51 研究の進捗
珍しく屋敷の外に出ている毎日ですが、紅花も織機も、研究は順調です。
去年作った第3世代の紅花で染めた綿を使い、オーリに織ってもらった模様織りは、さすがに手織りの繊細さこそ持ち合わせていませんが、手織りの10分の1の手間で作ることができます。
それも、手織りができない人でも、です。
今のところ、3種類くらいの模様しか織れませんが、糸の色を変えて組みあわせるだけで、数倍の種類の織物ができるでしょう。
この織機の画期的なところは、アミィのような駆け出しでも模様を織ることができることです。
庶民が普段使いできるところまで値を下げられれば、少なくとも生活に彩りを与える役に立つはずです。
もちろん、オーリのような熟練の織り手と比べれば見劣りはします。
けれど、逆に“誰でも織れるけれど、腕の優劣が出る”という性質が、長い目で見たら大切になるのです。
誰でも同じ程度のものが織れては、技術を磨く人がいなくなります。
それは、織物を主な産業とする領地にとっては、ゆくゆくは死活問題となるでしょう。
野放図に生産量ばかり増やすわけにはいきませんが、ある程度浸透するまでに数年は掛かるでしょうし、国外に売りに出して外貨を得る道もありますから、そう困ることもありませんよね。
手織りの職人などは、やはり格が違いますから、貴族などが上客である現状は変わらないでしょうし。
大量生産品が出たとしても、高級品の価値が下がるようなことはないはず。
織機そのものが完成したら、できることを組み合わせて新しい模様を考える人も出るでしょう。
そこから先は、職人の創意と工夫ですね。
私には、新しい模様を生み出す力はありませんし。
織機の機構は、ほぼ完成でしょう。
あとは、製造の手間の軽減や、生産計画の立案、織機の各領地への配付割合の決定などですから、パスールさんにお任せします。
実地で実情を見てきたパスールさんに勝る方はいないでしょう。
染料としての紅花の方を見れば、第3世代では予定どおり色落ちはしにくくなっているようです。
何よりよかったのは、落ちた色が近くの糸に染みるということがなかったことです。
染料である以上、洗えばいずれ色落ちしていきますが、色移りすることは避けねばなりません。
模様が徐々に薄くなっていくのはともかく、周囲に色移りしてぼけていくのはよくありませんから。
一方で、殿下との共同研究も一応進んではいます。
ただ、なんでしょう、パスールさんに比べて、殿下には主体性というか、ご自分で何とかしたいという気持ちが少ないように感じるのです。
比べるようなことでないのはわかっていますが、パスールさんには、私と力を合わせて織機を作っていこうという気概が感じられるのですが、殿下にはそういうものを感じないのです。
1つには、私と殿下が同じ方面の研究者だからということもあるでしょう。
織機に関しては、私は模様を織るための機構と操作方法を、パスールさんは人材の確保と普及のための道筋を、それぞれ分担して考え、動いています。
その点、紅花に関しては、実際の作業は現場にお任せですし、殿下は基本的に私の意見に乗ってくるだけなので、あまり共同という感じがしないんですよね。
勝手気ままにやられるのも困りますが、逆に全く自分の主張を出さないというのも、ねえ。
それでいて、ちゃっかりと成果には噛んでくるつもりなのでしょうから、どうも少し嫌悪感が出てしまいます。
私は、以前、どうしてこんな人を好きになったのでしょう。恋に対する憧れだったのでしょうか。
そんな簡単な話でもないのかもしれませんが、どうにも釈然としません。
そうこうするうちに、長期休暇に入りました。
オーリとアミィは、今年も夏は辛いようなので、長期休暇前に集中的に作業を進めて、長期休暇にはゆっくり休んでもらうことにしました。
職人さん達の方には、集中作業で見付けた問題を解消するための改良作業をお願いすることになります。もちろん、夏の暑さは厳しいですから、加減についてはパスールさんに一任することになります。
殿下との研究の方は、オーリの集中作業の合間を縫って打ち合わせを行い、アイーダにお願いして作業員に伝達済みです。
これで、なんとかミルティの顔を見に行けそうですね。
色々調整してみましたが、ネイクと一緒に行くことはできませんでした。
ネイクには3日ほど先に行ってもらい、後で私が追う形です。
帰ってくるのもネイクの方が先になりますが、向こうで2日くらいは一緒にいられそうです。
おばあちゃまに出発前のご挨拶をしに行くと、リリーナさんがいらしてました。
リリーナさんは、週に一度はおばあちゃまを訪ねてきてくれます。
おばあちゃまの気分転換になるので、とてもありがたいです。
「それでは、行ってまいります」
「ええ、ノアとドロシーによろしくね」
さあ、ミルティの幸せな顔を見に行きましょうか。