裏52 考え得る最悪の事態(ガーベラス視点)
叔母上が倒れたとの報を受け、急ぎ侯爵邸を訪ねると、叔母上は意識はないものの、急を要するほどの病状ではないということで、ほっとした。
医師の見立てでは貧血とのことだったが、なにしろ叔母上は高齢だ。しかも、元々体力もない方だから、少し心配だ。
幸い、というべきなのか、マリーがジェラード領に出立した直後に倒れたため、引き返せたそうだ。
マリーが看病すると言っているから、そちらは大丈夫だろう。
一応、ジェラード領の方へも早馬を走らせたらしい。
マリーが行けなくなったという知らせも兼ねてのことだが、ノアだけなら馬を飛ばしてやってくることもできる。
できればそんな事態にはなってほしくないが、こればかりは何とも言えない。
まだ叔母上の意識は戻らないが、マリーがついているし、叔父上も叔母上の寝室に詰めるつもりのようだ。
急を争うものでないのなら、私はここにいない方がよかろう。一旦戻るとしよう。
翌朝になって、叔母上の意識が戻ったとの連絡が入った。
早速駆け付けると、ベッドに横になったままではあるが、マリーと話をしている。
きちんと受け答えしているし、意識はしっかりしているようだ。
これなら大丈夫だろうかと思ったのだが、医師の見立てでは、かなり危ないらしい。
元々叔母上は、季節の変わり目には必ずと言っていいほど体調を崩す方だ。
それも、漠然と“体調が悪い”というだけで、具体的な病名があるわけではない。
強いて言えば、体力がないために動けなくなる──といった感じだ。
母上のように、風邪をこじらせて肺炎、といった危険なものではないし、何より、明らかな原因があるわけではないから、手の打ちようもない。
せいぜい休養を取り、消化のいいものを食べて体力の回復に努めるといった対症療法が関の山だ。
劇的に改善される見込みもない代わりに、爆発的に悪化する危険もない…はずだったのだが。
よりによって、このタイミングか。
およそ考え得る最悪の事態だ。
母上が予測していたところでは、叔母上の死はマリーにかなり深刻な打撃を与える。
既にマリーは研究に対して独自の目的意識を確立しているから、立ち直ることは可能だろうが、自力で立ち直るには相応の時間を要するし、それでは葬儀に間に合わない。
そして、叔母上の葬儀に参列できなかった場合、マリーは生涯消えない傷を負うことになる。
冬場ならともかく、今は真夏だ。遅くとも明後日には葬儀を行う必要がある。
マリーには、それまでに最低限葬儀に参列できる程度には立ち直ってもらわなければならないが、それには助けが必要だ。
母上が列記した助けとなる人物の第一は、マリー自身が選んだ伴侶だが、今はまだ候補さえいない。
第二がヒートルース夫人、第三がミルティだ。
そう、よりにもよって今はヒートルース夫人がいないのだ。
本来なら2人で一緒にジェラード領を訪ねるはずが、予定が合わずヒートルース夫人が先行することになったのだという。
一緒に動いてさえいてくれたなら…。
いないものをどうこう言っていても解決はしない。
ともかく、マリーが信頼している人間が支えるしかない。
ノアが早馬に応じて駆け付けたところで、葬儀に間に合うか疑わしい。
パスールにしても殿下にしても、マリーの心からの信頼が得られているとは言い切れない。
となると、次善は私か。
マリーの部屋をノックしてみるが、返事がない。
声を掛けてみても駄目だった。
仕方なく合い鍵を持ってこさせてはみたが、やはりというか、内側からロックされていた。
この扉は特殊な造りになっていて、内側からロックされると、外からはどうやっても開かない。
大規模な襲撃に備えての機能で、敵が掃討されるまで数日間の籠城に耐えるよう、室内には独立した水道とバス・トイレ、30食分の非常食が完備されている。
一応、室内に救助に入るための緊急侵入口はあるが、その鍵は侯爵邸には置いていない。
仕方ない。一度屋敷に取りに戻るしかないな。