18 おばあちゃまの友達
お祖父様の葬儀は、亡くなった2日後に執り行われました。
既にお母様のところには知らせが向かっていますが、残念ながらどう急いでも連絡がいくのに2日、そこから馬車でお母様が駆け付けるのに3日は掛かるので、そこまで待ってはいられないのです。
派手なことはお好きでなかったお祖父様の生前の希望で、葬儀はごく内輪の人だけで行われました。
お祖父様には、お兄様がお二人いらっしゃいますが、いずれもお招きしないことになっているそうです。
上のお兄様は国王陛下ですし、下のお兄様はパスール様のお祖父様ですから、お呼びしないのも仕方ないでしょう。
葬儀が終わり、お祖父様の埋葬もすむと、お祖父様のお部屋には、お祖父様の絵姿と七色のバラが飾られました。
この七色のバラは、お祖父様が研究していたものです。
お祖父様が、それこそ子供の頃から求め続けた、バラを好きな色に咲かせる研究の成果。
お祖父様は、根気強く、永年研究を重ね、ミルティが産まれた頃、ようやく七色揃えることができたそうです。
今飾られているのは、この日が来ることを予測して時間差で育てられ続けてきたもの。
お祖父様は、ご自分の死期が近いことをご承知だったのです。
お祖母様に呼ばれて行ってみると、蜂蜜色の髪のふくよかな方の案内を頼まれました。
「マリー、こちら、リリーナ・フロスト子爵夫人よ。
旦那様のお部屋にご案内してちょうだい」
お祖母様が、私にご婦人を案内するよう言ってきました。
ここに来られる方ということは、個人的に親しかった方なのでしょうが、お祖父様に親しかった女性がいたというのは意外です。
リリーナ…子爵夫人! もしかして…。
とにかく、お話しするのは後です。弔問にいらしてくださったのですから。
「ローズマリー・ジェラードと申します。どうぞこちらへ」
「お願いします」
私は、子爵夫人を、お祖父様のお部屋にご案内しました。
子爵夫人は、しばらくお祈りした後、私に向き直り、
「ローズマリー様でいらっしゃいますのね。
私、リリーナ・フロストと申します。
セルローズ様とは、親しくさせていただいております」
やっぱり、おばあちゃまのお友達のリリーナさんでした。
「こちらのバラを見ていると、セルローズ様がお作りになった七色の花束を思い出します。
あれから、もう30年以上になるのですね」
「おばあさまが作った花束、ですか? お祖父様でなく?」
「はい。殿下とカトレア様のご成婚の折、セルローズ様が七色のバラの花束をカトレア様にお渡しになったんですよ」
「七色のバラは、お祖父様の研究ではないのですか?」
「ええ、殿下の研究です。
セルローズ様は、あの花束は、まだ研究中の第1世代で作ったと仰っていました。
結婚式に間に合うように育てた第1世代の中から、七色を揃えたそうです。
セルローズ様は、その後は研究に関わっていません。
ただ、私はその時のバラの残りを実家に戴いたので、セルローズ様のイメージが強いのです」
「おばあさまがバラの研究を…」
「セルローズ様は、カトレア様のご結婚をお祝いなさりたかったのです。
それで、少し殿下のお手伝いをなさったんですが、花束を作った後で、余ったバラを私の実家で売らせてくださったんです。
お陰で、実家はかなり儲けることができて、私の面目も立ちました」
おばあちゃまが、バラの研究を…。お祖母様のために。
お友達を喜ばせるために。
おばあちゃまは、お祖父様のため以外にも、研究していたのね。
「おばあさまがバラの研究もしていたのは、知りませんでした」
「セルローズ様がバラに関わったのは、ほんの一時期でした。
ただ、バラの専売の件があったので、私には印象深いんです。
そのことといい、登用試験向けの勉強といい、私はセルローズ様に、返しきれないほどのご恩を受けているのです」
「おばあさまは、ほんの少しお手伝いをしたと申しておりました」
「あの方にとっては、きっとそうなのでしょうね。
あの方にとっての、ほんの少しが、私にとってどれほど大きなものかは、きっとセルローズ様にはおわかりにならないでしょう。
そういうところが、セルローズ様の器の大きさなのだと思います。
きっと、そういうところは、ローズマリー様にもおありになると思いますよ」
「私ですか?」
「ええ。学院で噂になっているそうです。
平民の娘が飛び級できたのは、奇蹟の再来が指導したお陰だと」
「そんなことはありません。あれは、彼女の努力の成果です」
「ええ、セルローズ様も、私の時にそう仰いました。
もちろん、飛び級した娘は努力したでしょう。努力なしにできることではありません。
でも、本人の努力だけでは超えられない壁もあるのです。
あなた方がほんの少しと仰る、その一押しが、どれほど大きな意味を持つかは、きっと恩を受けた本人にしかわからないでしょう。
ローズマリー様。ほんの少しのお手伝いと言って、見返りを求めないそのお心を、世間では友情と呼ぶのですよ。
私は、セルローズ様の友情に深く感謝しております。
未だご恩返しの機会に恵まれませんが、何かありましたら、息子をお訪ねください。
学院で経営学の教鞭を取っております。
微力ながら、お手伝いさせていただきますので」
リリーナさんは、お祖母様に挨拶した後、何度も頭を下げて帰って行きました。
