裏18-2 敗者復活(パスール視点)
ゼフィラス前公爵が死んだ。
これでローズマリー嬢が前公爵の養女に入ることはなくなったが、まだ現公爵の養女に入る道が残っている。
できれば、葬儀に参列してローズマリー嬢を慰めるくらいはしたかったが、ごく身内だけで行うとのことで、参列さえ許されなかった。
一応、後日、学院で悔やみの言葉だけは掛けたら、さすがに、それは受け取ってくれた。
俺としても、悔やみの後で茶に誘うわけにもいかないから、それだけで終わったが。
これから、どうするか。
単純な話、俺を止めていたサイサリス・ゼフィラスがいなくなった以上、俺は自由に動けるようになったわけだが、ローズマリー嬢の夫に相応しい立場と実力とやらを、俺は手に入れていない。
せっかく柄にもなく勉強なんぞして、それなりに成績も上がってきたんだ。
ローズマリー嬢と顔を繋ぎつつ、官吏に合格した時点で家を通して話を持って行くという手もあるな。
そんなことを考えていたら、王城に呼び出された。
どういうわけか、俺1人が、陛下に。
俺は現状、公爵の孫でしかないんだが。
きっちり正装して登城すると、陛下の執務室に通された。
爺様の兄貴だが、こんな近くで会うのは初めてだ。
一応きちんと挨拶しようと思ったら、先に一言言われてしまった。
「堅苦しい挨拶はいらん。
今日は、用があって来てもらった。
口調など細かいことに目くじらは立てんが、これからここで話すことで前言を翻すことは許さんから、そのつもりで答えるように。
わかったな」
「わかりました」
「では、まず前提の確認だが、お前はローズマリー・ジェラード嬢を妻に迎えたいと思っている。間違いないか」
え!? ローズマリー嬢の話なのか!? もし、ここで違うと言えば、ローズマリー嬢と結婚する目はなくなるということか!
「はい、間違いありません」
「そうか。
サイサリスから、釣り合わないから近付くなと言われたようだが」
「はい」
「その時、サイサリスに言われた話だがな、まあ、そのとおりだ。
ローズマリー嬢をゼフィラスの養女に迎え、アーシアンを婿とするという話は、確かに出ている。
カーマインに嫁がせて王妃に、という道もなくはないが、二段飛び級までした才媛を王妃程度で終わらせるのも惜しいのでな」
王妃程度!? 王妃と言えば、女性が登り詰める最高の地位だろうが。それが、程度!?
いや、研究職に置いた方が有意義という見方もあるのか。陛下の立場からすれば。
「さて、ここでお前の覚悟を問いたい。
これから話すことは、国家機密に類することだ。
聞いたら最後、お前には守秘義務が生じ、監視が付くことになる。
お前が襲爵するまで監視は続く。
それが嫌なら、今日の話はここまでだ。帰っていい」
「その代わり、ローズマリー嬢は諦めろ、と言うことですか?」
「察しがいいな。そのとおりだ。
今のところは、お前が彼女と結婚できる可能性が残っている。
ただし、そのためには、国の機密に触れる必要があるということだ。
どうする? 逃げ帰っても誰も責めはすまい。
色恋で家を潰しかねんというのは、リスクが高いぞ」
「けれど、リスクを負わないと、ローズマリー嬢は手に入らないのでしょう? お話を伺います」
「よかろう。
では、ここからの話は他言無用だ。
ラビリスは知っているが、あいつにも話してはならん。
ローズマリー・ジェラードは、現在、我が国で二番目の重要人物だ。
ちなみに、一番は俺ではないぞ。
セルローズ・ジェラード侯爵夫人だ」
「ローズマリー嬢の祖母ですね」
「そうだ。
王立研究所で開発している作物、そのほとんどはセルローズ・ジェラードの手によるものだ。
彼女は、故あって領地を出られないのでな、領地の方で研究を続けている。
この話が漏れて彼女が害された場合、我が国の損失は計り知れない。
つまり、漏らした奴には反逆罪が適用されるというわけだ」
「不世出の才媛…領地に引っ込んで出てこないのが勿体ないという噂は…」
「出てこないのは、本当だ。
ただ、今も王国のために研究を続けている」
「研究所の所長をゼフィラス公爵家が世襲しているのも…」
「彼女がゼフィラスの言葉しか聞かないからだ。
そして、彼女の孫にして弟子であるローズマリー嬢は、二段飛び級を果たし、奇蹟の再来と呼ばれている。
後継者に相応しいし、彼女は学院卒業後は研究所に入ると明言している。
サイサリスの置き土産だ」
「それで、王妃では勿体ないと?」
「そうだ。
研究者として、存分に力を発揮してもらう。
その褒美に、彼女には、自分の夫となる者を選ぶ権利を与えることにした。
もっとも、今のところ意中の男はいないらしい。
むしろ、お前のせいで男嫌いになりかけているそうでな。
それは困るのだ。
彼女の子孫が優秀である保証はないが、現実に不世出の才媛の子孫は皆飛び級するほど優秀な者ばかりなのでな。
彼女には、優秀な子を産んでもらいたい。
そこで、当面は、男をローズマリー嬢に近づけたくはないのだ」
「では、私の可能性というのは?」
「今は近付いてもらっては困るが、いずれチャンスをやろう。
アーシアンは、一度彼女に会ったが、印象は悪くなかったようだ。
俺としても、アーシアンと結婚してもらった方が都合がいい。
だが、お前も官僚として彼女を支えられる可能性はある。
彼女が研究所に入った後なら、多少の接触は許そうじゃないか。
条件として、スケルス公爵家を断絶してゼフィラス公爵家に婿に入ってもらうがな」
「婿ですか?」
「あくまでローズマリー嬢が主だ。
ゼフィラス公爵夫人とその夫という序列にする。
あくまでも彼女がお前を夫に選んだ場合の話だが、家を潰すのが嫌なら、やはり彼女に近づけるわけにはいかん」
「わかりました。
チャンスをいただけたこと、感謝します」
「ああ、それとな。
これも彼女が許した場合に限るが、アーシアンは学院で彼女に近付くことになる。
お前にとっては、分の悪い勝負だ。
まあ、お前のせいで男嫌いになりかけたわけだから、仕方のないことだがな」
「自業自得ですか、仕方ありませんね」
こうして俺は、将来においてローズマリー嬢を口説く権利を僅かながら手に入れた。
彼女が自発的に俺を選ばない限り駄目だというのはかなり厳しいが、それでも可能性はゼロじゃない。
俺が選ばれるだけの男になればいいんだから。
これで、一応のキャラが出揃いました。
今後、アーシアンとパスールがマリーの夫の座を狙っていくことになります。
もっとも、パスールはあと2年間は大人しくせざるを得ないのですが。