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裏2 後継者の素質(ドロシー視点)

 今回も、母ドロシー視点です。

 マリーがお義母様と過ごすようになって暫くした頃。

 午後のティータイムに、ノアも含めて4人揃いました。

 最近は、マリーが1日中、畑に行っていたり、ノアがお義父様のお手伝いで忙しかったりで、4人揃ったのは、1か月ぶりくらいでした。

 今日のお茶菓子はクッキーです。

 マリーが嬉しそうにクッキーを眺めた後、

 「お父様とお母様は4つずつね。マリーとお兄ちゃまが5つずつ」

と言いました。

 マリーは今、ほんの僅かの間クッキーを眺めていただけです。

 声を出してもいないし、ここには10個以上のクッキーがあるのに、全部数えて1人何個ずつなどという計算をしたというのでしょうか。

 ありえません。

 マリーは両手で10までしか数えられなかったはずですし、いちいち声を出して数えるはずです。

 いったい、どういうことなの?


 考えていたら、マリーが泣きそうな顔になって

 「マリー、5つ食べたら、だめ?」と言い出しました。

 いけない、と思った時、ノアが笑って

 「大丈夫だよ。オルガとマリーは5つずつだね。

  でも、よくわかったね」

と助け船を出してくれました。

 やっぱりノアは気の利く人です。

 ノアに褒められたマリーは、

  「おばあちゃまに教えてもらったのよ」

と言いました。

 お義母様に教えてもらった?

 毎日のように畑に出掛けているのに、いつの間に?

 第一、10個以上あるクッキーをどう分けるかなんて、オルガだってまだできないことです。

 オルガは、今5歳。

 普通なら、家庭教師を付けるのは7歳くらいからなのを、ノアが少し早めにつけることにしたのです。

 ノアに言わせると、オルガはかなり早熟で、飲み込みもいいようだし、今から勉強すれば学院に行った時に楽だろうから、ということでした。

 実際、ノアも、お義母様に幼い頃から手ほどきを受けており、学院に入学した時には、経営学など2年生の内容まで手を付けた状態だったそうです。

 もっとも、お義母様は教えるのはうまくはないそうで、お義母様の教えを受けていると自分が愚かな存在に思えてくるので、専門家に教わった方がいいだろうと、オルガには家庭教師をつけました。

 ノアからその話を聞いた時、私は、ノアが飛び級できた理由がわかったと思いました。


 飛び級。

 それは、王立学院入学後1か月目に行われる試験で2年生並の学力を持つと認められると、5月からは2年生の講義を受けられるようになるという制度です。

 どの科目でも、入学前にある程度学んできている優秀な院生というのはいるもので、そういう院生を無駄に1年過ごさせないための制度なのだとか。

 飛び級する院生は、2~3年に1人くらいの割合で出るようです。

 そうした優秀な院生は、剣術などであれば騎士団に入れますし、学問であれば王城の官吏になれます。

 いずれも、平民や貴族の次男三男が爵位を賜ることができる憧れの職です。

 そして、5月の終わりにも、希望すれば試験を受けることができ、合格すると、一気に3年生向けの講義である研究科に入ります。

 入学して3か月目に3年生になると言えば、どれほどすごいことかわかろうというものです。

 ただし、この二段飛び級は大変に難しく、達成した人は、百年近い学院の歴史の中でたった1人しかいません。

 そのたった1人が、お義母様なのです。


 お義母様は、二段飛び級したことで、私の両親と出会い、お父様の研究仲間となったそうです。

 お義母様がいらっしゃらなければ、今のゼフィラス公爵家はなかったのだと、両親から何度も聞かされたものです。

 前人未踏の二段飛び級したお義母様は、「不世出の才媛」と呼ばれ、学院でセルローズ・ジェラード(旧姓バラード)の名を知らない者はいません。

 実際、ノアが入学する時には、「不世出の才媛」の息子が入学してくると話題になりました。

 周囲から相当な期待感を持って迎えられたノアは、お義母様と同じように3科目で飛び級を果たし、「さすがは、不世出の才媛の息子」と言われましたが、そのノアでさえ、二段飛び級はできませんでした。

 やはり、不世出の才媛は別格だったのです。

 そのお義母様が、マリーに教えた? 何を?

 いったい何を教えたら、こんなことができるというのですか!?



