裏54 マリーの婚約(ガーベラス視点)
少し時間を戻して、マリーがガーベラスに、クロードと会わせてくれるよう頼んだところからになります。
マリーに頼まれて、ガードナーを5日後に呼び出すことにした。
「君の予想どおり、マリーが会いたいと言ってきた。
一体何を話すつもりなのかはわからないが。
ジェラード領の方では、マリーとはどうだったのかな」
「特にどうということは。
ただ、お嬢様が学院に入る前に、一度別れを告げています。
その後、どこで何をするといったことは一切話していませんし、連絡も取っていませんでした。
お嬢様の表の護衛であるルージュとは当時から顔なじみだったので、あいつにも教えていません。
その辺には、恨み言の1つや2つはあるんじゃないかと思いますよ。
ああ、それと、あのお嬢様は察しがいいんで、今後は私が付いていると気配を感じるようになるでしょう。
以前、公爵邸で見付かるんじゃないかとヒヤヒヤしたことがあります。
あの時、お嬢様は、私が近くにいるとは思っていなかったから気にしてなかったでしょうが、その辺をぶつけてくるかもしれませんね」
ガードナーはこともなげに言うが、この男の影としての能力の高さは折り紙付きのはずだ。
実際、ゴースンの間者には気付かれずに近付いている。
そもそもガードナーがマリーに付いていると言っても、表立っての護衛ではないのだから、ある程度の距離を空けているはずなのだ。
それを、気付く? 何を当たり前のように言っている?
「君ほどの腕利きを、素人のマリーが見付けられるというのかね?」
「ええ、初めてお嬢様に会った日に、師匠に言われました。
お嬢様は気配に敏感だから、嫌われたらとても護衛はさせられない、護衛になりたきゃ信用されろ、ってね」
「初めて会った日? 君は、初めて会ったその日から、マリーの護衛を志望していたというのかね?」
信じられない。確かに母上からは、マリーを護ることがガードナーの至上の喜びというようなことを聞いてはいたが、初めて会った日から志望していたなどと。
「なぜ、と尋ねても構わないかね」
ガードナーは、こともなげに答えた。
「初めて会った時、お嬢様の腕を見るのに手合わせをしました。
力こそ籠めませんでしたが、剣捌きに一切手加減しなかったのに、お嬢様は全ての攻撃をいなしました。
驚きましたね。腕にはそれなりの自信があったのに、転ばすことさえできなかったんですから。
しかも、反撃までしてきたんです。師匠は攻撃は教えていないってのに。
それがお嬢様の才能の極一部だって聞いて、思ったんですよ。この人を護りたいって。
力尽くでどうこうってのは、そうそうできないでしょうが、搦め手ならどうとでもなる。
人質なんかも有効な手です。人質を取られても気にしないように教えはしましたが、お嬢様は優しすぎるから、ギリギリのところでは人質を見捨てられないでしょう。
お嬢様は、本当の天才だ。この先、どんなすごいことをやってのけるかわからない。
その可能性を、未来を、この手で護りたい。どこまで行くのか見届けたい。そう思ったんですよ。
実際、あのお嬢様の才能は、無茶苦茶ですよ。
いつかの襲撃の時だって、本職を手玉に取ってました。
王子様が余計なことをしなけりゃ、手助けなんかする必要もなかったくらいです」
知らなかった。
マリーは、ある程度自分の身を守ることはできると聞いていたが、間者を手玉に取れるほどだというのか。
「ま、そんなわけなので、お嬢様が何を言うつもりなのかは、私にも想像付きません」
私は、マリーをまだ過小評価しているのだろうか。
織機の改良などという、叔母上のしていないことへの挑戦といい、マリーの才能は私が考えているより遥かに奥が深いのかもしれない。
そして、マリーがガードナーに会う日がやってきた。
マリーは、ガードナーがこれまで自分を護っていたことを確認すると、今後も護るよう誓わせる。
そのやりとりは、まるで騎士の叙任を気取っているかのようだ。
今後も護ってほしいという意味ではそのとおりだし、ガードナーの表の身分は騎士だから、決しておかしくはない。ないが。
何かが違う。
「お義父様。ご覧のとおり、私は運命の人を見付けました。
おばあさまの喪が明けたら、クロードを婿に迎えます」
運命の人だと!?
