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奇蹟の少女と運命の相手  作者: 鷹羽飛鳥
学院1年目
41/161

裏17 最期の誓い(カトレア視点)

 旦那様がマリーの研究室に通うようになって、半年近くが経ちました。

 残り少ない命を燃やすように通い詰める旦那様を、私は止めることができません。

 護衛に付けているルージュからも、往復の馬車の中で苦しそうにしていることは報告を受けていますが、旦那様の好きにさせてあげたいのです。

 苦しい体に鞭打ちながらも、心底嬉しそうに通う旦那様を見ていると、出逢った頃のことを思い出します。

 旦那様は、天才です。

 セリィやマリーには及びませんが、独自の着眼点と発想、そしてそれらを形にできる構想力と、様々なものを持っています。

 ただ、あまりに優れているために、周囲から理解されないだけなのです。

 旦那様の原点は、バラの品種改良でした。

 既存のバラ同士を掛け合わせて新しいバラを作る…日本でなら当たり前の発想は、この世界では夢物語、というよりも絵空事でした。




 それでも、幼かった私は、初めて旦那様に会った時、楽しげにバラのことを語る旦那様の笑顔に恋をしました。


 「僕は、好きな色のバラを自由に咲かせられるようになりたいんだ」


 「素敵です、殿下。私にもそのお手伝いをさせてください」


 「ありがとう、カトレア嬢。そんなことを言ってくれたのは、君が初めてだ。

  いつか君に、僕が咲かせた七色のバラで作った花束をプレゼントするよ」


 誰も理解できなくてもいい、私だけはこの人の味方でありたい、この笑顔の傍にいたいと、ずっと支えてきました。

 学院に入学した時に前世の記憶が甦りましたが、そんなものがないうちから、私は旦那様を愛していたのです。




 セリィのお陰で、旦那様は研究所の所長になり、私は無事旦那様と結ばれました。

 旦那様のライフワークだったバラの研究は、10年ほど前に完成しました。

 完成した時、旦那様は、当たり前のように私に七色の薔薇の花束を贈ってくれました。

 「随分と掛かってしまったけれど、お前のお陰で私の研究は完成したよ」とはにかみながら。

 七色のバラは、もう自在に咲かせられます。

 そのことでは、旦那様は素直にセリィに感謝しています。

 セリィからは、研究資料などを色々貰っていますが、あくまで研究は旦那様の主導でしたから。

 セリィも、旦那様の顔を立てて、自分では積極的に研究せず、基礎研究の資料を作るくらいに留めてくれました。

 特に、私達の結婚式の後で貰った研究資料の後は、ごくたまに会話の中でヒントをくれるくらいで、ほとんどノータッチでした。

 だからこそ完成に時間が掛かったわけですが、それも旦那様にとっては楽しい時間でしたから、むしろ敢えて口を出さずに見守ってくれたセリィには、感謝しかありません。




 けれど、作物については事情が違います。

 国にとって、より重要な新種の作物の開発については、セリィの独壇場でした。

 正直、セリィ抜きでは、何もできないほどです。

 ただ、セリィは、王都に出てくる気がないので、どこまでも裏方に徹していました。

 セリィの身の安全と研究の秘密を守るために、それなりの手を尽くしましたが、それでもセリィの名で研究成果を発表すれば、危険が飛躍的に高まりますから、それはできませんでした。

