裏46 妹夫婦の訪問(ナシール視点)
夏の予告どおり、年末にアインと共に実家を訪れたネイク。
アインがネイクの家族に会うのは、10年ぶりです。
…気が重い。
年末には2人で来るからと夏にネイから言われてたんだから、そりゃ来るだろうと思ってはいたが、本当に来るんだな。
この前、ネイから手紙で、帰ってくる日取りについて連絡があった。
ネイもアイン坊ちゃんも仕事が休みになってからだから、かなり遅い時期になるのはわかってたし、まあいいんだが。
何かの都合で取りやめになったりしないもんかな。
いやまあ、どうせいつかは来るんだし、先送りしても意味ないのはわかってるんだが。
…胃が痛くなりそうだ。
わかってる。どうせ避けられない話だ。
日帰りだっていうし、ちょっと我慢すりゃいい。
妹が貴族に嫁いだってことは、もうこの界隈じゃ知らない者はいないくらい有名だ。
夏にあんだけ立派な馬車で乗り付けたんだから、そこら中で噂になってる。
まあ、王立学院を卒業した才媛ってのは有名だから、学院で貴族に見初められて玉の輿に乗ったんだと思ってるのが多いけどな。
そりゃあ、普通は思わないよな。貴族の次男と結婚して、その途端に子爵夫人になるなんて。
ネイは詳しい話をしないから、その辺の仕組みがどうもわからない。
それにしても、18にもなって「坊ちゃん」でもなかろうが、義弟が子爵様だなんて、一体どう呼べばいいんだ!?
遂に、ネイ達の乗った馬車がやってきた。
親父もお袋も、ジョアンナも出迎えのために外に出ている。
止まった馬車からは、まず夏に来た侍女が降りて、侍女に手を引かれてネイが、その後からアイン坊ちゃんが降りてきた。
10年ぶりくらいで見るアイン坊ちゃんは、背筋を伸ばしていて、やんちゃ坊主といった感じだったあの頃とは別人のように貴族然としていた。
「ようこそいらっしゃいました。
ネイクミットがお世話になっております」
代表して親父が挨拶すると、坊ちゃんは
「わざわざの出迎え痛み入る。
随分と久しぶりだが、元気そうで何よりだ、ムース・ティーバ。
ネイクのことなら、心配はいらない。
これ以上の妻はないというくらい助かっている」
と返した。
どこまで本音かはわからないが、坊ちゃんの隣に立っているネイには気負いも何もないように見える。
当たり前のように、坊ちゃんに寄り添っていて、夫婦仲の良さを感じさせる。
本当に、望まれて嫁いだんだとわかっただけでも、今日会った甲斐があった。
御者と侍女は馬車で待つというので、ネイ達2人だけを応接に通した。
さすがに、今回はネイもダイニングには入らない。そのくらいの分別はちゃんと付いてるらしい。
応接に腰掛けた坊ちゃんは、まず、親父に挨拶した。
「他の目がないところだから言えるが、ムース殿とナシール殿には感謝している。
あなた方が学院を受験させてくれたお陰で、俺はこうしてネイクミットと結婚できた。
この若造が子爵位など賜ることができたのも、ネイクの力あってこそだ。
本当に感謝している。ありがとう」
信じられないことに、坊ちゃんが頭を下げた。
ソファに座ったままとは言え、子爵が平民に頭を下げるなんて…。
俺達がオロオロしていると、頭を上げた坊ちゃんは、
「正直に言えば、俺自身、あまりのことに驚いた。
いずれ爵位は得る気構えでいたが、さすがに少なくとも数年は掛かるものと思っていたんだ。
こんなにも早く爵位を賜ったのは、ネイクの力だ。
実のところ、ネイクは、学院に入学した翌年には、もうゼフィラス公爵家に注目されていたらしい。
奇蹟の再来の説明を、噛み砕いて解説することのできる才媛としてな。
俺が子爵になれたのは、学院で貴族に教えることになるネイクに、子爵夫人という肩書きを与えるためでしかない。
貴族子息には、気位が高いのが多いのでな」
「あの…ネイは、それほどまでに優秀なのですか? ネイが王立学院を受ける前に勉強を見てやったのは私ですが、正直、私自身は自慢できるような成績は取れておりません。
確かにネイは飲み込みが良かったので、私よりいい成績を取るだろうと思ってはいましたが、まさか飛び級するなんて、想像も付かなかったのですが…」
恐る恐る口を挟むと、坊ちゃんは笑った。
「無理もない。
恐らく、奇蹟の再来と出会わなければ、ネイクの才能は開花しなかったはずだ。
今では公爵家跡取りとなってしまった彼女と対等な友人となれたことは、幸運も多分にあっただろうが、ネイクの人間性によるところが大きい。
侯爵家令嬢と知り合ったにもかかわらず、媚びず、へつらわず、1人の人間として接したネイクだからこそ信頼を得られたのだ。
打算も何もなく、真っ直ぐに接するというのは、狙ってできることではないのでね。
ああ、商売の上では、打算は重要だろうから、適材適所ということだが」
「あなた、それでは私が商売には向いていないと言っているように聞こえます」
ネイ、今「あなた」って言ったよな。ごく自然に。
結婚して半年も経つと、そういうものなのか?
「商売のために有用な能力に長けていることと、商売に向いているということは違うぞ、ネイク。
俺のように折衝能力しかなくても、うまくすれば研究所に潜り込めることもある。
お前の力は、物事の本質を掴み取る勘の良さと、純粋で真っ直ぐな気性だ。
それは、表裏一体で、それ故にお前は駆け引きや化かし合いには向かない。
商売に向いているとは言えないな」
なるほど。
坊ちゃんは、ネイの長所短所を把握しているんだな。
それはつまり、きちんとネイに向き合っているってことだ。
2人の間の空気も、とても気安いもので、貴族に嫁いだという気負いも、身分違いに悩む後ろめたさもない。
ネイにとっては、ただ、ずっと好きだった相手と結婚したというだけなんだ。
なんだかホッとした。
ネイは変わってない。
そして、今、幸せなんだ。
「若輩の新興貴族ゆえに、出入りの商人というのもまだ固まっていなくてな。
本当なら、ここを御用商人にできればよかったんだが、王都とテヅルでは便も悪いので、せめてここと繋がりのあるところということで、ドリストを使っている。
と言っても、父のところにも出入りしている者が、うちにもそのまま出入りしているという感じだな。
まあ、今の我が家では、いかほどの力もないが、困ったことがあれば頼ってほしい。
妻の実家だ、できるだけのことはしよう。
ああ、そうだ。ご子息がある程度大きくなったら、ネイクが勉強を見てやるという話になっているそうだな。
距離を考えると、そう頻繁にはできないだろうが、遠慮なく声を掛けてほしい」
2時間くらいそんな話をした後、2人はまた馬車に乗って帰って行った。
まあ、気さくといえば、そうなのか。
幼い頃も、平民のガキに混じって遊んでいて違和感がなかったが、仕草も態度も貴族然としているのに、偉ぶった感じがしない。
俺達がネイの家族だからか?
とにかく、ネイが幸せそうでよかった。
アインとネイクがごく自然に夫婦していることを、驚きと納得をもって受け入れたナシールでした。
そして、ナイルスはちゃんと極上の家庭教師をゲットできたのでした。