裏51-1 共同研究の現状(パスール視点)
「恐れながら、ここを削ると何が変わるのでしょう?」
職人のこういった質問も、半ば日常の挨拶と化してきた。
もちろん、それに対する答えなど、俺にはない。
だが、次席が必要だと思って設計変更したのだ、意味は間違いなくある。
オーリが使った感触、試しに織った試織布、それらの情報を統合して次席は設計変更する。
僅かな機構の遊びが、使い勝手や織りむらに影響する。
それはわかるが、どこをどうするとどうなるという流れがまるで掴めない。
だが、いじれば確かにオーリは「使いやすくなった」と言ってくるのだから、間違いなく作業は前進している。
一体、彼女の頭の中はどうなっているのだろうな。
植物学のような、中身のわからないもの相手なら、それは端から見て何をやっているかわからないのも当然だ。だが、これは織機。純然たる機械だ。
本来、職人が一番わかるものなんじゃないのか。
職人が思いつかないような発想で、機構を複雑化させて機能が増えるというのは、まあわかる。
だが、発想ならともかく、新しく加えた機構がどう動くのか職人に予測できないというのは、どういうことだ?
組み立てている本人が、その意味を理解できないなどまともじゃないぞ。
発想が余程斬新なのか、革新的なのか、彼女抜きに織機の進展はあり得ない。
本当なら、こんなにも1人の才覚に頼り切った状況というのは好ましくないんだが。
彼女が倒れでもしたら、研究が頓挫する。
無論、外的な要因なら何とかできるだろうが、彼女が病気で倒れでもすれば終わり、というのは、少々危険すぎるのではないだろうか。
とはいえ、どうにかできるようなものでもないのもまた事実だ。
彼女の発想を形にできたなら、今後に亘る発展の母体となれるのだがな。
それこそ、俺がやってきたことなど、誰にでもできることだ。
ヒートルース辺りなら、ある程度の権限を与えてやれば、どうにかできるだろう。
ああ、いや、そうか。
ヒートルースならできる、というのは、裏を返せばヒートルースでないとできない、ということか。
誰でもできるわけではない、か。
アーシアン殿下は、次席の2年間の研究資料を基に、自分の研究を形にしたらしいな。
つまり、次席の考えを理解できる素地があるということだ。正直、妬ましい。
飛び級できるほどの才能というのは、やはり余人には真似のできないことを可能にするのだろう。
だが、俺は俺だ。
ほかにできる者がいようがいまいが、俺が織物部門を打ち立てたんだ。
実績があるというのは、随分と誇らしい気持ちにさせてくれるのだな。
前公爵が言っていた「君が何も持たない身の程知らず」というのは、正鵠を射ていたわけだ。
俺は、俺のなしたことを誇れる男になった。
俺の仕事が、王国を豊かにする礎となるのだと。
次席──ローズマリー嬢とも何度か食事をした。
彼女は、俺を研究仲間として扱うようになり、誘いを断らなくなったんだ。
あくまで研究仲間としてだが、近くにいることができるようになったのは、大きな進展だ。
たとえ殿下に負けても、俺の成果が消えるわけじゃない。
いや、弱気になるな。
俺が彼女の心を射止めればいいんだ。
焦らず、信頼関係を育てるんだ。
大丈夫、まだ勝負はこれからだ。
次回は、アーシアン視点です。