 結果的に、セリィの偉大な成果は、全て研究所の、ひいては旦那様の名声となってしまいました。




 学究肌で、純粋で、世俗的な野心を持たない旦那様にとって、それは研究の強奪のようなもの。ずっと気に病んでいたのです。

 「夫人の名誉を回復したい」「それではセリィの身を危険に曝します」そんな会話を、何度繰り返したことでしょう。

 旦那様にとっては、セリィの名声を奪う行為は、たとえセリィが望んだことだとしても、耐えられるものではありませんでした。




 けれど、ここに来て、ようやく光明が差しました。

 セリィの孫にして教え子、そしてセリィをも上回るかもしれない天才(マリー)が現れたのです。

 夫である侯爵(ヴァニラセンス)と離れたくないセリィと違い、マリーなら研究所に入れますから、安全を守りやすくなります。

 すぐにセリィと引き離すことはできませんが、研究所に迎えることは比較的容易にできるでしょう。

 旦那様は、マリーの研究室に足繁く通い、マリーの才能を目の当たりにしてきました。




 先日、第1世代の交配種が収穫されたのを見て、旦那様は満足したようです。

 そして、ホッとしたせいでしょう。

 気力だけで抑えていた病状が、一気に悪化しました。

 もう、保たないでしょう。

 旦那様は、最期まで1人の研究者として生きてきました。

 最期に優秀な研究者が新たな試みを結実させる予兆を目の当たりにできて、幸せな終焉を迎えることができます。

 そしてまた、そんな旦那様の姿は、きっとマリーの中に救いの芽を残してくれたことでしょう。

 マリーが近い将来、セリィを喪って道を見失った時、進むべき道を示してくれる希望の光です。

 セリィのため以外の理由となる、大いなる萌芽です。

 「何のために研究するのか」、その答えは、自分の胸の中にあるのだと。




 ガーベラス達は、既に別れをすませて廊下で待っています。

 私達2人の別れの時間を作るために。


 「あなた、もうじきマリーが着きます。

  後のことは気になさらずに、お好きなようにお別れの言葉をどうぞ」


 「いいのかい? 私の本音を言っても?」


 「構いません。後のことは、私がどうとでも。

  あなたが後悔を残さない方が大事ですから」


 「ありがとう、カトレア。お前は、本当に私には勿体ない、最高の妻だよ」





 「お祖父様!」


 ようやく到着したマリーが部屋に入ってきて、私は席を空けてマリーを座らせました。


 「マリー、ここしばらく、お前の研究を傍で見ていて、実に楽しかった。

  夫人と同じ、私には太刀打ちできないような才能を感じたよ。

  お前なら、きっと夫人に並ぶ成果を挙げるだろう。

  研究所の名声は、本来なら夫人に与えられるべきものだ。

  夫人の身の安全のためとはいえ、私は夫人の成果を不当に奪ってきた。

  マリー、研究所の中なら、どんなものからもお前を守ってやれる。

  どうか、研究所で、お前の名前で、画期的な作物を作ってほしい」


 「お祖父様…」


 「セルローズ夫人の名は出せなかったが、その分、ローズマリーの名を轟かせてほしい。

  不世出の才媛の孫にして愛弟子ローズマリー・ジェラードは、セルローズ・ジェラードに比肩する成果を挙げたと、世に知らしめてくれないか」


 ああ、本当に、痛いほど純粋な言葉です。

 だからこそ、きっとマリーの心に、素直に染み通っていくでしょう。

 きっとあなたの心は伝わりました。

 あなたが遺したこの芽を、私が芽吹かせてみせます。


 「お祖父様、お約束します。

  私は研究所に入って、成果を挙げてみせます」


 「ああ、ありがとう、マリー。楽しみにしている……」


 いよいよ、なのですね。

 私は、マリーから旦那様の手を受け取りました。

 背後で、部屋を出て行くマリーの気配を感じます。

 私達を、2人だけでお別れさせてくれるようです。



 お別れ…

 嫌! お別れなんて嫌! 死なないで。私を置いていかないで、あなた…


 「カトレア…お前には、世話を掛けっぱなしですまなかった」


 「いいえ、あなたのお世話をするのが私の幸せでした。

  謝らないでください。もっとお世話させてください。

  あなたがいなくなったら、私も生きてはいられません」


 「最後の、世話を…ローズマリーを、あの子の才を…」


 「はい。はい。きっと…」


 大丈夫、あなたの願いは、きっと私が叶えます。

 だから、私の願いも叶えてください。私も連れて行って。置いていかないで!


 「わたしには…もったいない…つ…ま…だ…」





 逝ってしまいました…。

 きっと、あなたは、どこかで新しい生を受けるのでしょうね。

 私もそこに行きたい。


 私をこの世界に生まれ変わらせてくれた誰かがいるのなら。お願いです。どうか、私をもう一度、サイサリス(あの人)の元に生まれ変わらせてください。どんな世界の、どんな場所でも構いません。

 またあの人と共に生きさせてください。

 そのためなら、なんでもします。

 あの人との最期の誓いは、必ず果たします。

 ですから、その後は、どうかあの人のところに…。

 サイサリスの最期と、カトレアの誓いです。

 カトレアは、これから、セリィに依存しないマリーを育てるべく奮闘することになります。

 前作を読んでいただいていた方は、この後、前作後日談5「最期の願い」をお読みになると、多分、当時と印象がかなり変わるのではないかと思います。

 そして、「奇蹟の少女」でカトレアが死んだ時、もう一度読むと、感慨がひとしお…になるよう頑張ります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] はー、切ないー。 でも、転生者のカトレア様は、輪廻転生の証人! 絶対にまた、サイサリス様に会えますよー。 ちょっと短いけど、素敵な人生だったね。 死は避けられないけど、後悔せずに逝けて…
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