裏16 妹の帰宅(ナシール視点)
ネイクの帰郷です。
学院でのあれこれを、ようやく親に報告です。
王立学院が長期休暇を迎えた。
春にネイからもらった手紙では、休暇に入り次第帰ってくる予定になっていたから、本当なら昨日には帰ってきていてもおかしくないはずだが、まだ帰ってこない。
何かあったにしても、知らせの手紙が届く頃には何日も掛かるから、ただ待つしかない。
ネイの飛び級を知ってから、親父はやたらと機嫌がいい。
というか、「飛び級ってなんだ?」と聞かれて、俺が「2~3年に1人しか出ないすごい優等生のことだよ。王城から、是非官吏になってくれって迎えに来るくらいだ」と説明したせいだろう。
まあ、気持ちはわかる。
俺が王立学院を卒業したことだけでも快挙なのに、ネイはその上を行って、官吏になれるってんだから。
ついでで、ネイに王立学院を受験させるよう勧めた俺の評価も上がってる。
それにしても、どんなに考えてもわからないのが、なんでネイが飛び級なんてできたのかだ。
まさか、坊ちゃんが教えてくれたとか? いや、それなら、教えた坊ちゃん自身も飛び級してるはずだ。…実は坊ちゃんも飛び級してて、帰ってからまとめて話すつもりだから書かなかったってことか? 一度に2人も飛び級なんて聞いたこともないが、それならありそうだな。
ん? 店の前に馬車が止まったな。
貴族の馬車のようだ…お客様か。
出迎えるつもりで外に出た俺が見たのは、御者に手を引かれて馬車から降りてくるネイと貴族のお嬢様らしき人だった。
「ありがとうございました。トゥーリー様」
「いえいえ、私の方こそ、ネイクミットさんの個人指導を受けながらの旅ができて、役得でした。
10日後にお迎えに参りますから、どうか遠慮などしないでくださいましね。
私がヒートルース様に叱られますから」
ネイクミット「さん」? 貴族が、ネイに敬称を付けてるのか? 坊ちゃんが何か頼んだようだが…。
「おかえり、ネイ。…そちらのお嬢様は?」
「あ、兄さん、ただいま。
こちらの方は、トゥーリー・オークール様と仰って、学院で仲良くさせていただいてる方なの。
今回、わざわざ私を送ってくださったのよ」
オークールって、領地貴族の子爵家じゃないか! 貴族のお嬢様に送らせたってのか!? なんてことを!
「ネイクミットの兄の、ナシールと申します。
このたびは、妹が大変なご迷惑をお掛けしたようで、申し訳ございません」
慌てて謝ると、お嬢様は、笑って言った。
「迷惑だなんて、とんでもありませんわ。
大変有意義な旅でした。
私、学院では、ヒートルース様主催の勉強会に参加しておりますの。
ネイクミットさんに、いつもお世話になっているのは、私の方ですわ。
お兄様のお噂も伺っております。
ネイクミットさんの才能を見抜いて学院を受験できるよう計らってくださったご慧眼の持ち主でいらっしゃるとか」
慧眼? 勉強会? 何の話だ?
混乱する俺を置いてけぼりに、お嬢様の話は続いた。
「ネイクミットさんにも申し上げましたが、10日後にお迎えにあがりますので、くれぐれもおひとりで帰ろうなどとはなさらないよう、お兄様からもご注意さしあげてくださいな。
最近は、少しばかり物騒ですから、ネイクミットさんをおひとりにしないよう、ヒートルース様から頼まれておりますの。
ネイクミットさん、あなたにもしものことがあれば私達も困るのですから、どうかご遠慮なさらないでくださいましね。
それでは、ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう」
お嬢様は、馬車に乗り込み、ネイと挨拶を交わして去っていった。
「え~っと、ネイ。何が起きてるのか、よくわからないんだが…。
とりあえず、坊ちゃんとは再会できたんだな」
「そうだね、兄さんのお陰だし、先に言っとく。
アイン様は、入学してすぐ、あたしを探してくれて、ほんとにすぐ会えたのよ。
それで、その場で婚約した」
「その場で!?」
「うん、そのつもりで探してくれてたの。
後で、父さん達の前でまとめて話をするけど、兄さんが知ってたってことは内緒にしといた方がいいよね?」
「いや、どうせバレるだろうし、俺は聞いてたが本気にしてなかったから黙ってたってことにしとこう。
それなら、親父を騙してたことにはならないからな」
