裏48-1 兄上の立太子(アーシアン視点)
マリー嬢の研究資料は、とんでもなかった。
まず、発想が違う。どうしてこんなに幅広くサンプルを取ってるんだろう? これじゃ、まぐれ当たり狙いみたいだ。
でも、彼女はこれで確かに結果を出している。まぐれ狙いが方法論ってことはないだろうから、きっと何か読みがあるはずなんだ。
その読みに至る何かが、彼女の成果を支えてるんだろう。
どんなに考えても、理由はわからない。
でも、わからないなりに研究成果を取り入れることはできる。
僕の4年間の成果が無駄に思えるほどの資料。これを基にすれば、僕でも完成させられるかもしれない。
情けないけど、僕はマリー嬢の研究資料から、次に試すべき組み合わせを予想して栽培することにした。
結果を出さないと、マリー嬢の近くには行けない。
だったら、プライドなんて意味がない。僕に必要なのは、結果を出すことなんだから。
そうやって栽培を初めてしばらく経った頃、陛下が崩御した。
僕にとっては父上の父だし、何度となく会ってきたけど、最近は少し遠く感じていた祖父。
もちろん悲しくないわけじゃないけど、むしろ僕にとって大きいのは、周囲の僕を見る目が変わったことと、マリー嬢のことだった。
父上は、国王になった。つまり、兄上は王太子で、僕はその弟だ。
本来なら、僕はどこかの貴族家に婿養子に入って臣籍降下するだけなんだけど、兄上には息子が1人しかいないから、僕の王位継承権は3位になってる。
父上が1位の時の4位と、兄上が1位の3位とでは、かなり重みが違う。
父上の身に何かあれば、すぐ兄上が国王だ。
その時、王太子になるのは兄上の息子のセルリアンで、僕の継承権は2位になる。
もっとまずいのは、兄上の方に先に何かあった場合だ。
一応、王太子になるのはセルリアンだろうけど、まだ幼いセルリアンには、当然のことながら子供は産まれないから、僕はスペアとして重要になる。
つまり、僕は当分王子のままでいなきゃならないってことだ。
一度臣籍降下したら、もう王子には戻れないから。
父上の時も、第2王子である僕が産まれるまで、叔父上は臣籍降下しなかった。
王子のままで結婚してもいいだろうし、子供を作ってもいいだろうけど、公爵家の跡取り娘と結婚するのは難しくなる。
いや、難しいというより、ほとんど無理だろう。
僕が王子のままでマリー嬢と結婚するには、ゼフィラス公爵家を断絶させる必要がある。
でもそうすると、その後、僕が臣籍降下した時に新たに公爵家を興すことができたとしても、マリー嬢が研究所所長になるのが難しくなる。
王子が研究所にいるのは構わないだろうけど、王子妃が所長というわけにはいかないだろうし。
父上だって、兄上だって、僕の恋より、国策としての研究所の方を優先するはずだ。
つまり、このままじゃ、僕がマリー嬢と結婚するのはほぼ無理ってことだ。
何とかするには、例えば僕が所長になれるくらいの成果を挙げるしかないんじゃないだろうか。
あとは、マリー嬢がぜひとも僕と結婚したいと言うとか。
どっちもあまり現実的じゃない。
とにかく、今、できることをやるしかない。
ミルティがいつも言ってた。
希望を掴むには、どんなに小さな可能性でも逃がしちゃいけないって。
望みが薄いのなら、少しでも濃くなるよう努力するしかないって。
だから、僕は、まず、紅花を完成させなきゃいけない。
僕がマリー嬢と結婚するための第一歩だ。
ようやく、アーシアンが全力で前に進む決意をしました。
まあ、遅すぎると思われる方もいらっしゃるでしょうが、仕方ないんです、甘ったれだったんですから。
やっとでも、遅まきながらでも、前を向いただけマシです。
というわけで、今日も研究所は通常運転です。