裏49 共同研究(ガーベラス視点)
このエピソードは、「転生令嬢は修道院に行きたい(連載版)」の「後日談2 天使に出会った日」及び「閑話 女神の前髪を掴み損ねた日」と繋がっています。
そちらを先にお読みになった方がよりわかりやすいと思います。
「本当か!?」
亡き先王陛下が愛用した執務室で、私はルーシュパスト陛下に報告している。
陛下とは、姉上の件で気まずい時期もあったが、今はごく普通に接することができている。
陛下は私より4歳上で、幼い頃に何度か遊んでいただいたし、その後も何くれとなく面倒を見ていただいた。
様々な思惑から、私と陛下とは気の置けない間柄であることを望まれていたからだ。
そのせいばかりではないが、姉上の件については、私自身は、陛下に同情している。
陛下──当時は王太子の第1王子──は、7歳の時、婚約者候補として姉上と目通りすることになっていた。
本来なら、姉上が王家に嫁ぐことはない。
血が近すぎるからだ。
先王陛下と亡き父とは兄弟であり、陛下と姉上は従兄妹同士だ。しかも、陛下の母君も、2代前に王家から降嫁した姫の娘であり、王家の血が濃い。
元々公爵家には、3代と空けずに王家から降嫁したり婿入りしたりするため、公爵家の血は、王家にとても近い濃さを持っているのだ。
これは、王家のスペアとなり得るようにするための方策だ。
だが、互いに行き来を続ければ、血が濃くなりすぎる。
そのため、不文律として、公爵家同士では婚姻を結ばないこととされている。
公爵家では、婚姻相手を王家から迎えて血を濃くしたり、王家の血を引かない侯爵家などから迎えて血を薄めたりを繰り返している。
私がフーケと結婚できた理由の1つに、私の血が王家に近いから、ということがあったのは否定できない。
ドロシーも、私と同様、サイサリスとカトレアの間の子だから、非常に血が濃い。
そんな姉上が陛下と結婚するのは、少々血が濃くなりすぎるのだが、それでも2人の結婚は周囲から望まれていた。
特に、王家側から。
なぜなら、姉上はゼフィラス公爵家の姫だから。
研究所という、王国の生命線となる部署は、できるだけ王家直轄にしたいが、残念ながらその中心となるセルローズを御せるのは、カトレアだけだった。
そんなわけで、父上の後継者となるであろう私との縁をより強くするために、姉上と陛下とを娶せることには大きな意義があった。
折しも姉上が「王子様に会いたい」と言ったこともあり、周囲は2人を婚約させるつもりで動いていたらしい。
ただ…陛下は、姉上の愛らしさに照れて、からかってしまったのだ。
姉上は、物語に登場する“王子”というものに憧れを抱いていたから、実際に目にした“王子という子供”に幻滅し、しかもちょうどその頃、ノアという“運命の相手”に出会ってしまった。
これが陛下との婚約後の出会いであったなら、さすがに周囲がノアと距離を取らせたのだろうが、姉上とノアとの出会いは、姉上が“王子”に幻滅して婚約話が頓挫したところにうまくはまってしまった。
「ノアと結婚したい!」と強く主張する姉上に、母上も何か感じるところがあったのだろう。仮とはいえ、ノアと姉上を婚約させてしまったのだ。
無論、ノアと姉上が結婚すれば叔母上との縁が強くなるのだから、我が家にとっても王国にとっても有意義なことだった。実際、2人の結婚で、両家は強く結びついたのだから。
だが、そういった利欲的なものは枝葉末節で、姉上の結婚の本質は、初恋の成就以外の何者でもなかったのではないかと私は思っている。
姉上がノアに会えるのは、基本的に年始に叔母上が挨拶に来る時だけ。
愛しいノアに会いたくて堪らない姉上は、「ノアに会いたい」とよくこぼしていた。ほかのことでは全くと言っていいほど我が儘を言わない姉上の、唯一の我が儘がノアとのことだ。特に、ノアが気後れして姉上にあまり積極的になれないことから、姉上の不満はいや増すばかり。私も随分愚痴を聞かされたものだ。
姉上が学院を卒業してノアと正式に婚約してからというもの、毎日いかに幸せそうだったかということを考えれば、その初恋が姉上の全てだったと言っても言い過ぎではないだろう。
ともあれ、後に陛下がどれほど謝罪しようとも、ついぞ姉上の怒りが収まることはなかった。
姉上にとっては、ノアのことがなくても、陛下との未来はなかったのだろう。
そして、今度はマリーの番だ。
今、マリーの結婚相手と目されているのは、アーシアン殿下とパスール・スケルスの2人。
いずれも祖父が父上の兄君で、マリーにとってはハトコに当たる。
血の面から言えば、パスールの方が薄い分都合がいいが、陛下から見れば、アーシアン殿下の婿入り先として、ゼフィラスを推したいところだろう。
ともかく、殿下も研究の完成が見込まれる以上は、それなりの扱いが必要だな。
「殿下は、ローズマリーの研究資料を基に、独自の紅花を作り上げました。
まだ、形質の安定が確認されておりませんので来年も研究の続行が必要ですが、ローズマリーが作り上げた紅花とは少々異なるようです」
「ローズマリー嬢とアーシアンの作ったものは別物ということか」
「そのようです。詳しいことは私にもよくわかりませんが、来年の栽培で確認できるものと思います」
「ふむ。では、アーシアンとローズマリー嬢に、その違いの確認と、両者の良いところを集めた、更なる新種が作れないかどうか、確認させられないか?」
「つまり、共同研究ですか」
「そういうことになるかな。
まあ、親馬鹿と笑ってもらって構わんよ。
だが、まるきり無駄ということもあるまい」
「わかりました。では、そのように」
さて、陛下のお気持ちはわからんでもないが、逆効果にならなければいいがな。
そんなわけで、マリーとアーシアンの共同研究は、ルーシュパストの肝煎りでした。
ルーシュパストの親心です。