最終話 自分の人生を
「おかあさま、ベルは王子さまにあいたいです」
4歳になる娘のマリーベルに物語を読んでやっていたら、そんなことを言われました。
私も、お母様も、幼い頃に読んでもらった物語。
王子が姫と出会い、恋に落ちる物語です。
私も幼い頃、お母様に似たようなことを聞いたことがありました。
いつの世も、女の子は一度は王子様に憧れるものなのかもしれません。
「それなら、王子様に会ってみる?」
「ほんとう!?」
おそらく、陛下ならば大喜びで場を整えてくださるでしょう。
王子様に会えるとはしゃいでいるベルを眺めながら、少し複雑な気分になりました。
お母様も私も、運命の人は王子様ではありませんでしたから。
ああ、でも。
「ひいお祖母様の運命の人は王子様だったから、もしかしたらベルの運命の人も王子様かもしれないのね」
「えっ!? ひいおじいさま、王子さまだったの!?」
ベルが言っている「ひいおじいさま」は、侯爵邸にいらっしゃるおじいさまのことです。ベルは、おじいさまに懐いているので、「ひいおじいさま」というとそちらしか思いつかなかったのでしょう。
「あのひいおじいさまじゃなくて、公爵家のお祖父様のお父様よ」
「もう死んじゃったひいおじいさま?」
「そう。王子様をやめて、ゼフィラス公爵家を作ったの」
「そうなんだぁ。じゃあ、ベルも王子さまと結婚できるかもしれないの?」
「そうね。できるかもしれないわね」
「うん、王子さまにあうの、たのしみ!」
無邪気に喜んでいるベルを見ると、微笑ましいです。
どうなるかはベル次第。運命の人に会えるかもしれない機会は、与えてあげるべきでしょう。たとえ傷付くことになるとしても。
そんなわけで、陛下にお願いすることにしました。
「ほお、それはまた。
いいのか? 会わせても」
「娘がセルリアン殿下にお会いしてどう思うかは、娘のことですから。
こちらから敢えて何かをするつもりはありませんし、本人同士が惹かれ合うのであれば邪魔をする気もありません。
私も母親ですから、娘の幸せは願っております」
「そうだな、チャンスを生かすかどうかはセルリアン次第だ。俺も何もしないと誓おう。
アーシアンの時もそうだったが、ゼフィラスを縛ろうなどと無謀なことは考えていない」
陛下は、何か含みのあるお顔でしたが、少なくとも直接的に何かしてくるような雰囲気ではありませんから、せいぜい「ご機嫌を取れ」と言うくらいのものでしょう。
きっと、ベルも心のこもらない言葉には靡かないでしょうし流れに任せていいでしょう。
そして、顔合わせの日がやってきました。
ベルは、顔をこわばらせているようです。挨拶や受け答えの練習はしてきましたが、憧れの王子様に会うのは、やはり緊張するようですね。
「それじゃあ、ベル、ちゃんとご挨拶するのよ」
「はい、おかあさま」
王城では、いつもの部屋で陛下にご挨拶した後、殿下と顔合わせをすることになっています。
「陛下、娘のマリーベルです」
「マリーベル・ゼフィラスともうします、へいか。
ごそんがんをはいし、こうえいです」
「おお、立派に挨拶できたな。
マリーベル嬢はいくつだったかな?」
「はい、4さいになります、へいか」
「そうか。
セルリアンは9歳だ。
せっかくだから、遊んでもらうといい」
「はい、ありがとうございます」
侍女に連れられてベルが退出した後、陛下は
「今5歳差となると難しいところもあるかもしれんが、あの挨拶ができるなら、案外うまくいくかもしれんな。
22と17なら、特に問題もない」
とお笑いになりました。
そうなることを期待しているのがありありと浮かびますが、そのために策を巡らせたりはしておられないようです。
「全ては、当人同士で決めることですわ、陛下。
ベルがそれを選ぶのなら、王妃になるとしても、私は何も申しません」
そのまま研究所関連の打ち合わせをしていると、ベルが殿下に連れられて戻ってきました。
機嫌は良さそうなのに、目元が少し赤いようです。泣いたようですね。
「おかあさま、リアンさまが、またあそびに来ていいと言ってくれました」
満面の笑みで報告してくるベル。
これは、どうやら運命の人に出会ってしまったようですね。
「陛下、それでは」
陛下に目で問うと、
「ああ、準備が整い次第、だな。
マリーベル嬢、いつでもまた遊びに来るといい」
と仰いました。
あちらにとっても狙いどおりではあるでしょうから、話は早く進みそうですね。
「はい、ありがとうございます」