「わかった。兄さん、ありがとう。協力してくれて。
お陰であたし、幸せだよ」
ネイからの報告は、落ち着いてからということで、夕食の後で行われた。
食事中に、うっかり吹き出すようなことになるとまずいからな。
その分というか、夕食の時には、俺とジョアンナの結婚の話をした。
ちょうどネイの入学と入れ違いだから、ネイには伝えていなかったからだ。
「え!? ジョアンナお嬢様、兄さんとこに嫁に来るの!? 兄さんって仲良かったっけ!?」
「仲っつうか、縁繋ぎだよ。
ほら、俺が王立学院卒業したから」
「そっか…やっぱ、そういうのってあるんだ。
いつ?」
「来春、向こうが学校出たらすぐだ」
「ふうん。兄さん、おめでとう」
「え~っと、まず、今日あたしを送ってくださったのは、トゥーリー・オークール様といって、オークール子爵家のご令嬢。
アイン様が主催してる登用試験のための勉強会に参加してらっしゃる方で、その縁で知り合ったの。
あたしが飛び級したもんだから、勉強を教えてくれって来る人がいて、で、アイン様が登用試験を受ける人だけで勉強会をしようって企画して。今は、週に1回集まってるのよ」
「ネイ。アイン様というのは、ヒートルース子爵家の坊ちゃんのことか」
あ、親父。やっぱそこ、気になるよな。
「あ、うん、そう。
あのね、父さん。あたし、アイン様にプロポーズされたの。
卒業したら、一緒に王城に入って、結婚する」
「結婚!? 貴族と結婚なんて、簡単にできるわけがなかろうが!」
「大丈夫だよ。アイン様、次男だから。
子爵様の許可は、もう戴いてるの。
婚約の証ってことで、家紋入りのハンカチも戴いてる。ほら、こういうのって、簡単にはもらえないんでしょ?」
ネイは、懐からハンカチを出した。
確かにヒートルース子爵家の家紋が入ってる。
「本当に、子爵家の坊ちゃんと結婚できるのか?」
「うん、そのつもり。黙ってたけど、あたし、王都を離れる前にアイン様と約束してたの。一緒に官吏になって結婚しよう、学院で再会しようって。
アイン様は、本当に入学してすぐにあたしを探してくれたの。
翌日には会えて、その場でプロポーズしてくれたのよ。
飛び級の試験も、アイン様が勧めてくださったの」
「ナシール、お前、やたらと受験させるよう推してたが、その話知ってたのか?」
やべ、やっぱりそうくるよな。
「結婚の約束ってのは聞いたことあったけど、そんな夢みたいな話、真に受けるわけないだろ。
ネイなら受かると思っただけだよ。
つうか、ネイ、お前、どうやったら飛び級なんかできるんだよ。
俺が勉強教えたんだから、俺よりちょっとできるくらいで上出来だろうが」
そうそう、これがずっと不思議だったんだよ。
「ああ、それはマリー様に教えていただいたお陰よ。
ローズマリー・ジェラード様っていって、貴族のご令嬢なんだけど、気さくな方で、仲良くしていただいてるの。
アイン様に会えたのも、マリー様のお陰なのよ」
ジェラード? 聞き覚えがある…と思っていたら、親父が叫んだ。
「ジェラードって、お前、特別な作物を独占栽培しているジェラード侯爵家だろうが! お知り合いになれたのなら、どうして早く言わない! あそこと取引できれば、とんでもない利益が上がるぞ!」
「マリー様、家名を出されるのがお嫌いなのよ。
家名を知って近付いてくる人は、全部排除してる。
あたしは、知らないで声をお掛けしたから仲良くなれたのよ」
「む…。
ゼフィラス公爵家のご令嬢がジェラード侯爵家に嫁いだという話は、知ってるか」
「うん、アイン様に聞いたし、マリー様の研究室には、ゼフィラス公爵家の前のご当主が時々いらしてる。
でもね、アイン様が仰るにはね、マリー様は、家名を知って態度を変えるような人は信用しないから、あたしは今までどおり普通に接した方がいいんだって。
だから、父さんからマリー様にお礼とか何かしちゃ駄目よ。
あたしも飛び級した後、貴族のご子息何人かから結婚を申し込まれたけど、そういう方達って、みんなあたしじゃなくて飛び級した娘が欲しいだけなのよ。爵位を得る道具として。
マリー様、お小さい頃からそういう人を見てきたらしくて、ものすごく警戒するの。
でね、マリー様は3科目も飛び級したんだけど、その後、暴漢に刺されそうになった事件があったから、もしかしてあたしが襲われたらって心配したアイン様が、トゥーリー様にお願いしてくださったの。