一体、この前何があったというんだ。
ガードナー自身が驚いているところを見ると彼にも意外だったようだし、本当にどうなっている?
「クロードは子爵でしょう? 馬の骨ではないわ」
たしかに官僚貴族とはいえ子爵だ。官僚子爵家令嬢に過ぎなかったフーケに比べれば立場も強い。
まさか、母上は、こういうこともあり得ると考えていたのか!
公爵になると言っても入り婿だから、実質的にはマリーの立場の方が強いことは明白だ。それなら子爵位で足りると言えなくもない。
まして、マリーには先王陛下から戴いた勅許状がある。文句を言える者などいはしない。
どこにでも一緒に出歩ける上に、隣に立つことが自然な立場の護衛と考えれば、実利も十分だ。
叔母上が亡くなった今、マリーは侯爵邸を出なければならない。
鉄壁の守りを誇る侯爵邸を。
それを考えると、ガードナーほどの男が常に隣にいてくれた方が安全面で安心だ。ガードナーに裏がないのは明らかだし、その点でも都合がいい。
何より、理由はともかくマリーがこれだけ入れ込んでいるのだ、引き離すのは不可能だろう。
私もそうだったからわかる。
家格などというものは、恋の前では無意味だ。
これは、マリーが押し切るのを期待した方がよさそうだ。
それにしても、この強引でなりふり構わないやり方は、誰に似たのやら。
反論を許さない状況の固め方は、母上譲りなのかもしれんな。
マリーが帰った後、ガードナーは呆然とした様子で言ってきた。
「どういうおつもりです? 自分で言うのもなんですが、俺は元々は孤児です。公爵家に入るなんて無茶だ」
野心の欠片もない言葉で好感は持てるが、マリーが求めている以上、もうどうしようもない。
「ガードナー。
君も知ってのとおり、マリーには先王陛下の勅許状がある。君の出自など、何の障害にもなりはしない。
マリーは、本気だよ。
本気で君と結婚したいと思っている。
私にも覚えがあるが、一度こうと決めた相手は諦められないのが我が家の血らしくてね。
すまないが、諦めてマリーを娶ってくれないだろうか」
「くれないだろうかって、こんな密偵風情を大事な令嬢と結婚させようって、本気ですか」
「風情もなにも、マリーが君と結婚したいと言っているんだ、反対しても私が嫌われるだけさ。
マリーは冗談めかして言っていたが、君が拒否した場合、本当に死んでしまうかもしれない。
自殺はともかく、生きる希望を失って病に倒れる、なんてことはあってもおかしくはないよ」
「そんなバカな…」
「それがゼフィラスの血なんだよ。
あの子の母親は、5歳で恋をして、ノアさえいればもう誰もいらないとまで言ってのけた。
マリーはもう、君さえいればいいと思っているだろう。
義父としても、叔父としても、それがあの子の幸せに繋がるとわかってしまうのでね。
なに、潜入捜査で夫役をやっていると思えばいいさ。
それが一生続くだけのことだよ。
できれば、跡継ぎも欲しいがね」
「一生潜入捜査って、何の冗談です」
「君が気が乗らないなら、そういうつもりでやってもらえばいいという話だよ。
だが、マリーも言っていたが、君は義務であの子を護っているわけじゃないからね、十分愛情を育む余地はあると思うんだ。
とりあえずは、様子見ということで頼むよ」
釈然としない顔をしてはいたが、これなら大丈夫だろう。
喪が明けたらすぐに結婚できるよう手配しておかなければ。
陛下にも報告が必要だな。