最初の緊張が嘘のように、ベルはリラックスしています。
この分では、本当にまた来たいとねだってくるでしょう。
「陛下、さすがにそれはお邪魔になるのでは?」
「先触れは必要だが、遠慮なく連絡してくれ。
こちらとしても望むところだからな」
ベルの運命の人がセルリアン殿下というなら、 私としても陛下のご意向に沿うことで問題ありません。
「はい。それなりの教育も必要となりましょう。
こちらでも始めますが、特に必要な教育がおありなら、お呼びいただければ参上します」
「今のところは、まだその必要はあるまい。
普通なら、淑女教育にもまだ早い年頃だ。
とりあえず婚約の発表はするし、それなりの待遇もするが、それで足りるだろう。
ゼフィラスにケンカを売る度胸のある貴族はおるまいよ」
「わかりました。
それでは、今日はこれで失礼いたします」
「へいか、ごぜんしつれいします」
帰りの馬車の中で、ベルに話を聞いてみると、随分と楽しかったようです。
「リアンさまは、とっても優しかったの。
ベルのお話をきいてくれてね、リアンさまって呼んでいいって。
リアンさま、王さまになるためのお勉強をしてるんだって。ベルがお手伝いしたらうれしいって言ってくれたのよ。
それでね、帰る時間になってね、さみしくてベルが泣いたら、またいつでもおいでって言ってくれたの。
リアンさま、ベルを“きさき”にしてくれるって言ったの。
おかあさま、知ってる? “きさき”ってリアンさまと結婚するってことなんだよ」
「知ってるわ、ベル。
でも、セルリアン殿下の妃になるのは大変なのよ。
そのための勉強もしなければならないわ。
立派な淑女にならないと、セルリアン殿下の妃にはなれないわよ」
「だいじょうぶ。ベル、がんばるよ。
でも、セルリアンでんかじゃなくて、リアンさまだよ?」
「“リアン様”って呼んでいいのは、そう言われたベルだけよ。
ベルだけに許された“特別”なの。
ベルは殿下が大好きなのでしょう?」
「うん!」
「ベルにとって殿下が特別であるように、殿下にとってもベルが特別なのよ。大切なの。
だから、特別に名前を呼んでいいことになったのよ」
「そっかぁ! ベル、リアンさまのとくべつなんだね! うんめいの人?」
「そうね、きっと殿下がベルの運命の人なのよ」
「ベル、リアンさまの“きさき”になれるよう、がんばる!」
「そうね、きっと頑張れるわ。
運命の人のためなら、なんだってできるから」
ベルもまた、運命の人と出会いました。
私がすべきことは、ベルが自分の人生を生きる力を付けるための手伝いだけ。
ベルの人生は、ベルだけのもの。
昔、おばあちゃまが言っていた言葉の意味が、ようやくわかりました。
私がクロードと共に生涯を歩むように、ベルはセルリアン殿下との人生を歩むのですね。
そして、マリンもいつか運命の人と寄り添って生きることになる。
そうやって、私の子や孫が、みんな自分の人生を生きていく。
私の子孫だけじゃない、ネイクやミルティの子孫や、王国の民全てが自分の人生を生きていくのです。
私は、それら全ての人が幸せに生きられるよう、手助けしていきましょう。
民のための研究で。
「誰もが自分の人生を生きる」が、この作品のテーマの1つでした。
「修道院」最終話ラストのセリィの独白「あなたは、あなたの人生を幸せに生きなさい」、それが「奇蹟の少女」を始める際の指針となりました。
セリィの幸せな最期と、それぞれのキャラが自分の人生を生きる姿を描きたいと思い、マリー視点の○話と別キャラ視点の裏○話という構成にしています。
これまでの作品でも別キャラ視点は使っていますが、毎回必ずというのは、多分唯一になると思います。
マリーがなかなか書きづらいキャラというか、動かないキャラだったせいもあって、別キャラの方がどんどん成長し、幸せになっていくのが微笑ましくもありもどかしくもありました。
ようやくマリーも幸せになってくれましたので、このお話はここまでです。
明日(5/13)朝、エピローグをアップして、完結となります。
この最終話の裏側(セルリアン視点)を近日中に「転生令嬢は修道院に行きたい(連載版)」にアップしますし、もしかしたら後日談などを追加するかもしれませんが、マリーの物語自体はこれでおしまいです。
1年半、全151部分という長い連載になりましたが、お付き合いいただきありがとうございました。
この作品を読んで、楽しんでいただけたなら、幸せです。