ほんの少しのお手伝い。
私にとっては少しでも、それがネイクやアインさんの助けになるなら、積極的に関わっていってもいいのかもしれません。
ネイクは、私の大切なお友達ですから。
お祖父様の部屋に戻ると、ふと、バラの影に誰かがいるのが見えました。
誰だろうと思って近付くと、ミルティと、知らない男の子でした。
「ほら、見付かっちゃったじゃない!」
「いいじゃないか、どうして隠れなきゃいけないんだ」
男の子は、随分とミルティと気安いようです。
年も同じくらいですし、幼なじみでしょうか。
でも、公爵家跡取りのミルティに、こんなに気安いなんて、まるで…。
「あ~、ローズマリー・ジェラード嬢とお見受けする。
僕は、アーシアン。ミルティとは、幼なじみのようなものだ」
たしか、ミルティと同い年の王子の名前がアーシアン様でしたか。
「お初にお目にかかります。
ローズマリー・ジェラードでございます。
殿下がミルトリアと幼なじみだったとは、存じませんでした。
このたびは、わざわざのお運び、祖父も喜んでいることと存じます」
「あ~、まあ、その堅苦しいのは勘弁願いたい。
僕は、正直、そういうのは苦手なんだ。
ミルティと仲がいいってことがどういうことか、従姉殿ならおわかりでしょう?」
ミルティと幼なじみで気が合うということは、有り体に言うと、子供っぽいってことでしょうか。
でも、王族がそれではいけないんじゃないでしょうか。
「わかりました。
あまり堅苦しくないようにはいたしますが、殿下はそのようなことでよろしいのですか?
色々とお立場もあるかと思いますが」
「まあね。必要に応じて使い分けはしているつもりですよ。
ミルティが相手だと、気を遣わなくていいから、助かるんです。
サイサリス大叔父上もね。
ご自慢の七色のバラが揃っているところを初めて見せてもらうのが葬儀とは思ってもみなかったけど、これはすごいものですね。
こんな風に、沢山の色で咲かせられるものなんだなあ」
七色のバラ…そうですね。私も実際に七色揃っているのを見るのは、初めてです。
「随分とご苦労なさって完成された研究ですもの。
殿下は、お祖父様と研究のお話をされたことが?」
「僕が産まれた頃には、もう研究は完成していたから。
何度か話を聞いたくらいですよ。
ああ、いつだったか、ミルティの部屋に三色くらい飾ってあるのを見たこともあったかな。
食糧の増産とかが目的のはずの王立研究所長が、食べられないものをテーマに研究してるってのが不思議だったんだけど、こういう、目に見える成果っていうのもいいね」
「目に見える成果、ですか?」
「正直、収穫量の多い麦だの甘いイモだの見せられても、実感が湧かないんですよ。
その点、七色のバラは、壮観です。
これが、全部バラの色だなんて、信じられない。
今までなかったものを人の手で作り出せるなんて、まるで魔法みたいじゃないですか。
そうは思いませんか、ローズマリー嬢?」
「魔法、ですか? それは素敵ですけれど、実際の作業は地味なんですよ」
「そうか、あなたもそういう研究をしているんでしたね。
今は、何の研究を?」
「実感の湧かない、とうもろこしの研究です。
収穫量が多くて、甘い物を作ろうとしています」
「ぷっ…。なかなか言いますね。
よければ、どんなことをしているのか、一度見させてもらえませんか」
「構いませんが、面白くないと思いますよ。
それと、少なくとも学院入学前は無理だと思います」
「それじゃあ、来年、入学したら、ミルティと一緒に見学に行くとしましょう」
「私も!?」
「大好きなお姉様のところに見学に行くのに誘わなかったら、後で何を言われるかわからないからね」
「ああ! それじゃあ、お姉様、入学したら2人で見学に行きますわ」
2人が部屋を出た後、私は、今の殿下の言葉の意味を考えていました。
確かに、収穫された後の作物を見ただけでは、それがどんなにすごいものかはわからないかもしれません。
研究所の設立目的から見れば、食べられないバラよりも作物の方が重要なのは明らかです。
でも、できあがったものだけを見るならば、確かに一目で違いのあるバラは、実感しやすいのかもしれません。
人によって受け取り方も違うということでしょうか。
お祖父様が永年研究してきたバラを、素直に賞賛した殿下は、お祖父様の研究の価値を認めてくれたということなんですよね。
お祖父様の研究はちゃんと結実したんだって、よくわかりました。
これが、自分の名前で発表するということ。
研究所の研究の1つとしてではなく、サイサリス・ゼフィラスの研究として評価される。
だから、お祖父様は…。
そんなわけで、リリーナ登場です。
すっかり体型変わってますが、セリィへの感謝の心はずっと持っています。
リリーナの息子は、兄は王城で官吏を、弟は学院で経営学の教師をやっています。
学院は王立なので、一応教師も官吏の一種となります。
それと、ミルティの幼なじみのアーシアンも登場です。
マリーは、年に1回くらいしか王都に来ていなかったので、会ったことも話を聞いたこともありませんでしたが、何度もゼフィラス公爵家に顔を出しています。
婚約していないのは、アーシアンの立ち位置の難しさ故です。
その辺は、今後おいおいと触れていきます。