裏18-1 取引(カトレア視点)
旦那様の喪が明けないうちに、私は陛下にお会いすべく文を送りました。
旦那様という抑止力を失った今、マリーの周囲には、再び求婚者が群がる可能性が高いからです。
当然、陛下もそのことには危機感を抱いておられますから、すぐに返事が返ってきました。
翌日に会えるというのは、かなり異例の早さです。
それだけ陛下にとっても関心の高い事柄ということでしょう。
翌日、私が陛下を訪ねると、執務室に通されました。
陛下は、面白いものを見るように私を見ています。
「夫人、堅苦しいのはなしだ。
喫緊の重要案件ということだが、どういうことかな」
「ローズマリーの件です。
あの子を研究所に迎えるための下地作りに、陛下のお力をお借りしたいのです」
「俺の力も何も、二段飛び級した才媛だ、研究所から声を掛けて迎え入れるだけのことだろう」
「いいえ、ことはそう簡単ではありません。
状況次第では、ローズマリーは研究をやめてしまうでしょう」
「やめる? どうしてまた」
「ローズマリーは、他人の打算に敏感です。
今のように、あの娘を利用する前提で近付く者が多い状況では、やる気を失います。
それでなくても、人間不信気味になってきているのです。
スケルス公爵家ご子息のように、打算を持たずに近付く者にさえ拒否反応を示すようになりました。
これは、危険な兆候です」
「貴族の令嬢ならば、政略結婚は当然のことだ。
人格的に問題のなさそうな婚約者を見繕えばすむことを、どうして放置する?
俺としては、その方が不思議だがな」
「できるなら、そうしております。
ローズマリーが普通の娘ならば、それでもいいのです。
ですが、それでは王国のためになりません。
ローズマリーは、不世出の才媛の後継者となりうる可能性を秘めております。
普通の令嬢と同じように政略結婚を、ということであれば、普通の令嬢以上の働きを求めることはできません。
それでは、陛下もお困りになるのでは?」
「なるほど。
特別な者には特別な対応を、というわけか。
理には適っているな。
それで?」
「あの娘は、研究者としてはまだ不安定です。
どういう研究者を目指すのか、という立ち位置が定まっていません。
それが定まるまでは、あまり外から干渉させたくないのです」
「どういう研究者を、とは?」
「何を目標に研究するのか、ということです。
外形的な目標ではなく、精神的な目標ですので、結論として、我が王国発展のための研究をすることは変わりませんが。
我が夫サイサリスが研究そのものを喜びとしていたように、研究そのものを目的とするのか、名誉のために研究するのかといった部分です。
そこが固まらないうちは、些細なことで研究をやめてしまいます。
この先数十年にわたる研究を支える土台ですので、本人が納得できるまで考えさせるべきかと」
「ふむ。それで、そのためにはアーシアンは邪魔になるのか?」
やはり、陛下の差し金でしたか。
「アーシアン殿下は、ゆくゆくはいかがされるので?」
「元は、ミルトリア嬢の入り婿にとも思っていたんだがな。
知ってのとおり、あれはサイサリスに憧れているところがあってな。
先日来、ローズマリー嬢に執心のようだ。
急く気はないが、ローズマリー嬢を養女に迎えてゼフィラスを継がせないか?
無論、単なる政略とは言わんし、ミルトリア嬢も悪いようにはしない。
後継が別にいれば、ミルトリア嬢をカーマインのところに、ということもできよう?」
「2つほど問題がございますが、できないことではございませんね」
「まあ、今の話なら、アーシアンが自力でローズマリー嬢を口説き落とせねば叶わぬ話ではあるか。
もう1つは何かな?」
「我が家ばかりが王家との繋がりを強めることをよしとしない向きは多いかと。
バランスを考えれば、ミルトリアはスケルス公爵家にでも嫁ぐべきでしょう」
「本人同士が特に望まぬ限り、それはできない相談だ。
追い出すような体裁は取れんよ。
まして、公爵家同士の婚姻はしないのが不文律だ。
それならば、まだジェラードにやる方がマシだろう」
「2代続けて、というわけにもいかないでしょう。
確かに本人も喜んで嫁ぐでしょうが」
「現状、パスールとアーシアンが共にローズマリー嬢に執心しているわけだし、この2人については好きに競わせてもいいように思うが、どうだ」
「そのように意地の悪いことをなさいますか?
どちらが射止めても、或いはどちらも射止められなくても遺恨を残すことになりましょう」
「ことは、国を動かすだけの大事だ。
どちらが奇蹟の再来の夫に相応しい度量を示すか、チャンスを与えてやるだけ温情と言えるのではないか?
どちらと結婚するにせよ、王家との繋がりが強まるのだから損はない」
「ローズマリーに良い影響を与えそうなのは、アーシアン殿下でしょう。
素直に研究を賞賛なさるのは、ローズマリーに進むべき道を示すかもしれません。
ただ、ミルトリアの婚約者候補とでも思われると、不誠実な人物という印象を与えてしまう危険もあります」
「いずれにせよ、ローズマリー嬢が自ら道を決めるまでは、よそからの横槍は慎むべきということだな。
わかった。そのように取り計ろう」
「よろしくお願いします」
「ただし、アーシアンかパスールが彼女を射止めた時は、ゼフィラスの跡継ぎはローズマリー嬢だ」
「承知しました。
そのように動けるよう、準備いたします」
さて、と。
ドロシーを通して、マリーの養女の件をセリィに根回ししないと。
あとは、ミルティの嫁ぎ先ね。本当にオルガに嫁がせようかしら。
あなた、待っていてください。
きっとマリーを独り立ちさせますから。
カトレアは、マリーを守るために最後の手段=王様との共同戦線を張ることにしました。
唐突に、アーシアンをマリーの婿にとか言っていますが、王様にとっては選択肢の1つ程度の話です。
どちらかというと、その方が王様に都合がいいのは確かですが、パスールでもいいやという感覚でいます。
王様は色々と企んでいますが、その片鱗は、次回パスール視点で出てくる予定です。