トゥーリー様の道すがらにあたしを送り迎えしてくださるように、って。
そのせいで、出発が1日遅れちゃったけどね」
話が終わると、親父が頭を抱えるようにして言ってきた。
「それで、お前は官吏になって、坊ちゃんと結婚したい、とそういうことなんだな」
「うん。店の手伝いはできなくなるけど、あたしが官吏になることは、うちにとっても有益でしょ?」
「確かにな。坊ちゃんは爵位は継げないが、それでいいんだな?」
「あたしは、アイン様が好きなの。
爵位なんか、どうでもいい。
まあ、アイン様は、あたしと一緒に爵位を掴み取るって仰ってるけど」
「わかった。好きにするといい。我が家にとっても、確かに有益だ」
「ありがとう、父さん」
話し合いの間、アリスは一言も話さなかった。
母さんは、俺の結婚話の時に少し喋ったが、アリスはその時も黙っていた。
アリスも来春、学校を卒業するが、少なくとも嫁ぎ先を選ぶに当たってアリスが意見を求められることはないだろう。
下手をすれば、嫁ぎ先が見付からない可能性だってあったんだから。
元々、商家の娘にとって、嫁ぎ先を選ぶ権利などないに等しい。
兄妹3人で、唯一王立学院に合格できなかったアリスは、複雑な気分だろう。
その後、ネイを俺の部屋に呼んで、もう少し細かい話を聞いた。
「侯爵家のご令嬢ってのは、どんな方なんだ?」
「すっごく気さくな、いい方よ。
高位貴族なのに、あたしなんかと普通に話してくださるし。
兄さんが前に言ってた、飛び級した方っていうのが、マリー様のお兄様。
マリー様のお祖母様が『不世出の才媛』って呼ばれてる伝説の人で、マリー様はその再来って呼ばれてる」
「そうか、何か引っかかると思ったら、それだ」
「マリー様も3科目飛び級してて、二段飛び級もしてる。お祖母様に次いで、三十何年ぶりの快挙だって」
もう何が何だかわからない世界だ。なんだよ、二段飛び級って。
「でね、さっき父さんも言ってたけど、マリー様のお母様は、公爵様の家の出なの。
でも、マリー様、そういう血筋のこととかで騒がれるのが本当にお嫌いなのよ。
血筋にしか興味のない人が婚約を申し込んでくるって、気にされてるの。
商人なら、公爵家との繋がりは喉から手が出るほど欲しいのはわかってるけど、父さんが何かしようとしたら止めてね。
マリー様に嫌われちゃうし、むしろ家のためにならないから」
「わかった。親父には気をつけておこう。
まあ、今日の話の流れだと、何かするってことはないだろうけどな。
しかし、お前、王立学院でなんて人脈作ってるんだよ、しかも、せっかくの人脈を使うなって言うし」
「うん、ごめん。
あとね、あたしを襲いそうなのは、アイン様のお兄様。
成績が悪くて、官吏になるためにあたしを利用しようとして失敗したから、あたしのこと逆恨みしてるらしいの。
実際に行動できるような人じゃないと思うんだけど、実際、マリー様は、逆恨みした貴族に刺されそうになったから」
本当に、ネイは王立学院で一体どういう生活を送ってるんだ!?
ネイは、10日の間、店の経理を手伝ってくれた。
さすがに簿学で飛び級しただけあって、帳簿を見るなり間違いを見付けてみたりと、即戦力になれる。
親父は、店をずっと手伝ってほしい気持ち半分、王城に入ってうちの評判を上げてほしい気持ち半分ってとこだろう。
普段なら、商売最優先できっぱり動く親父が、妙に躊躇っているのが不思議だ。
そして、10日後、オークール子爵家のお嬢様が迎えに来て、ネイは再び王都に旅立った。
ネイクの姉アリスが通う学校は、3年制ですので、来春卒業です。アリスと同い年のジョアンナも同じく。
ネイクの父は、当然、ジェラード侯爵家については、外形的なことは知っています。
噂になっているゼフィラス公爵家との繋がりもそうです。
ただ、所謂悪い噂の類ですから、それを積極的に使うのはまずいと感じてもいるので、積極的に働きかける気はありません。
ゆくゆくは繋がりをうまく使って立ち回ろうと思っていますが、今は時期尚早だと見守るつもりです。
次回更新は、本来4月1日なのですが、その日はエイプリルフール企画で短編をアップするので、奇蹟の少女はお休みします。
次回17話「お祖父様との約束」は、4月5日午前零時に更新します。