6 お兄様の休暇
夏になり、お兄様がうちに戻られました。
今日は、お兄様をお迎えするために、温室の方はお休みです。
たった4か月お会いしなかっただけなのに、随分逞しくなられた気がします。
「お兄様、お帰りなさいませ。
3科目の飛び級、おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。ただいま。
残念ながら、二段飛び級はできなかったよ」
「いいえ、3科目も飛び級など、すごいことではありませんか。
やっぱりお兄様はすごいです」
「ありがとう、マリー。
でも、やっぱり二段飛び級はできなかったよ。
お祖母様は、すごいんだなあ」
「おばあちゃまは、特別ですもの。
伊達に『不世出』と言われているわけじゃありませんわ」
「『不世出の才媛』かあ…。
学院で、色々話は聞いてきたけど、信じられないくらいすごかったようだよ」
「お話、聞かせてくださいますか?」
「そうだね。後で話してあげるよ」
お兄様は、お父様とお母様に帰還のご報告をなさりに屋敷に向かわれます。
私も、その後で、お兄様のお話を伺うために、部屋に戻ることにしました。
夕食の後で、お兄様からおばあちゃまのお話を伺いました。
「お父様に言われてはいたけど、お祖母様の名声は凄まじいものがあったよ。
とにかく、学院始まって以来、二段飛び級したのはお祖母様だけだからね。
『不世出の才媛』という称号が一人歩きしていて、誰も実態を知らないんだ。
嘘じゃないけど間違っている噂なんかも結構あって、お祖母様が王都のお祖母様の取り巻きだったとか、いつもお祖父様と腕を組んで歩いていたとかっていうのが、誰でも知ってる話になってるんだ」
「おじいさまと腕を組んで歩いていたのは、本当ですわ。
おばあちゃまが仰ってました」
「え!? 本当なのか、あれ?」
「おばあちゃまは、学院では、お祖母様かおじいさまのどちらかと、常に一緒にいらしたそうです。
周りから随分と妬まれていたので、1人になることは避けていたとか。
おじいさまとご一緒の時は、大抵腕を組んで歩いたそうですわ。
そうするものだと思っていたと仰ってました」
「そうするものって…。
学院では、仲睦まじい婚約者として有名だったらしいよ。
よく寮の前で、おやすみのキスをしてたって話も聞いた」
「それも、おばあちゃまが仰ってました。
寮の入口までおじいさまが送ってくださった後、おやすみのキスをなさるので、返していらしたそうです。
当時は、ごく普通のことだと思っていらしたそうです。
普通じゃないと知ったのは、ご結婚後のことだそうです」
「学院では、お祖母様が卒業と同時に結婚して領地に引っ込んでしまったことを惜しむ声が多かったらしい。
みんな、王城に上がるものと思ってたそうだから。
お祖母様が王立研究所に所属したままなのは、知らない人の方が多いから、今でも『国家の損失だ』まで言う人がいるよ。もっともね、王都のお祖母様に聞いたんだけど、その噂はそのままにしておいた方がいいらしいんだ。
ここに研究施設があることは、わざと秘密にしているらしいよ。
研究を盗まれないように、なんだって」
「ああ、そうなのですね。
だから、温室には護衛の方が詰めているのですね。
そうですか、おばあちゃまを守るために。
私が護身術を習っているのも、その一環なのですね」
「ああ、うん。
マリーも、いろんな悪い奴に狙われるかもしれないから、護身術を習わせてるってお父様が言ってた。
そうだ、4か月ぶりに、一緒に訓練するかい?」
お兄様と一緒に練習したいです。
でも。
「お許しが出たら、ぜひ」
先生のカリキュラムがどうなっているか、私にはわかりませんから。
ちょうど先生は王都に行かれているので、指南役として残っているクロードに聞いてみましょう。
クロードは、ほかの私の練習相手さんと同じように必要な時だけ呼ぶ予定だったのですが、先生が忙しいことや、クロード自身の腕がいいことなどから、先生がお留守の時の名代も兼ねて、ずっとこっちにいることになりました。
ですから、ほかの練習相手を呼んだ時にも、クロードから指導を受けることになります。
そうすると、やっぱり「先生」と呼ばなければならないんじゃないかと思うのですが、先生からもクロードからも、呼び捨てにするよう言われて、そうしています。
身分の都合もあって、侯爵家の娘である私が「さん」付けしてはいけないそうです。
こういうところ、貴族って面倒です。
「ああ、師匠からも、やりたがるようならさせて構わないって言われてる。
久しぶりに剣を交わすのもいいだろうってさ。
俺は、お坊ちゃんの剣は見たことないからせっかくだし、見せてもらうよ」
お兄様の剣と会わせるのは、久しぶりです。
最近は、クロードの意地悪な剣捌きばかりだったから、お兄様の真っ直ぐな剣が心地いい。
正面から振り下ろしてくるのを大きく左に避けて、下から斜めに切り上がってくるのを短剣で受け止めて飛ばされて。
お兄様と追いかけっこをしてるみたいで、とっても楽しい。
30分くらいやった後、クロードからストップが掛かりました。
私も、伊達にクロードに鍛えられているわけではないので、これくらい動いても、あまり息が切れなくなりました。
…が。
「んじゃ、お嬢様、次はナイフな」
その後、クロードの投げナイフから逃げ回って、へとへとになってしまいました。