7 学院への出発
マリーです。12歳になりました。
来週、私は学院に入学します。
学院では、寮で1人で生活しなければならないということで、着替えもお風呂も、1人でできるように練習しました。
もうすぐおばあちゃまと離れなければなりません。
寂しくて、考えるだけで涙が出てきます。
お兄様が学院に行かれる時も寂しかったけど、あの時よりもっと寂しい気がします。
別に、もう会えなくなるってわけじゃないのに。
学院に行ったら、お兄様に会えるのに。
お別れと言えば、クロードともお別れです。
最近では、キドー先生から直接教えていただけることは月に一度くらいで、あとはクロードに教わっていました。
ルージュが来て相手してくれる時も、教えてくれるのはクロードでした。
なんでも、私に教えることがクロードにとってもいい修行なのだそうで、これを終えたら一人前として認められるのだとか。
クロードは、私の指南役を無事終えてここを去り、来週からは他の仕事に行くそうです。
行き先は教えてもらえませんでしたが、誰かの護衛とか密偵とかになって働くのでしょう。
私がミルティのように公爵家のお嬢様だったら、クロードに護衛してもらえたのでしょうか。
少し残念ですが、無い物ねだりをしても始まりません。
私は、これまでお世話になったクロードに何かお礼をしたいと思い、少し前から、ハンカチに刺繍をしていました。
淑女の嗜みとして習った刺繍も、かなり上達しましたから、人にあげても恥ずかしくない程度にはなっているでしょう。
お兄様が帰宅なさるたびに差し上げていますが、家族や使用人以外にあげるのは初めてです。
図柄をどうしようか悩みましたが、ジェラード侯爵家の家紋にすることにしました。
家紋の刺繍は、いざという時に身元保証になります。どこかで危険に身を晒しながら働くことになるクロードに、せめて我が家の関係者であるとの身元保証をあげたい。
そう思った私は、おばあちゃまに相談しました。
こんな大事なことは、私が勝手にやっていいことではありませんから。
おばあちゃまは、にっこり笑って、「構わないわ」と言ってくれました。
クロードは、うちの名を悪用するようなことはしないから、大丈夫って。
お許しをもらった私は、クロードへの感謝の気持ちを込めて、一針一針刺しました。
「私が刺繍したものです。
お守りだと思って持っていてください。
クロード、これまでありがとう。
あなたに教わったことは、忘れません」
王都へと発つクロードに、感謝の言葉とハンカチを渡し、私は自分の出立の準備を始めました。
いよいよ出発を明日に控え、私はお父様とお母様にご挨拶します。
「それでは、行って参ります。
ジェラードの娘として恥ずかしくない成績を取って参りますので、朗報をお待ちください」
「マリー、飛び級など気にしないで、平常心で臨みなさい」
「マリー、これはオルガにも言ったことなんだけどね。お祖母様も私も、オルガも、みんな飛び級したから、学院に入ったら、あのジェラード侯爵家の娘という目で見られることになる。
でも、マリーはマリーだからね。
家の名など気にせずに、学院生活を楽しみなさい」
「ありがとうございます。
おばあちゃまの孫として、弟子として、きっと飛び級してみせます」
私が宣言すると、お父様達は諦めたように笑っています。
お兄様も飛び級したんだから、私だって頑張らないと!
あとは、おばあちゃまにご挨拶。
笑ってお別れしなきゃって思ってるのに、会えなくなると思うと、鼻の奥がツンとします。
「おばあちゃま……明日、学院に出発します。
おばあちゃまの弟子として、きっと二段飛び級してみせますから」
おばあちゃまは、にっこり笑って
「私の弟子なんてことは気にしなくていいから、学院生活を楽しんでいらっしゃい。
マリーなら、二段飛び級なんて、簡単にできるわ。
大変なのは、その後。
あなたを自分のものにしようとする人が、沢山現れるでしょう。
困ったことがあったら、王都のお祖母様を頼りなさい。
あなたの力になってくださるから」
お祖母様に?
「おばあちゃま?」
「あなたは、二段飛び級することで、きっと色々な人から目を付けられることになるわ。
侯爵家の娘という立場では、どうにもならないことも多いでしょう。
王都のお祖母様なら、何とかしてくださるわ」
「おばあちゃま、私が二段飛び級できるって前提でお話なさってない?」
「できるわよ、マリーなら。
でもね、簿学の方は、二段飛び級の試験を受けないでほしいの。
もし、簿学で二段飛び級したら、きっとオルガが辛い思いをするから」
「お兄様が…?」
「オルガは、二段飛び級できなかったわ。
植物学は、オルガが取っていない科目だからいいけど、簿学はオルガも取っているから。
さすがに、同じ科目で妹の方がいい成績を取ったら、いたたまれないと思うの。
私のお兄様も、色々と嫌な思いをしたって、後で聞いたのよ。
オルガに、そういう思いはさせたくないでしょう?」
「はい、わかりました。
二段飛び級の試験は、植物学以外受けません」
「ありがとう。マリーは、いい子ね」
私は、おばあちゃまの心遣いを嬉しいと思いました。
大好きなお兄様に、悲しい思いや悔しい思いをさせちゃうのは嫌だし、それが原因で、もしお兄様に嫌われたら…。
「それでは、行ってまいります」
翌朝、私は、みんなに見送られて、王都へと発ちました。
予告どおり、今週は21日午前零時頃に裏7話をアップします。