裏19-1 彼女の弟子(アーシアン視点)
学院に入学した僕は、早速ミルティと連れだってローズマリー嬢の研究室に見学に行った。
大叔父上のお話どおり、明確な目的意識に基づいた栽培実験に、数種類の結果予測とそれに応じた次の実験方針の準備。
決して結果がわかって用意しているわけじゃないのに、まるで未来がわかるんじゃないかってくらいはっきりと方針を立てている。
そのことについて尋ねると、
「ほしい結果から逆算して栽培していますから、大凡の結果は読めるんです。
もちろん、欲しいものとは異なる結果もありますが、それについては切り捨てればいいわけですから」
とあっさり答えられた。
つまり、欲しい結果だけを求めて、いくつか無駄が出ることを承知で栽培している、と。
違うな。
実験栽培が、多くの失敗作の上に立っているのは当然だ。
植物が生育するには、それ相応の時間を必要とするから、結果が出るまで次の行動には入れない。
そして、どんな結果になるかは、花が咲き、実がなるまではわからないんだ。
同じように2種類の種から掛け合わせたのに、どういうわけか育ったものは同じにはならない。
10本育てば、同じ特徴を持つものは2~3本というところだ。
そして、欲しかった特徴を持っているものは1本か2本。下手をすると1本もない。
つまり、10本育てても8本以上は失敗作だ。
大叔父上からバラの話を伺った時も、100本以上咲かせて欲しい色が出ても、そのバラ同士を掛け合わせた次世代では、また違う色になってしまうので苦労したと仰っていた。
なのに、ローズマリー嬢は、逆に考えている。
欲しい特徴が数分の1の確率で出るなら、それが必要数になるよう育てればいい、と。
「欲しい形質が出るのが4分の1として、100本欲しければ400本育てればよいのです」
そもそも4分の1というのがどこから出た話かわからないけど、彼女はそれなりの自信を持って予測している。
根拠が何か聞いても
「うまく説明できません」
とはぐらかされてしまう。
「ともかく、4分の1なら4倍、10分の1なら10倍育てればいいのです」
とか、理屈になっているのかわからないことを言われた。
「10倍って、100本欲しかったら千本育てるんですか?」
「千本くらいなら、ここでも育てられます。
数多く育ててデータを集め、精度を上げていけばいいのです」
なんだか言いくるめられているような気がするけど、ローズマリー嬢は必要な作業と割り切って、淡々とこなしている。
こうやって研究室を見学するほか、僕は、ローズマリー嬢に勉強も見てもらえることになった。
と言っても、僕とローズマリー嬢が2人きりで会うわけにもいかず、彼女の友人であり、去年飛び級した才媛であるティーバ嬢と、その婚約者のヒートルース子爵家子息を交えての勉強会という形になった。
ミルティは、ただいるだけだと暇なので、ティーバ嬢から算術を習っていた。
ティーバ嬢が飛び級したのは簿学だったはずだけど、算術も相当得意らしい。
ヒートルース子爵家子息は、正直、いるだけという感じで、ティーバ嬢がミルティに算術を教えているのを眺めていた。
なんだか彼を巻き込んで申し訳ないけれど、ローズマリー嬢が言うには、これで彼らは僕とミルティに面識を得て、縁を結ぶことができたから、損をするわけではないんだそうだ。
その理屈はわかるけど、ローズマリー嬢がそういうことを考えてこの場をセッティングしたことについては、少々意外だった。
彼女がそういった打算を持ち出すというのは、想像していなかったから。
彼らに何かあった時は力を貸してやってほしい、ローズマリー嬢はそう言って笑った。
その笑顔は、打算とは違う輝きを持っていて、僕は彼女の深淵をまだ知らないんだと思わされた。
どうやら、僕は教え子としてローズマリー嬢の眼鏡に適ったらしく、以後も植物学を教えてもらえることになった。
せっかくだから飛び級の試験を受ける前提で、ということになったので、時間が取れるよう、勉強会は週末にゼフィラス公爵邸で行う。
僕は公爵邸にミルティを訪ねていくという体裁を取るので、ミルティも帰宅はするけれど、他の者の目があるわけではないので、部屋にはローズマリー嬢と2人だけになる。
ちょっと舞い上がりそうになるけど、真面目にやらないと彼女に嫌われそうなので、精一杯頑張った。
そして、、その甲斐あって、僕は王家で初めて飛び級した。
あの大叔父上でもできなかった飛び級を。
ローズマリー嬢は喜んでくれたけど、なぜかミルティがいつのまにか算術の飛び級試験を受けていて、おまけに公爵家で初めて飛び級なんかしたものだから、ローズマリー嬢の興味がそちらに行ってしまい、僕としてはがっかりだ。
ならばこの勢いで二段飛び級も、と思ったけど、さすがにそんな甘くはなかった。
ローズマリー嬢が
「試験も終わりましたし、勉強会はここまでですわね」
なんて言うものだから、
「来年には僕も研究室に入ることになるんだし、このまま研究の進め方なんかも教えてくれませんか」
と頼み込んで、大叔母上の口添えもあって、勉強会を続けてもらえることに成功した。
このまま仲良くなれるといいんだけど。
試験勉強デート(ただし他人の家)です。
もちろん、マリーはそんなこと思ってもいません。
アーシアンは、一所懸命セッティングして、空回りしています。
それでも、飛び級するくらい、というよりもマリーの教え方で理解できるくらい優秀ではあります。