っていうのをしたせいで、色々あったんだって言ってました。
おばあちゃまと結婚して、おばあちゃまの研究を自分のものにしようとした人もいたそうです。
今のわたしと同じようなことが、おばあちゃまにもあって、だから、おばあちゃまはわたしのことを心配してくれてるの。
おばあちゃまにはお祖父様という婚約者がいたけど、わたしにはいないから。
ひどい人は、わたしを攫って無理矢理言うことを聞かせようとするかもしれないからって、わたしは護身術っていうのを習うことになりました。
わたし、お兄様みたいに剣とか使ったことないんだけど、大丈夫かしら?
今回出てくるセリィの昔話は、「転生令嬢は修道院に行きたい(連載版)」の8話「王城からの誘い」になります。
政略という意味では、セリィにせよマリーにせよ、とてもおいしい相手です。