裏45-3 ことの顛末(ガーベラス視点)
今回の騒動の裏側…というか、ネタ晴らしです。
ヒールズ襲撃事件もようやく終息し、陛下に報告にやってきた。
いつもの執務室だが、最近は陛下の傍にはルーシュパスト殿下が控えておられることが多い。
引継をゆっくりと始めているらしい。殿下も堅苦しいのはお好きではないから、やはりこういった非公式な面会を好むのだろうか。
「此度の件、ヨーカイリ伯爵家が黒幕ですが、裏でテザルトが糸を引いていたようです」
「ほう。テザルトが織物に興味があったとは意外だな。
奴ら、口に入らぬものには用がないのではなかったか」
「どちらかというと、王国内に綻びを作るのが主題だったようです。
作物と違い、構造図さえあれば同じものを誰でも作れる織機なら、盗んでおいて独自に開発したと言い張ることも可能ですから。
研究所の助けなしにヨーカイリ伯爵領で独自開発したとなれば、各領地での独自開発も始まりましょう。
うまくすれば研究所の力を削げますし、そうでなければ開発に資金を投じて失敗した領地貴族の力が落ち、ひいては国力も落ちましょう。
それが目的だったのではないかと思われます」
「ふむ、で、どうするのだ?
表立って事件になっていない以上、処罰するわけにもいくまい。
さりとて無罪放免というのも面白くないが」
「せいぜいヨーカイリ伯爵領への構造図の配付を遅らせるくらいでしょう。
まあ、それでも彼の地にとっては、それなりに痛いとは思いますが」
「まあ、妥当か。
しかし、運が良かったと言っていいのか?」
「いえ、やはり母の蒔いた種のお陰と言えるでしょう。
いただいていた子爵位が役に立ちました」
母上が以前陛下との賭けに勝ったことでいただいた子爵位は2つ。
1つは、予定どおりこの春、アイン・ヒートルースに与えたが、もう1つは、昨年の春、マリーに付けている影に与えた。
本来表に出ることのない影だが、爵位を与えることで王城内を大手を振って歩けるという母上の計画に乗ったものだ。
いかにベルモット侯爵の秘蔵っ子とはいえ、20歳そこそこの影に爵位を与えることについて、陛下はいい顔はなさらなかったが、母上の計画に必要ならばと了承してくださった。
影…クロードは、元々孤児だったから、姓はベルモット侯爵につけてもらっている。
今回の件は、周囲に不穏な空気を感じていたクロードが、非番の日にヒールズを監視していたところ、ヨーカイリの間者に遭遇したことで発覚した。
偶然という面も多分にあるだろうが、少なくとも不穏な空気などという漠然としたものを感じ取ったクロードが、マリーの護衛を外れる休養日を潰してまで調べてくれたからこその殊勲だ。文句のあろうはずがない。
母上の遺した資料には、マリーの護身術の師であり、マリーを護ることを至上の喜びとしている男だから、決して側から離すなとあった。
あの母上から、手放しの信頼を受けているところを見ると、余程なのだろう。
なにしろ、母上はクロードから直接報告を受けてさえいたのだ。
直接面識を持った上で、それほどの信頼を置いていたらしい。
実際、5年前の事件でも、たった1人で3人を捕らえたほどの腕利きだとか。
そういったこともあって、クロードが現場の判断で必要な手を打てるよう、爵位を与えたらしい。
ガードナー子爵に、名目上、騎士団の隠密部署所属という籍を与えたのも、騎士の権限と子爵という肩書きで多少の無茶を通せるようにと考えてのようだ。
「今回の件でクロード・ガードナーが表に出てしまったが、よかったのか?」
陛下の懸念は、切り札を早く切りすぎたのではないかということだ。
確かに早過ぎたが、それが最大限有効に生かされたのだから、文句は言えない。
「こういう時に表立って動くための身分ですから。
一応、ローズマリーとは直接顔を合わせないよう気を遣いましたが、それだけです」
「ああ、顔見知りだったか」
「はい。ローズマリーの護身術の師に当たるそうです。
私の屋敷で、別人と顔合わせさせておきました。
貴族籍を持つ以上、名を伏せることはできませんので」
そう、ヒールズが執心している以上、そしてヒートルースが顔を合わせている以上、クロード・ガードナーの名は、いずれ必ずマリーの耳に入る。
