裏6 久しぶりの妹(オルガ視点)
今回も兄のオルガ視点です。
僕は、学院に入学すると、お父様が言っていたとおり、どこに行っても不世出の才媛の孫として見られた。
あらかじめお父様に言われてなかったら、ショックを受けただろうと思う。
幸い、と言っていいんだろうけど、僕は5歳から家庭教師を付けてきたお陰で、勉強は周囲の人よりかなり先を行っている。
講義の内容は、何年も前に習ったことばかりだったので、理解できたというよりは復習している気分だった。
そのお陰もあって、経営学、簿学、算術の3科目で飛び級でき、それに伴って周囲の目が好意的なものに変わった。
「さすがは不世出の才媛の孫だ」「息子に続いて、孫も3科目飛び級か」…そういった噂も聞こえてきた。
もちろん、賞賛ばかりじゃなくて、「果たして二段飛び級できるのか」といったものもあったけど。
それから1か月、僕は、二段飛び級を目指して経営学に絞って勉強した。
僕が二段飛び級できるかどうかは、かなり注目されていたから、少し居心地の悪さを感じてたけど、お父様から言われていたとおり、僕が注目されるのは仕方ないことだと割り切るしかない。
そして迎えた試験。僕としては手応えは十分だったけれど、結局二段飛び級はできなかった。
結果が出て、周囲から失望の声が上がったような気がしたけど、もう今更何ができるわけでもない。
「息子に続き、孫も二段飛び級はならなかった」
これが、学院で定着した僕の評価だ。
そして、長期休暇を迎えて領地に帰ってきた僕は、マリーに出迎えられた。
「お兄様、お帰りなさいませ。
3科目の飛び級、おめでとうございます」
正直、二段飛び級できなかったから、僕としてはあまり触れられたくないことなんだけど、マリーは純粋に僕を祝福してくれているんだから、素直に受け取らないと。
でも、つい口を出たのは、
「残念ながら、二段飛び級はできなかったよ」
という情けない言葉だった。
「おばあちゃまは、特別ですから」
マリーの何気ない一言が、胸に刺さった。
マリーと話した後、お父様と執務室で話した。
「3科目の飛び級、おめでとう。
君なら、きっとやるだろうと思っていたよ」
「二段飛び級は駄目でした。
自分では、かなり頑張ったつもりなんですが」
「私も相当頑張ったけど、できなかったよ。
二段飛び級はね、やはり別格なんだよ。
お祖母様は特別なんだと思うしかないね。
大丈夫、できなかったのは、君だけじゃない。
むしろ、お祖母様以外の誰もできていないんだから」
「マリーは、どうですか?」
「マリーには、もう会ったんじゃないのかい?
見てのとおり、とても元気だよ」
「そうではなく、勉強の話です」
「…相変わらず、私にはわからない。
家庭教師の類は増やしていないから、お祖母様から習っていることが全てだよ。
恐らく植物学は飛び級するだろうけど、それ以外は予測がつかない。
まして、二段飛び級ができるものなのかどうかなんて、想像もつかないよ」
「飛び級は、やはりできそうなんですね」
「お祖母様がまだ手放さないということは、後継者と見なしているということだからね。
最低でも植物学は飛び級するだろう。
それ以上のことは、まるでわからないが」
「お父様が仰っていたとおり、僕は入学した時から注目されていました。
マリーも、きっとそうなるんですよね?
強引な手段で手に入れようとする者もいるとか。
婚約者がいれば、かなり危険が減ると思うのですが、なぜそうしないのですか?」
「マリーが嫌がっているんだ。
どうも、昔、お母様が何か言ったようでね。
運命の人にきっと巡り会えるから、婚約者は決めないでほしい、と言っているんだ。
政略的に適当な相手もいないから、無理に決める必要もないし。
ガーベラス様に息子でもいれば、都合が良かったんだけどね」
「そうですね。ミルティが男の子だったら、マリーに懐いているし、ちょうどいいんですが」
「あそこも嫡男がいないからね。
婿に入りたい貴族が、ごまんといるだろうから、大変だよ」
「研究所の所長職をどうするかということにも繋がりますしね」
「おや、しばらく会わないうちに、随分とものが見えるようになったね。
そう、所長職争いをさせないためには、素直に世襲できる嫡男がいてくれた方がいいんだけどね。
ミルティ嬢も、マリーと同様、男が寄ってくる立場だね。
それでも、彼女は公爵家の跡取り娘だから、選ぶ側になる分、楽だと思うよ。
嫁ぐことになるマリーの立場は、どうしても弱いからね」
「護身術の方は、その後、どうですか」
「順調らしいよ。
避けるだけなら、もうかなりの腕らしい」
「そうですか。
では、後で手合わせしてみます」
執務室を辞した後、僕はマリーと手合わせすることにした。
マリーの傍には、いつもの教師ではなく、僕と同じくらいの年の少年がいた。
彼がマリーの指導役だそうだ。
こんな子供が教えて大丈夫なんだろうか。
ともあれ、4か月ぶりにマリーと手合わせしてみた。
僕も学院で学んで随分強くなったから、かなり手加減してあげないといけないだろうけど、マリーはどれくらい腕を上げたかな?
そんな馬鹿な!? 手加減する必要がない!? 僕は、かなり腕を上げたのに!?
最初、だいぶ手加減していたら、全部避けられてしまったので、手加減なしのスピードにしてみた。
それでも、全部避けられる。
まだ、マリーは剣を使っていない。
僕の剣速くらいじゃ、剣を使うまでもないってことか!?
少しプライドを傷つけられた僕は、スピードだけでなく、剣技も織り交ぜることにした。
斬り落としから繋げた斬り上げ、右からと見せかけて左からの斬り返し、さすがにマリーも避けきれなくなって、短剣で受けるようになってきた。
でも、なんだろう。
マリーの顔には、はっきりと余裕がある。
なんだか嬉しそうに微笑んでいる。
僕の剣技は、学院でトップクラスとはいかないけど、それなりの成績なのに。
しばらくやっていて、気が付いた。
マリーの受けは、トップクラスの人達の受け流しに似ている。
さすがに、彼らのように、受け流して相手の体を崩し、そのまま反撃、という程の技術はないようだけど、確かにお父様の言うとおり、避けるだけならかなりの腕だ。
以前のように、受けきれずに吹っ飛ぶということも減っている。
これを指導しているのがこの少年だというなら、彼も大した腕なんだろうな。
僕とマリーの手合わせは、30分ほどで終わった。
僕が剣を片付けて屋敷に戻った後も、マリーの訓練は続いていた。
部屋の窓から少し見たけど、投げナイフを弾く訓練みたいだ。
弾く先は安定していないけど、全部弾いてるだけでも大したものだと思う。
僕もあれができるようになるまで、苦労したなあ。
あ、まっすぐ跳ね返した。
あんな、剣に負担を掛けるような弾き方しちゃいけないんだけどなあ。
さすがに、まだ弾くだけで精一杯ってことかな。
でも、女の子の護身術としては、十分な技術だよね。
僕は、1週間ほど屋敷に滞在した後、王都に戻った。
さすがに、今回はマリーは泣かなかったけれど、新しく刺繍したハンカチをくれた。
再会の嬉しさのあまり、つい手加減を忘れてしまったマリーです。
既に、オルガよりも剣の腕は、だいぶ上だったり。
最後のナイフ乱舞は、時々殺気の籠もったのが混じっていたりして、オルガでは全部弾き返すのは無理です。
妹フィルターのかかったオルガは、避けるのが巧くなったんだとしか思いませんでしたが。