裏53 マリーの変化(ガーベラス視点)
一旦侯爵邸に戻り隠し通路の鍵を取って戻ってくると、マリーが喪服を着て棺の近くにいた。
狐につままれたよう、というのは、こういう気分のことを言うのではないだろうか。
もちろん、叔母上を喪った悲しみは表情に表れているのだが、先程まで部屋に閉じ籠もっていたとは思えない。
一体何があった?
侍女に聞いても、誰も部屋を訪ねた者はおらず、マリーが1人で着替えて出てきたのだという。
確かにマリーは強い娘だ。
大抵のことならば、自力で解決できるだろう。
だが、ことは叔母上の死だ。
マリーにとって最大の精神的支えである叔母上のことで、こうも短時間に自力で立ち直れるのか?
パスールは玄関で悔やみを言って帰ったというし、アーシアン殿下は来ていない。
ヒートルースやミルティはジェラード領だし、ヒールズも来ていないのだ。
わからん。わからんが、マリーが立ち直ったなら、それでいい。
最悪の事態は回避できたということでいいだろう。
叔母上の遺体を前に、マリーは涙に暮れながら別れを告げた。
不謹慎ではあるが、正直ほっとしている。あの様子なら、マリーが潰れる心配はなさそうだ。
翌日、ガードナーが屋敷にやってきた。
何事かと思ったが、もしかしたら昨日のマリーのことについて何か知っているのかもしれない。
「昨日、お嬢様の部屋への隠し通路を使いました。
不本意ながら、お嬢様に姿を見せ、護衛をしていることもお話しましたので、何か聞かれるかもしれません」
姿を見せた? この男が? あくまで影に徹していたこの男が…。
「それが必要と判断したのだな?」
「はい。そうでないと間に合わない恐れがありましたので」
なるほど。マリーが立ち直っていたのは、ガードナーの仕業だったわけか。
結果が出ている以上、その判断は正しかったと言える。
実際、私自身、隠し通路を使おうと思っていたわけだから、その点も問題ない。ある意味手間が省けたとも言える。
第一、私ですら携帯していない隠し通路の鍵をガードナーに持たせたのは母上だ。使う時期についても最初から任せてある。
とすると、問題は
「で、顔を見せて名乗ったのか。…よかったのか?」
ガードナーが敢えて所在を眩ませて、秘密裡にマリーを護っていたのは知っている。
表向きの護衛であるルージュにも秘密にしていたはずだ。
だからこそ、先日マリーにガードナー子爵を引き合わせた際には、別人を充てたというのに。
「やむを得ません。
あの時は、ああする以外に手はないと思いましたので。
今後も護るとお約束はしましたし、お嬢様の方から護衛を変えろと言われることもないかと思います。
むしろ、今まで隠していたことを怒られそうな雰囲気でした。
会って文句が言いたいと仰せなら、甘んじて受けますよ」
淡々としてはいるが、マリーからクビにされるとは欠片も思っていない、か。
まあ、腕は確かだし、表向きの立場も持っているし、表立って護衛についても問題あるまい。
…そうか、母上はこういうことも考えて、ガードナーに爵位を与えていたのか。
過ぎてみなければわからないほどの深謀遠慮は、相変わらずだな。
そして1週間後、仮喪の明けたマリーが公爵邸を訪ねてきた。
「お義父様、1つお伺いしたいことがあります」
ガードナーのことか。仮喪が明けてすぐとは、明けるのを待っていたのか。
「お義父様、私の護衛に付いている影の中にクロードという者がおりませんか?」
やはりか。
「影の素性など、どうして聞きたがるのかな?」
「おばあさまが亡くなった日に会いました。
私が幼い頃に護身術を教わった相手なのですが、学院に入る際に仕事を終えて別れました。
その後どうしているかわからなかったのですが、ずっと私の護衛に付いていたと、先日知ったのです。
言いたいことも聞きたいこともありますから、会いたいのです」
なるほど。ガードナーの読みは正しかったか。
「以前、ガードナー子爵に引き会わせたな」
「はい。アイーダを護ってくれた騎士ですね。…まさか」
「お前に会わせたガードナー子爵は別人だ。
先日お前が会ったという男がガードナー子爵だよ」
「護衛に子爵位を与えたのですか?」
「先日のように、王城内を調査するのに都合がいいというので、母上が与えたのだ。
それに、5年前のニコル事件の際、ガードナーはゴースンの間者を3人倒していてな、その褒美の意味もある」
「あの時、クロードもいたのですか!?」
「ああ、隠れていた5人の間者のうち、3人までをガードナー1人で倒した。
たしか、お前を襲っていた相手にナイフが投げられたはずだな? それを投げたのがガードナーだ。
あれで間者の1人に自害する隙を与えてしまったが、お前の安全には代えられなかったと報告されている」
「学院内には、ルージュ以外の護衛は入れなかったはずですが?」
「無論、学院には秘密で入れた。
母上は、そうでもしないとお前の身を護れないと考えていたのだよ」
「そうですか。本当にずっと私を護っていてくれたのですね。
それではお義父様、クロードに会わせていただけませんか。
私がその存在を知るところとなった以上、もう隠しておく意味はないのでしょう?」
確かにそうだ。ガードナー自身も言っていたしな。
「わかった。話をしておこう」
昔馴染みの再会か。
この前は、当然、取り込んでいたわけだし、昔話の1つもあるか。
しかし、マリーが男に会いたがる日が来るとはな。