13 二段飛び級
飛び級以来、なにかと身の周りがうるさくなってきていますが、だいぶ慣れてきました。
簿学も算術も、本科の教科書はもう読み終わってしまいましたが、おばあちゃまとの約束どおり、二段飛び級の試験は植物学だけにします。
先日の勉強会で、私はようやく、自分が特殊なのだということに気付きました。
私は、人にものを教えるのが、とても下手だということも。
飛び級するというのは、学院の中でも本当に特別な存在なのですね。
考えてみれば、1人も飛び級しない年というのもあるわけですし、当たり前の話でした。
貴族でさえ、ネイクに勉強を教えてもらうために頭を垂れます。
飛び級というのが単なる名誉ではなく、実利を伴うものだということも、先日初めて知りました。
平民のネイクにさえ、貴族子息が群がったのですから、領地貴族の侯爵令嬢で、王家の血を引く私が飛び級したら、それはおいしい獲物に見えることでしょう。
本当に、下心を隠しもしない下卑た目で私に近付いてくる男性の多いこと。
幼い頃から、私を妻にと求めてくる家は後を絶ちませんでした。
どれもこれも「私」ではなく、「ジェラード侯爵令嬢」を求めていました。
学院に入ってからも、私に近付いてくる男性は、ジェラードの娘、ゼフィラス公爵家の外孫を見定めに来ていました。
ジーンさんは、多分後者でしょう。
幸い、あれ以来食事に誘われることはなくなりましたが、あの方も、私の後ろの何かを見ている人でした。
私も、幼なじみの1人もいれば、おばあちゃまやネイクのような素敵な恋ができたのでしょうか。
飛び級したことで、今度は「不世出の才媛の孫娘」として私を見に来る人が増えてきました。
それでも「飛び級した私」を見に来るだけ、今までよりはマシでしょうか。
それとも、付加価値が増えただけ?
二段飛び級の試験直前となった今は、少し静かになっていますが、それでも私に近付いてくる人はいるようで
「ローズマリー・ジェラード侯爵令嬢とお見受けする。
僕は、ヒューゼル・フォスター。フォスター侯爵家の嫡男だ。
以前に婚約の申し入れをしていたはずだが、その答えを聞きたい」
フォスター侯爵家? たしか、お父様から戴いた婚約をお断りした家のリストに載っていた家のはず。
「フォスター侯爵家からでしたら、確かに4年前に申し入れを受けておりますが、既にお断りさせていただいているかと」
「そんなこと、僕は認めた覚えはない!」
答えを聞きたかったんじゃないんですか?
それとも、了承以外は答えじゃないと言うんでしょうか。
「婚約は家同士のこと。父とフォスター侯爵家との間で整わなかった以上、ご子息であるあなたが認める、認めないのお話ではございませんでしょう?」
「うるさい! 僕はお前の夫となる男だぞ! いいから着いてこい!」
また勝手に話が進みました。
どうして“夫となる男”に昇格したのでしょう。
ともかく、これ以上は時間の無駄ですね。
「お話は、以上ですね。では、失礼します」
私が背を向けた瞬間、背後で危険な気配がしました。
私は咄嗟に鞄を体の前に構えて振り向き、フォスター侯爵子息の突き出したナイフに叩き付けて受け止めました。
ナイフは、ちょうど鞄の底の鋲で受けたので、底が少し傷ついたくらいですみました。
見ていた人が通報してくれたのか、間もなく学院の警備員が駆け付けて、フォスター侯爵子息を取り押さえてくれました。
フォスター侯爵子息は、どうした加減か、右拳を鋲にぶつけてしまったらしく、骨が折れていたそうですが、まあ、自業自得というものでしょう。
背後からナイフで突いてくるなど、正気の沙汰とは思えません。
鋲で受けたから怪我をしないですみましたが、普通なら大怪我、下手をしたら死んでいたところです。
この1件で、フォスター侯爵子息は退学となり、フォスター侯爵家にはジェラード侯爵から厳重抗議ということになりました。
学院内での刃傷沙汰は、男子院生同士ではままある話だそうですが、女子を相手にしてのことは初めてだそうです。
こんなことで初めてになっても嬉しくないのですが。
後で聞いた話では、フォスター侯爵子息は、心を病んでいたとのことで廃嫡が認められ、フォスター侯爵家は爵位を伯爵に落とすことで存続が認められたとのことです。
こうした小さな事件はありましたが、概ね平穏な1か月が過ぎ、私は植物学で念願の二段飛び級を果たしました。
小さな事件です。
嘘だぁ!
マリーは、フォスターの殺気に反応して、鞄底の鋲の1つでナイフを受け流しつつ別の鋲で手の甲を強打しました。回転の遠心力を上手く乗せているので、甲の骨を折るほどの威力を持ちました。
マリーには、反撃した自覚はありません。
なんというカウンター使い。
もちろん、鋲のある鞄を持つよう勧めたのは、クロードです。