裏12-1 子爵家の子息(ネイクミット視点)
2/19 当初後書き部分に入れていた貴族制度の解説を、裏11-3話と12話の間に独立させました。
飛び級して以来、あたしの周りは大きく変わった。
まず、貴族があたしに頭を下げて、勉強を教えてほしいと言ってきた。
元々は、官吏志望の女の子がマリー様のところに来て、マリー様も仕方なく教えてあげることにしたんだけど、マリー様のヒントでは、あの人達には難しすぎた。
マリー様も、最近は結構、難しすぎないヒントをくださるようになったんだけど、初めての人にはそれでも難しいみたいだ。
前にトロリーに教えてくださった時もそうだったけど、マリー様のヒントを理解するには、本質を見極めなきゃならない。
あたしがマリー様に教えてもらって飛び級したものだから、マリー様に教えてもらえば簡単に成績が上がるだろうと高を括った人が多かったんだろう。
あたしは、そうなるだろうと思っていたから、あらかじめマリー様にお手伝いを申し入れていた。
トロリーの時と同じく、マリー様のヒントを噛み砕いて説明する。
普段から算術でアイン様に説明しているから、その辺りの加減は慣れている。
少し予想外だったのは、教えた人達が、以後、マリー様でなくあたしに頼むようになったのと、その人達から話が広がって、男性の、それも貴族の官吏志望者から頼まれるようになったことだった。
貴族と言っても、あたしみたいな平民に頭を下げることのできる、礼儀もきちんとした人達だ。
正直言って荷が重いけど、貴族が頭まで下げて頼んできたとなると、断るのはまずい。
かといって、貴族の男性が何人もいるところにあたしがいるのは、もっとまずいだろう。
何かあったら力では対抗できないし、何もなくてもアイン様の評判に傷を付けることになるかもしれない。
そう思って、あたしは、一旦考えさせてもらうことにして、アイン様に相談した。
アイン様は、
「お前1人でそんなに何人も教えられるものではないだろう。
俺も交えて、勉強会という形にしよう。
お互いに得意な教科を教え合えばいい。
参加資格は、今年入学した官吏希望者だ。
定期的に開くことにして、学院に申し入れて自習室を押さえよう。
俺の名で申請しておくから、ネイクは希望してきてた奴らを集めろ」
と言って、アイン様主催による定期勉強会が週1回開かれることになった。
どうしてそんな大がかりなことにするのか聞いたら、
「貴族が頭まで下げたんだ。無碍に断ると、後々面倒なことになる。
それに、お前に教わって官吏になれたとなれば、お前に敬意を払わざるを得なくなる。
そうした人脈は、官吏になった後で役に立つだろう。
それと、こういう会を主催したとなれば、俺達の統率力・企画力を学院にアピールできる。
どれを取っても、損のない話だ」
と言われた。
そこまで考えて勉強会を開くことにしたんだ。
アイン様は、本当に官吏になった後のことを考えて動いてる。
あたしが上手に教えれば、アイン様のためになるのよね。
頑張らなくちゃ。
今、あたし達は、勉強会の申請のために、管理棟に行ってきたところだ。
アイン様は、まだ中で提出書類を書いているので、あたしは先に外に出て待っていることにした。
アイン様を待つあたしに、誰かが近付いてくる。
会ったことはないけど、アイン様によく似た顔立ちの、多分アイン様のお兄様。
アイン様は、あたしと婚約したことはお家に報告してあると言っていたけれど、平民と婚約したことに文句を言いに来たのかしら? それとも興味本位で見に来ただけ?
「君がネイクミット・ティーバか?」
「はい。私に何か御用でしょうか?」
「用があるのは、アインだ。君にではない。
俺は、アインの兄でニコル・ヒートルースという」
「あいさつもせず、失礼しました。
ネイクミット・ティーバと申します。
アイン様には、いつもよくしていただいております」
あたしに敵意はなさそうだけど、この雰囲気は、むしろアイン様のことが嫌いなのかしら?
私達が二言三言話している間に、アイン様が出てきた。
「兄上、何故ここに?」
アイン様もお兄様を嫌いなのかしら? いつになく言葉がとげとげしい気がする。
「そういきり立つな。
今日は、お前にいいことを教えてやろうと思ってな。
喜ぶがいい、お前に縁談が来ている。
モラーテ・キューレル子爵令嬢、15歳の子爵家跡取り娘だ。
よかったな、労せずして子爵だぞ」
この人、何を言ってるの!? アイン様に、子爵家に婿に行けってこと?
