9 学院での生活
学院に入学して1週間が経ちました。
学院内を歩いていると、妙な視線を感じます。
なんだか、私のことが噂になってるみたいだし、興味本位の視線のようです。
やっぱり、どこに行っても「不世出の才媛の孫」「オルガ・ジェラードの妹」という目で見られます。
そのこと自体は、事実ですし、仕方ないと思ってます。けれど、あんなにこそこそ見てないで、堂々と声を掛けてくるとかできないんでしょうか。
たまに声を掛けてくる人がいるかと思うと、食事に誘ってきたりします。
初対面で食事に誘うって、どういうことなんでしょう。
私が誰かもわかっていないんですよ。
いえ、ジェラードの娘ということはわかっているんでしょうけれど、家名しか知らないで声を掛けてくる人が多いんです。
「お嬢さん、お茶でもどうですか?」って、お茶ならご友人とどうぞ!
そんなこんなで、私に声を掛けてくる人はいません。
講義室でも、私は遠巻きにされています。
そう考えると、ネイクが最初に私の隣に座ったのって、凄いことのような気がします。
もっとも、ネイクに言わせると、講義室の中で、私の周りだけ空気が柔らかかったということですから、その人なりの感じ方ということなのでしょう。
ネイクとは、簿学と算術が一緒ですが、算術の方はアインさんも取っているので、ネイクはアインさんの隣に座っていて、私の隣には来ません。
一応、アインさんが私と顔を合わせないように気を遣っているみたいです。
私も、恋人同士の邪魔者になるのは嫌なので、近付かないようにしています。
そんなわけで、ネイクは、簿学の時だけ私の隣に来ます。
アインさんとは、その後、1回だけ会って、謝罪されました。
最初に会った時の軽薄な感じはなりを潜め、普通の貴族子息という感じでした。
やはり、あの時の態度は、親しい相手に対するものだったのでしょう。
ネイクははっきりとは言いませんが、彼女の様子を見る限り、2人は将来を誓い合った仲のようですから、そういう態度になるものなのかもしれません。
おばあちゃまとおじいさまも、一度会ったきりで、学院で再会するまでの2年間は、手紙のやりとりしかしていなかったそうですから、運命の人というのは、離れていても心が通っているのですね。
それにしては、人違いするというのは減点ですけれど。
まあ、5年ぶりの再会ですし、私とネイクは背格好も似ていますので、そこは大目に見てあげるべきでしょうか。
学院の講義は、私がおばあちゃまから習ったことを、やたらと持って回った言い方で説明しているという印象です。
説明が詳しすぎて、逆にわかりにくいのです。
ネイクにも聞いてみたのですが、初めて習うから、そういうものだとしか思っていなかったそうで。
それならと、私がネイクに説明してみました。
一から十まで説明すると却ってわかりにくくなるので、要点だけ。
ネイクは、最初、私が何を説明しているのかわからないと言っていたのですが、何回か説明しているうちに、話が通じるようになりました。
それからは、空いた時間を使って、寮の学習室でネイクに教えるというようなことをやっています。
講義で使っている教科書に沿っているので、特に問題はないでしょう。
ネイクの覚えがいいので、つい調子に乗って進めていたら、いつの間にか教科書の3分の1くらいまで行ってしまったけど、自習だし、別にいいですよね。
その後、時々算術の方も教えてあげるようになりました。
ただ、どういうわけか、算術は、簿学ほど進みません。
説明してもなかなかわかってもらえなくて、ネイクは部屋に戻った後、じっくり考えてからわかるようです。
その分、進みが遅いので、いつも教えるというわけにはいかないのです。
一度、ネイクに頼まれて、ネイクの幼なじみにも教えてみたことがあります。
トロリー・サントスという方で、ネイクの父君がドリスト商会にいた頃、取引先だった工房の長男なのだとか。
サントスさんが、講義が難しくてついていけないと言うので、ネイクとの自習を、寮ではなく講義棟の自習室でやることにして、サントスさんも仲間に入れてみました。
彼は、最初、ネイクの勉強の進み具合に驚いた様子でしたが、自分もやってみたいと言ってきました。
それで、ネイクと同じように教えてみたのですが、全然伝わらないのです。
見かねたネイクが説明に加わったのですが、それがもう回りくどくて。
講義よりもっと回りくどいくらいの説明で、ようやくサントスさんは理解したようでした。
むしろわかりにくい説明だったような気がするのですが、ネイクが言うには、サントスさんにはこの方がわかりやすいんだそうです。
理解する早さには個人差があるとおばあちゃまが言っていたのは、こういうことだったのですね。
その後、サントスさんは、私には近付かなくなりました。
ネイクには、時々声を掛けているのを見かけますが。
そうして、私の隣にはネイクだけが残り、他の人は遠巻きに眺めてくるという日々が戻ってきてしまいました。
ああ、あと、時々ニールセン様が食事に誘ってくれますね。
さして親しくもない男の方と2人で食事になど行けませんから、心苦しくもお断りしていますが。
まあ、遠巻きにされること自体は、別に構いません。
社交術の講義などでも、あまり仲の良い人ができなかったという問題はありますが、おばあちゃまも飛び級した後、友達に距離を取られるようになったと言っていましたから、その辺のことは覚悟していました。
むしろ、ネイクのように打算のない付き合いができる子が1人でもいたということの方が意外でした。
ネイクが相手だと、変に気を張る必要がなくて、とても楽しいです。
そういえば、おばあちゃまにも平民のお友達がいたって聞いたことがありました。
王城で官吏になって、その後、貴族の三男の方と結婚して爵位を賜ったとか。
私はその方とは会ったことがありませんが、年明けに私達が王都に出てきてお祖母様のお屋敷にいる間に、おばあちゃまが1人で会いに行っていたそうです。
なんだか、考えれば考えるほど、私とネイクの関係に似ています。
ネイクも、アインさんと一緒に官吏になりたいって言ってましたし、アインさんと結婚する予定みたいですから。
ネイクは、時々アインさんと一緒に勉強してるみたいですし。
ちゃんと、夢に向かって手を取り合って努力しているんですね。
将来、ネイクとアインさんは、2人で官吏になって、結婚して爵位を賜るのかもしれません。
やっぱり、運命の人っていいな、と思ってしまいます。
マリーの教え方、マリーの認識ではこうなっています。
前作で、ノアが、セリィの教え方は分かりにくいといっていましたが、セリィもこういう教え方だったせいです。
マリーは順応できましたが、順応できる人はある程度以上理解力がある人だけ、ということになります。
ネイクも、簿学では順応できましたが、算術では順応できませんでした。この辺は、九九がわかるかどうかということも影響しているはずです。
次回裏9話は、通常どおり7日土曜午前零時に更新します。