裏51-3 護りたい人(クロード視点)
今回は、ジャッカル様、りー様、なななん様からリクエストを戴きましたクロード視点になります。
ここまでのまとめの意味も込めて、時系列がマリー入学まで戻ったりしますので、ご注意ください。
すれ違った侍女が頭を下げていく。
あっちも貴族のご令嬢だろうに、何の疑いもなく俺に会釈する。どこの馬の骨とも知れない俺に、だ。
騎士の制服は、それほどの力を持っている。
見る者が見れば、それなりに上の階級の騎士だってわかるわけだから、当たり前と言えるのかもしれねえが。
ったく、俺が貴族様だってんだから、世の中何があるかわからねえ。
何の後ろ盾もねえ孤児だった俺が、お嬢様の護身術の指南役になれたのが幸運の一歩目だ。命を賭けても護りたい相手に巡り会えるなんて、二度とないだろう。
前公爵夫人に呼び出されたのが、ついこの前のことみたいだ。
お嬢様が学院に入学する前日、公爵邸に入ったお嬢様を見届けた後、俺は前公爵夫人に引き会わされた。
「クロードと言いましたね。話はキドー殿から聞いています。
マリーの護衛に志願したとか。
理由は何です?」
「お嬢様が天才だからです。
あの天才が何をしでかすのか見ていたい。
お嬢様には、何の心配もなくやりたいことをやってほしい。
そのために、どんなものからも護ってやりたいって思ったんです。
どうせなら、命を賭ける価値のある相手を護りたいでしょう?」
カッコつけても始まらねえから、本音で答えたのが良かったらしい。俺は、前公爵夫人に気に入られ、その後もお嬢様の動向を直接報告に来るように命じられた。
以後、俺は前公爵夫人に雇われた形でお嬢様を護ってきた。
そして、前公爵夫人が亡くなった後は、現公爵が雇い主になった。
ある日、公爵に呼び出されて公爵邸に出向くと、師匠が待っていた。
養成学校とジェラード侯爵領以外で師匠に会うのは、初めてのことだ。
師匠は、俺に言った。
「公爵殿に頼まれて、お前の家名を考えてきた。
お前は今日から、クロード・ガードナーだ。
明日、陛下の御前で子爵に任ぜられるから、覚悟しておけ」
あっけにとられた俺に、公爵が教えてくれた。
ニコルの襲撃の時に、影を3人押さえたことを評価された形になること。
それは表向きで、実際には、俺が王城内で自由に動けるように身分を与えるためなんだってこと。
なるほど、いつかみたいに研究所の中で悪巧みされちゃ、今の俺では対処できない。
だから、王城で堂々と立ち回れるようにしてくれたってことか。
そういうことなら、ありがたく貰っておこう。
お嬢様を護るためには、色々な力がいるだろうからな。
一応、俺にも非番はある。
ある日、数年ぶりにルージュと顔を合わせた。
お互い周囲に目があると落ち着かないから、自然と話す場所は養成学校の中になる。
「久しぶりだな、クロード。
今はどこで何をやってる…とは、聞くだけ野暮だな。どうせ答えられるようなことはしちゃいまい。
影、なんだろう?」
「まあな。公爵令嬢の護衛みたいな表に出られる仕事をしてるお前とは違うさ。
もっとも、忙しくてやりがいもある役目だ。充実はしてるぞ」
「お嬢様がお前のことを気にしていた。
どこで何をしているかってな。
幸せな奴だ」
「幸せか?」
「影でしかないお前が、公爵令嬢に心配してもらえるんだ、大したもんじゃないか」
「そうか。そうかもな」
お嬢様が心配云々はともかく、やりたいことをやらせてもらえてる今の状況は、確かに幸せなのかもしれない。
スケルス公爵子息に第2王子殿下、お嬢様がどちらと結婚するにせよ、俺がお嬢様を護り続けることに変わりはない。