知り合いと同じ名を持つ隠密行動のできる騎士ということで興味を持たれるより、予め別人を会わせておいて興味を失わせた方が安全だ。
こんな対処法まで立案できる母上の頭の中は、本当にどうなっていたのやら。
ともあれ、危機はひとまず去った。
テザルトも、しばらくはこの程度の揺さぶりを掛けるのが精一杯だろう。
織機の完成と、紅花の改良研究の完成、どちらが先になるかだな。
「来春には、アーシアンが研究所入りする。
どうやら今年も研究は芳しくなかったようだが、あれでも一応飛び級した天才だ。パスールと、ローズマリー嬢を取り合うことになるだろう。
おそらくその頃には、カーマインが王太子になっているだろうが、ローズマリー嬢に“王太子の弟”などという肩書きは通じないだろうから、どうなるかな」
「陛下、縁起でもないことを」
「何か不思議があるのか? サイサリスもラビリスも既に亡い。
弟が死んでるんだ、俺がいつ死んだって、驚くようなことか。
実際、このところ体調が良くない。
無事に春を迎えられるかどうかもわからん。
だからこそだ。
俺が死んでも変わらない道筋がいるんだ。
お前とルーシュパストでな。
わかってるだろうな」
「わかってますよ、信用ありませんね」
控えていた王太子殿下が返事をした。
普段は同席はするものの、口を出したりしないで話を聞いているのだが。
「不世出の才媛と奇蹟の再来のやりたいように。ゼフィラスの入り婿については、よその息の掛かった者でない限り、手出しも口出しも無用、でしょう。耳にたこができそうですよ。
大丈夫です。うっかりこぼした一言で女神の前髪を掴み損ねるような失敗は、二度としません。
カーマインにも厳命しておきます。
ガーベラス、そういうわけだから、お前からの情報が俺の生命線だ。
面倒なことになりそうなら、すぐに言えよ。
俺は、先回りして防ぐとかの器用な真似は苦手なんだからな」
「わかっております。
こちらとしても、王国のためと理解しておりますから」
そう、全ては王国のため。
我が公爵家は、私利私欲なく王国のためになる研究所を運営することを至上命題としている。
父上は好きな研究を続けるために、王国のための研究で成果を挙げていくしかなかった。
母上は、そんな父上を支えるために、叔母上の研究を後押しした。
いずれも、世俗的な野心とは無縁だっただけで、私心に満ちている。
叔母上とてジェラードの利益となるよう研究していたのだ。叔父上の傍にいる、というただそれだけの、己が恋心のために。
だが、だからこそ、うまく回っている。
他人には理解しようのない動機だからこそ、純粋に国を思っての成果として受け入れられる。
私とてフーケのことがあったからこそ、研究所を守る気になったのだから。
自分の道を行くには、他を黙らせる成果が必要だ。
今のマリーは、民のための研究という、正しく純粋な動機で動いている。
母上が懸念していた叔母上亡き後のマリーを思えば、それが盤石なものであってほしい。
ヒートルース夫人との友情が、叔母上亡き後のマリーを支えてくれればいいのだが。
未だにマリーには想い人がいない。
どうやら本人は、研究所を支えるパートナーとなる相手であれば誰でもいいとまで思い始めているようだ。
パスールにせよアーシアン殿下にせよ、マリーにとっては研究仲間の域を出ない…友人ですらないのだ。
マリーも恋を知ったら、変わるのだろうか。
姉上のように、それ以外いらないという程に一途に。
マリーが研究を放り出すほどの相手に巡り会う日が…。
実はラビリス(パスールの祖父)は死んでます。
そして、ガードナー子爵は、あのクロードでした。
裏28-2話「それぞれの行く末(カトレア視点)」で、カトレアは「子爵位を1つ2ついただきたい」と言っています。ぼかしていますが、クロードに爵位を与える伏線でした。
裏32話「新たな展望(ガーベラス視点)」で出てくる、カトレアの遺した計画の1つでもあります。
今後も、クロードは陰に日向にマリーを守っていきます。パスールやアインにも顔を繋ぎましたしね。
もしクロードがマリーを守るために姿を見せても、彼らは「またその手の任務か」と納得することでしょう。