11 飛び級
ようやく飛び級です…が、やっぱりマリーはマリーです。
学院に入学して1か月が経ちました。
そう、遂に飛び級の試験です。
私は、植物学・算術・簿学の3科目で飛び級しました。
とりあえず、私としては、おばあちゃまと同じく3科目で飛び級できたので、一応満足しています。
おばあちゃまが飛び級した科目は植物学・算術・経営学で、同じ科目にならなかったのが残念ですが、経営学には関わらないというのがおばあちゃまとの約束なので、そこは我慢するしかありません。
おばあちゃまと、お父様お母様には、もう手紙でお知らせしました。
お兄様には、直接ご報告しました。
「お兄様、私も3科目で飛び級いたしました!」
「やっぱりマリーも飛び級したのか。
おめでとう。次は、二段飛び級だけど、どうするんだい?」
「もちろん、挑戦します。
植物学一本に絞って、なんとしても二段飛び級して、おばあちゃまと一緒に研究します」
「二段飛び級しなくたって、お祖母様と一緒に研究はできるんじゃないのかい?」
「でも、それではおばあちゃまの後継者になれませんから。
誰よりも、まず私が認めません。おばあちゃまから習ったことをちゃんと身に付けていたら、二段飛び級できるはずです。
そうでなければ、おばあちゃまの弟子を名乗れません」
「別に、肩書きで研究するわけじゃないだろう。
マリーは、肩書きに拘るのは嫌いじゃなかった?」
「もちろん嫌いです。でも、私は、おばあちゃまの弟子に相応しい実力を示さなければなりませんから。
肩書きが欲しいわけではありません。きちんと力を付けたことを認められたいのです」
「マリーにしては珍しく、頑固だね。
まあ、折角受けるんだから、飛び級できることを祈ってるよ」
「ありがとうございます。お兄様」
そして、週末の休みに、ゼフィラス公爵家を訪ねて、お祖父様お祖母様にもご報告しました。
「おめでとう、マリー。
次は、いよいよ二段飛び級だな。
侯爵夫人の愛弟子に相応しい成果を挙げてくれるのだろう、期待しているよ」
「はい」
学院の方では、「妹の方も3科目飛び級した」「あの家だけで4人目だ」「今度こそ二段飛び級するのか」「さすがにそれは無理だろう」といった話が飛び交っているようです。
ネイク以外の友人達は、今回の飛び級を受けて、少し私に擦り寄ってくるような空気を醸し出しています。
敵を作るつもりはありませんからそれなりに対応していますが、やはり彼女たちはローズマリーではなく不世出の才媛の孫を見ているようです。
また、言い寄ってくる男性も増えましたが、こちらも相変わらずです。
皆さん、そんなに肩書きと結婚なさりたいのでしょうか。
ところで、私の飛び級なんかより、もっと凄いことがありました。
ネイクもアインさんに押し切られる形で簿学を受験したのですが、予想どおり飛び級したのです。
女性の飛び級は、おばあちゃまに続いて2人目、平民の女子では初めてだそうです。
平民でも、男性なら何人かいるのですが。
今年は、私達のほかに飛び級した人はおらず、学院初の“女性2人による飛び級”となりました。
これを受けて、ネイクに言い寄る男性も現れました。
それも、1人や2人ではありません。
ネイクは平民ですが、飛び級したとなれば官吏になれるのは確実ですから、ネイクと結婚することで自分の足場を固めようという貴族子息が声を掛けてくるのです。
官吏になったネイクと結婚すれば、万一自分が官吏になれなくても食べていけますし、自分も官吏になれば、夫婦ともに官吏ということで爵位を賜れる可能性が増えますから。
特に、子爵や男爵といった、私より家格の低い官僚貴族の子息は、私には気後れするらしく声を掛けてきませんが、平民であるネイクは与しやすいと思うようです。
それも、呆れたことに「お前がネイクミット・ティーバか。お前を俺の婚約者にしてやろう。詳しい話をしてやるから、ついてこい」といった具合に、いかにも自分の方が立場が上であるという態度の人が多いのです。
たしかに、一般的には貴族の方が立場は上でしょう。しかし、今の彼らは、飛び級したネイクにぶら下がろうとしているだけの何の地位もない方々です。
今は貴族子息でも、登用試験に受からない限り、彼らは平民になるか、家で飼い殺しとなるのです。
どちらの立場が上かもわかっていない愚かな人達。
対するネイクは、態度こそ謙虚ではありますが、「申し訳ありませんが、私には婚約者がおりますので」と一刀両断に断り、その際、ヒートルース子爵家の家紋の入ったハンカチを見せています。
幸い、アインさんも子爵家子息ですから、ネイクに寄ってくる貴族子息は引き下がるしかありません。
ネイクに、いつ家紋入りのハンカチを貰ったのかを聞いたら、再会したその日に渡され、貴族に何かされそうになったら見せるよう言われていたそうです。
アインさん、再会に備えて、ネイクのために家紋入りのハンカチを用意していたんですね。思っていた以上にきちんとした人でした。
正式なプロポーズは官吏になった後ですると言いつつ、既に十分立派なプロポーズを受けているのだとか。
アインさんが再会した時点では、ネイクは何の付加価値もない平民の女の子でした。
アインさんにとってのネイクの価値は、“将来を約束した幼なじみの女の子”というものです。
幼い頃の約束を果たし、再会したその日に婚約を申し込んだアインさんに、今頃になってネイクの価値に気付いた貴族なんかが相手になるわけがありません。
運命の人とは、いくつもの偶然が重なって出会うたった1人の人。いつ出会うかはわかりませんが、そうと知らないうちに出会い、いつの間にか惹かれあう相手。
そんな人に出会えたネイクが、本当にうらやましい。
でも、そんなネイクと友達になれた私も、きっと幸運なのでしょう。
ネイクだけは、私をローズマリーとして見てくれるのですから。
マリーの中で、アインの株が絶賛高騰中です。
普通、飛び級するのは、入学前から勉強している貴族がほとんどです。
セリィにしろマリーにしろ、そこは変わりません。
平民で飛び級している人も、多くはネイクのように入学前に勉強を始めています。
要は、最初から官吏になる目的の人が飛び級することが多いわけです。
入学前のアドバンテージが大きいほど有利ですから。
ネイクの場合、入学してからの追い込みが激しく、1か月で教科書を1冊終わらせるほどの自習が功を奏しました。
もちろん、普通はやろうったって無理ですけど。
12倍の進行速度って何事でしょうね。
次回は、臨時更新で、2月1日午前零時頃になります。