どっちも純粋にお嬢様に惚れてるのは間違いなさそうだから、その点も安心だ。あとはお嬢様次第だな。
天才のくせに妙に抜けたところがあるからな、あのお嬢様は。
特に色恋沙汰に鈍すぎるのは、悪い冗談の域だ。
「そういうお前はどうなんだ?」
「お嬢様は、あまり外を出歩かないからな。楽すぎて困る。
王城に行ったり研究所に行ったりは、専ら秘書の方なんでね。むしろアイーダを護衛した方が有意義なんじゃないかって思うことがあるよ」
「贅沢な悩みだな」
しかし、そうか。秘書の方に護衛、ね。
大事な資料を持って1人で出歩く女ってのは、確かに狙い目かもしれねえな。
次の非番の日にでも見に行ってみるか? せっかく王城の中を歩けるようになったんだしな。
ん? あいつ、今、わざとぶつかったな。まさか…
「おい、大丈夫か!?」
俺は、わざと大きな声で遠くから呼び掛け、怪しくならない程度の速さで駆け付けた。
男が秘書にわざとぶつかって荷物を落とさせたように見えたからだ。
やましいところがなければ、その場で弁明なりなんなりするはずだ。
だが、男は俺が声を掛けた途端、今来た方に逃げていった。
間違いない、秘書の持っていたものが狙いだ。
さすがに、いきなりこれはできすぎじゃないのか。
なんで初日から大当たりなんだよ。
仕方ねえ。説明が面倒だが、公爵に報告だ。
「残念ながら、知らない顔でした。
あいにく、普段王城には入ってませんから。
こんなことなら、王城の人間の顔を覚えておくべきでした」
「いや、むしろ非番にわざわざ調査してくれるなど考えてもみなかったことだ。
お陰で被害を未然に防ぐことができたよ。
ヒールズに付けている影からの報告では、不審な点はなかったとなっている。
曲者はよほど自然な動きだったらしい。いや助かった。
だが、君しか顔を見ていないとなると、どうやって見付け出したものか…」
「秘書殿が王城に行く日に合わせて私も行く…しかないでしょうね。
何度か繰り返していれば、もう一度出てくるかもしれません」
「だが、それでは君がマリーの傍を離れることになる」
そこは、確かに頭の痛いところではあるんだがな。
「秘書殿が王城に行く時、お嬢様は常に屋敷を出ません。
ならば、屋敷の護衛で用が足りるでしょう。
今は、危険の大元を急いで叩く必要があります」
「ヒールズが君にご執心のようだ」
「はあ…」
秘書殿が俺に? 物好きな。
「どうするね」
「どう、と言われましても。
お嬢様を護る一環で関わってるだけですよ。もちろん、心身に傷を負うことのないように全力は尽くしますがね」
「ああ、いや、そういうことではない。
あ~…ヒールズは、今のところマリーに君のことを話してはいないようだが、今後のことを考えると、マリーにはある程度事情を話しておく必要がある。
そうなると、ヒールズを救ったクロードという人物についても話す必要があるだろう」
「ああ、なるほど…。俺がお嬢様に会うのは、避けたいですね」
「ふむ、では、こうしよう。
君に背格好の似た黒髪の男を、クロード・ガードナー子爵としてマリーに引き合わせよう。
本当に、マリーに会わなくていいんだね?」
「俺は、お嬢様を影から護り続けられるなら、それで」
「わかった。母上が君を評価していた理由がわかる気がするよ」
一旦俺の存在を認識されてしまえば、お嬢様のことだ、俺が隠れて見守っていても、俺の気配に気付くようになるだろう。
そして、お嬢様が俺を見付けたら、その仕草から、俺の存在が敵に露見する。それではお嬢様を護れなくなる。
俺は影だ。お嬢様を護り抜ければ、それでいい。
クロードがいい男過ぎる…。
こんな人に護られてみたい…と思ってもらえたら、嬉しいです。