裏1 運命の人(ドロシー視点)
「王子さまといっしょにいると、しあわせになれる?」
娘のマリーに本を読んであげていたら、そんなことを聞かれました。
マリーは、2歳上の兄オルガが大好きで、いつもついて歩くのですが、オルガには、最近家庭教師をつけたので、マリーがいると邪魔がられてしまうのです。
それで、邪魔者にされたマリーを慰めるため、私が本を読んであげていたのでした。
王子が旅の途中で隣国の姫と出会い、恋に落ちて結婚する物語。
懐かしい。私も幼い頃、同じ物語を読んでもらい、お母様に同じようなことを聞いたものでした。
私の名は、ドロフィシス・ジェラード。
ジェラード侯爵家次期当主ノアジール・ジェラードの妻です。
私の産まれたゼフィラス公爵家は、お父様が結婚する際に興した家で、お父様は前王陛下の第3王子でした。
現在は、お父様の兄君が王位に就いておられます。
その関係で、お父様の第一子である私は、家では「お姫さま」などと呼ばれることがありました。
姫と呼ばれるなら、王子様と結婚して幸せになるのだろうと幼心に考えた私は、お母様に「王子様に会いたい」とせがみ、会わせてもらったのです。
現王太子ルーシュパスト殿下と。
私より2歳年上の殿下は、私を見て一言「なんだ、このちんちくりんは」と仰いました。
王子様とは、優しく気品に溢れる紳士だと信じていた私には大変な衝撃で、その後しばらくは王子が出てくる物語は一切見なかったものです。
学院でルーシュパスト殿下にお会いした時は、にこやかに接していただきましたが、私はどうしても嫌悪感を捨てられませんでした。
それでも、親になり、息子や娘に同じ物語を読んでやっているというのは、不思議なものです。
やはり女の子ということなのか、マリーも王子様に憧れるのですね。
この子は、現王陛下の姪に当たるわけですし、王子様というものにあまり過剰な期待を持たせるのもどうかと思いますが、かといって夢を打ち砕くというのも違うでしょう。
ならば
「お母様もね、マリーくらいの頃に王子様と会ったことがあるの。
でもね、王子様といても、ちっとも嬉しくなかったわ。
お父様と初めて会った時は、とっても幸せな気持ちになったの」
そう。ノアと初めて会った時、私は一目で夢中になりました。
5歳の時の初恋、それも相手は2歳の子でしたが、その恋は私の中で褪せることがありませんでした。
どうしてもノアと結婚したくて、お母様にせがみ、婚約したのは私が8歳、ノアが5歳の時でした。
当時は、年に一度、セリィお義母様に連れられたノアが屋敷を訪れた時にしか会えませんでしたが、会うたびにノアは穏やかで優しく、私がずっと放さなくても微笑みながら傍にいてくれました。
ようやくノア自身からプロポーズしてもらえたのは私が18歳の時で、ノアの卒業を待って結婚しました。
私には、5歳の時から、ノアしか見えませんでした。
そういえば、お母様がお父様と婚約したのも、5歳の時だと言っていましたね。
マリーにも、いつかそんな相手が現れるのでしょうか。
「王子さまをやめちゃっても、おばあさまは、おじいさまが好きだったの?」
「そうよ。お祖母様は、王子様じゃないお祖父様が好きなの。
お祖母様がお祖父様を好きになったのは、5歳の時だったそうよ。
お祖父様が、お祖母様の運命の人だったの。
おばあちゃまもね、10歳の時にお祖父様に会ったそうよ。
運命の人とはね、一緒にいるだけで幸せな気持ちになれるのよ」
「うんめいの人?」
「そう。いつ会うかわからないけれど、みんな、きっといつか会えるの。
そうすると、幸せになれるのよ。
いつか、マリーも運命の人に会えるわ」
「うんめいの人と会うと、幸せになれるの?
じゃあ、マリー、いい子にして待ってる」
マリーは、淡白なのか素直なのか、以後、王子様のことは気にしていないようでした。
その後も、マリーは、オルガの近くに行っては邪魔者にされていたようで、見かねたお義母様が外に連れ出してくれるようになりました。
お義母様は、研究用の畑のほかにも、実用化された新種作物用の畑もいくつもお持ちで、そちらに連れて行っていらしたようです。
広い畑を駆け回って、マリーの機嫌もすっかりよくなりました。
マリーが「ちゃま」付けで呼ぶのは、甘えている相手に対してだけ。
今、「ちゃま」付けで呼んているのは、オルガとお義母様だけなのですから、いかにお義母様を好きかわかります。
悲しいことに、3歳を迎える前には、私のことは「お母さま」でしたから。
すみません、短いです。
3話はマリー視点で、4話にまたドロシー視点が入ります。
バランス配分上、ここで切ってしまいました。