 その夜。

 「今日のマリーなんですが、母上がマリーに何を教えたのか、私にもわかりません」


 ノアが、こんなことを言いました。

 ノアにもわからないなんて。


 「母上には、目でものを見て数えるっていう特技があるんです。

  それを教えたんだとは思います。

  けど、3歳の子供にあんな高度な計算をできるようにする方法なんて、想像もつきません。

  少なくとも、私はどちらも教わっていません」


 「それって、息子にも教えなかった、とっておきの方法ということですの?」


 「いえ、多分、私には教えても無駄だから教えなかったんでしょう。

  母上の教え方というのは、なんというか、段階をいくつか飛ばして結論に至ることが多いんです。

  そして、それは本当は、飛ばしているんじゃなくて、理解できない者には飛ばしているように感じられる何かが間にあるんです。

  天才のなせる技ですよ。


  今日のマリーには、同じものを感じました。

  わからない方法で数え、わからない方法で計算した。それも、瞬時に。


  まいりましたね。

  オルガは、私より飲み込みがいいようだから、早めに家庭教師をつけたのに、母上のお眼鏡に適ったのはマリーの方ですか。

  オルガには、伯父上のような思いはさせたくないんだけどね」


 「伯父上というと、バラード伯爵ですの?」


 「ええ。常に(才媛)と比較されて、随分とご苦労されたようです。

  グリースなんて、『凡人の子は凡人だから、天才と比べられても気にするな』って言われて学院に入学してきましたよ」


 グリース殿は、バラード伯爵のご子息で、ノアの2つ下の従弟です。

 一人っ子のノアは、弟のように思っています。

 ノアは飛び級するほど優秀ですから、それと比べられるのは確かに困るでしょう。


 「マリーは、お義母様に懐いています。

  オルガと遊べない以上、お義母様から引き離すのは可哀想ですわ」


 「それもそうですが。

  ドロシー、あなたから母上に、何を教えたのか確認してください。

  多分、私が聞くより、いい結果になりますから」


 「わかりました。

  明日、お義母様にお伺いしましょう」




 翌日、私は、お義母様にクッキーの話をしてみました。


 「どういうことですの?

  マリーはお義母様に教えていただいたと言ってましたが、どうして3歳の子供が声も出さずに18まで数えた上、1人何個ずつなんて計算までできますの?

  あんな計算、オルガでもできませんのよ」


 お義母様は、くすりと笑って


 「私は、片手で31まで数える方法と、簡単なかけ算を教えただけよ。

  それを組み合わせて応用してみせたのよ、マリーは。

  応用力も並じゃないわね」


 片手で31まで数える? 簡単なかけ算?

 5本の指で31まで数えられる方法があると?

 いえ、そもそも、かけ算なんて、算術や簿学で使うものじゃありませんか。

 それを3歳の子に?

 いえいえ、かけ算でどうしてクッキーの分け方がわかるのですか!?

 どうしてお義母様は、当たり前のように受け止められるのですか!?


 「ねえ、あの子の教育は私に任せてくれない?

  オルガの立場を脅かすようなことはさせないから」


 「お義母様が、マリーを?

  もしかして、あの子、お義母様みたいに特別なんですか?」


 「飲み込みと要領が良くて、好奇心が強くて応用力もある。

  研究者向きなのは確かね。

  特別かどうかはともかく、私みたいになれると思うわ」


 ノアの心配は、当たっていたようですわね。

 いずれどこかに嫁ぐマリーの方が優秀だなどと。

 けれど、お父様とお母様は、マリーがお義母様の後継者になればお喜びになるでしょう。


 「そういうことでしたら、お任せします。

  ノアには、私からお話ししておきますわ」




 「ノア、マリーはお義母様のようになれる素質があるそうですわ」

 その夜、私はノアにお義母様のお言葉を伝えました。

 「そう、やっぱり。

  で、母上は、マリーに何を教えたんですか?」


 「片手で31まで数える方法と、かけ算だそうです。

  マリーはそれを応用したのだろうと。

  正直、私には、どういうことなのかわかりませんけれど」


 「かけ算…ね。つまり、かけ算を応用して割り算をしたというわけですね。

  3歳の子が、ねえ」


 「割り算? ノアには、マリーがどういう計算をしたかがわかるのですね?」


 「4×4が16で、あと2を足せば18。

  割り算としては、18÷4は4、余りが2。

  マリーは、18個を4で割って、4人で4つずつと、2つ余ることを導き出したんでしょう。

  計算自体は、そう難しいものではありません。

  多分、もう1年もしないうちに、オルガもできるようになっているでしょう。

  もちろん、3歳でできるような計算ではありませんよ。

  でも、むしろ、教わったばかりのかけ算という知識を、実地で役立てる応用力こそが、母上の目を惹いたのでしょうね。

  知識を生活上で実用するのには、発想力がいりますから。


  そうなると、母上はマリーを欲しがりましたね?」


 「ええ、任せてほしいと。

  決してオルガの立場を脅かしはしないからと」


 「なるほど。

  ドロシーは、どう思いますか?」


 「お任せしてはどうかと」


 「私もそう思います。

  恐らく母上は、マリーを後継者に育てたいのでしょう。

  あれほどの才能を目にしたなら、そう思うのも仕方がない話です。

  マリーは、母上の教えを吸収できていますから。

  そのうち、ダンスや社交術の教師をつけたいと言ってくるでしょうから、人選しておきましょう」


 「ダンスや社交術ですの?」


 「オルガと違う方向に伸ばすというなら、淑女教育にも力を入れるでしょう。

  経営学になど触れさせたら、オルガを超えてしまいますから。

  オルガの立場は、脅かさないのでしょう?」


 「そう仰っていましたわ」


 「ですから、違う方向に伸ばすのです。

  植物学と算術は外せないでしょうが、なるべく重ならない科目を選ぶでしょう。


  それと、オルガが変に劣等感を持たないよう、気をつけてあげてください」


 「わかりましたわ。

  2人とも可愛い我が子ですもの。

  兄妹仲がこじれないよう、気をつけておきます」


 ノアには、これからマリーがどうなっていくのか、想像できているのですね。

 オルガも賢い子だと思っていたのに、その上を行くなんて。

 不世出の才媛の、後継者。

 このまま育てば、マリーはそうなるのでしょうか。


 王都のお母様には、お知らせしておいた方がいいのでしょうね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど。 男性というか跡継ぎを立てる。ありがたいけど、気を使われるのもどーなのかなあ。 虚しい気がするー。 [気になる点] 二進法の数え方、分かりました! しかし、これは慣れないと使え…
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