「ほぉ、随分とありがたいお話じゃないか。
だから、俺にネイクとの婚約を解消しろと?
それで、兄上がネイクを娶ろうというわけか」
「噂は『ヒートルース子爵家の子息が』だからな。
君も、そうなればすぐに子爵夫人だ。損はなかろう?」
この人、なんてこと言うのよ!
「私がなりたいのは、アイン様の妻です! 子爵夫人なんてなりたくありません!」
「そのとおりだ。
俺の妻は、ネイク以外あり得ない。
兄上、そんなにいい令嬢を見付けたのなら、あんたが娶ったらどうだ?
いいか、ネイクは俺が自分で見付けた伴侶だ。
誰にも渡さん。
奪おうというなら、それなりの覚悟をしてもらうぞ」
「アイン、お前、兄に向かってその態度はなんだ!?」
「だから、嫡男なら嫡男らしく、泰然と構えて能力を示したらどうだ?
何度も言っているとおり、俺は卒業したら、家から出て行く身だ。
家の命運は、嫡男が背負うものだろう。
出て行く俺を利用するのは諦めろ」
お兄様が憎々しげに去った後、会話の意味がわからず首を捻っていたあたしに、アイン様が意味を教えてくれた。
貴族は、嫡男しか爵位を継げないこと、官僚貴族は嫡男が官吏になれないと爵位を失うこと、例外として嫡男がいない家は婿が官吏になれば爵位を継げること、嫡男が病気や大怪我を負った場合は、その妻や婚約者が官吏になれば爵位を継げる場合があることなど。
要するに、アイン様のお兄様は、ご自分が登用試験に合格する自信がないため、確実に官吏になれるあたしと結婚し、自分が病気になったことにして、子爵位を継げるようにしたかったということらしい。
アイン様に持ってきた子爵令嬢との縁談も、官吏になれるであろうアイン様を婿に迎えることで相手の子爵家を存続させようということだそうだ。
あの人、本当にアイン様のお兄様なの? どうして自分で努力しようと思わないんだろう。
「アイン様のお兄様は、どうしてそんな他人に頼るようなことをなさるのですか?」
「あいつは嫡男として産まれて、何不自由なく育ってきた。
官吏になるのが難しいなら、試験に受かるよう努力すりゃいいのに、楽して子爵位を継ぐ方法に飛びついたってわけだな。
お前と結婚したところで、確実に爵位を継げるわけじゃないんだがな。
要するに、今まで自分で何もしなくても全て手に入ってきたから、自分で努力しようって発想がないんだ」
「そんなものなんですか、貴族って?」
「もちろん、そんな奴ばかりじゃない。
商人だって色々いるだろ? 貴族だって色々だ」
「アイン様は、お兄様と全然違いますよね」
「次男だからな。
俺は、次男だから、家を継げない。
家から与えられたものは、いずれ取り上げられることになる。
周りもそれをわかってるから、幼い頃から、使用人に至るまで俺を軽んじていた。
だから俺は誓った。
欲しいものは、自分の力で掴み取るってな。
自分で掴んだものは、家に取られる謂われはないからな。
悪かったな、嫌な思いをさせて。
二度とあいつがお前の前に現れないよう、釘を刺しておこう。
とりあえず、キューレル子爵令嬢に会いに行くから、一緒に来てくれ」
「子爵家のお嬢様にお会いするんですか?」
「そうだ。どうせニコルが適当なことを吹き込んでいるに決まってるからな。
俺にはお前がいるということを伝えて詫びておく必要があるし、ついでにもうひとつ、な」
「アイン様は、私を選んで、後悔はなさりませんよね?」
「当たり前だ。
お前は、家名ではなく俺を見ている。そうだな?」
「はい、それは勿論!」
「俺も自分の目で見て、お前を選んだ。
俺がお前を欲しいと思い、お前も俺を欲しいと思った。
だから、婚約したんだ。
お前は誰にも渡さない。
俺は、お前と生きると決めたんだからな」
「はい!」
アイン様。子爵家のお嬢様より、平民の私がいいって言ってくれたアイン様。
何があっても離れません。私は、あなたの妻です。
今回の話では、つまり、ニコルは、ネイクと婚約した後、自分が剣術の講義などで大怪我して特例措置を受け、ネイクの夫として子爵位を継ぐつもりなわけです。
また、キューレル子爵令嬢も、一人娘で、このままでは爵位返上なので、アインを婿養子にすることで子爵家を存続できると言って担ぎ出されました。
貴族って、汚い。
(そんな人ばかりじゃありませんが)