裏45-1 父倒れる(アイーダ視点)
「失礼、ヒールズ男爵のご息女とお見受けしますが、間違いありませんか?」
ある日、王城を訪れると、突然声を掛けられました。
身なりからすると、官吏のようです。
お父様のお知り合いでしょうか。
それにしたって、お仕事のことであれば、私には関係なさそうではありますけれど。
もしや、お父様の身に何かあったのでしょうか。
「ヒールズの娘に相違ありませんが、どのようなご用件でしょう」
礼を失しない程度に答えると、相手の方はホッとしたような顔をなさいました。
「父君は、最近体調を崩されてはおられませんかな?」
体調を? そんなことをお聞きになるということは、やはりお父様の身に何かあったのですね。
「父は、特に体調が悪いというようなことはございませんでした。
父に何かございましたでしょうか」
「先程、突然目眩を起こして倒れられたのですが、意識が戻られません」
なんですって、お父様が!?
「どのような状態でございましょうか。
医師には!?」
「今、城医を呼んでいるところですが、念のためご息女にも御足労願いたく。
万が一のことを考えると、ご息女に同席いただいた方がいいと思い、お呼び立ていたしました」
どうしましょう。
今持っている書類は、さほど急ぎというわけではありませんが、さりとて後回しにしてよいものでもありません。
お父様の容態は一刻を争うというわけではありませんし、ここは一旦書類を届けてからでも…。
「届けなければならない書類を預かっておりますので、用をすませたらすぐに参ります。
父は、今どこにおりますか?」
私がそう言うと、相手の方は驚いた顔をして
「父君が倒れられたのですよ!? 仕事熱心は結構ですが、時と場合によりましょう。
書類くらい、後で私が届けますから、まず父君のところへ!」
と仰って急かします。
どうしましょう。
確かに急ぐ書類ではありませんが、人に頼めるようなものでもないのです。
私が逡巡していると
「わかりました。
それでは、届け先の方を後で私が呼んできますから、ともかく今は父君のところへ!」
と、なおも急かしてきます。
そうですね。
申しわけありませんが、ヒートルース子爵をお呼びいただけるのなら直接お渡しもできますし、お父様の容態を確認してもいいでしょう。
「わかりました。
それでは、お願いします」
私は、この方について、王城の奥へと進みました。
こんな奥の方には、入ったことがありません。お父様は、意外と重要なお仕事を任されているのですね。
どんどん廊下を進んでいると、突然止まりました。
止まるというか、後退っています。
何事かと思って前を見ると、ガードナー様が立ち塞がっておいでです。
なぜ、こんな奥にガードナー様がおられるのでしょう。
ここは官僚の領域ですのに。
えっ!? どうして剣を抜くのですか!?
「秘書殿は下がれ。
その男は、間者だ」
え? カンジャってなんですか? この人がどうかしたのですか!?
「ちっ!」
「あ!」
突然突き飛ばされて尻餅をついた私の手から、書類入れが奪われました。
この人、書類が目的で私に…。
一瞬光が走ったと思った次の瞬間、頭からお湯のようなものが掛けられました。
私の脇を走り抜けようとした男は、その場で転び、小刻みに震えています。
一体、何がどうなっているのでしょう。
誰か説明してください。ガードナー様…。
「あ…あの…」
ガードナー様を振り返った私の目に入ったのは、点々と赤い染みの付いた騎士服を纏ったガードナー様のお姿でした。
赤い…血でしょうか。誰の…あの男の?
ふと、自分の髪が垂れ下がっているのが見えました。赤い髪が。私の髪は、赤くなんてないのに。
触れてみると、にちゃっとした感触が。
そして、触れた手を見れば、血が付いていました。
裏45-2話「ガードナー様の正体(アイーダ視点)」に続きます。