45 事件の終結
秋も深まってきた頃、お義父様にまた呼び出されました。
紅花の方は、第3世代は一応できたものの、まだ世代間の形質承継が確認できていません。
少なくとももう1年は必要です。
となると、件の間者のことくらいしか理由が思いつかないのですが、この前もそう思っていて違う話でしたから、今回もそうかもしれません。
そう思って、あまり期待していなかったのですが…。
「マリー、ようやく捕らえたぞ」
お義父様からは、そんな言葉が出たのでした。
「尋問はこれからだから詳しいことはまだわからないが、とりあえず王城内に入り込んでいたのはそいつだけだったようだ。もうヒールズを囮にしなくていい」
よかった。もう、アイーダを危険に晒さなくてもいいのですね。
もっとも、アイーダにとっては、ガードナー子爵と会えなくなるということですから、手放しでは喜べないかもしれませんが。
「ヒールズに再度近付いたところをガードナーが捕らえた。
その際、間者の右手をかなり深く斬ったのでな、自決防止の手立てを講じた上で治療中とのことだ」
…右手を? ということは、何か武器を持ってアイーダに襲い掛かったということでしょうか。武器を奪うために右手を斬ったのだとすると、アイーダは無事なのですか。
「お義父様、アイーダは無事なのですか?」
「一応、無事だ。
書類を奪うのに突き飛ばされた程度だから、そっちは心配いらない。
ただ…」
ただ? アイーダは無事だけれど誰かが…ガードナー子爵が反撃されて怪我をしたということでしょうか。
「ヒールズは、頭から血を被ってしまってな。
気を失って医務室に運ばれた」
頭から血を被って? …それは、確かにアイーダにとってはきつかったでしょう。
私は、領地で護身術を習っていた頃、いざという時に身がすくまないようということで、かなり血を見せられましたが、それでも頭から血を被るようなことはしていません。
まあ、私なら多分それほどのショックは受けないだろうとは思いますが、貴族の令嬢として普通に育ってきたアイーダにとっては、血を見るということ自体初めてでしょうから。
私が普通じゃないと言っている気分になってきて少し面白くありませんが、実際、普通じゃないことは身に染みていますからね。
不世出の才媛の孫で、王弟の孫。今にして思えば、生まれからして普通とは言えません。
学院では二段飛び級して公爵家の跡取りに収まり、15才にして王立研究所の次期所長に決まって。
普通に恋愛するのは難しい立場になってしまいました。
私に興味を示す人は、地位か容姿か研究者としての能力を見ているだけで、私自身を見ていない人ばかり。
私自身を見てくれるのは、ネイクやミルティくらいです。
自分の容姿が優れているなんて考えてもみませんでしたが、パスールさんが言うには、お母様そっくりだとか。それならば、優れた容姿と言ってもいいでしょう。
私は、こんなきつい目つきの娘なんて、どこがいいのかわかりませんが。
私の夫になる人は、ゼフィラス公爵家を支え、研究所を守れる人でなければなりません。
運命の人と結ばれることを夢見てきましたが、この立場では、もう出会える可能性は低いでしょう。
ああ、そんなことを考えている場合ではありませんでした。
普通の令嬢であるアイーダにとって、人の生き死には、ベッドの上だけのことです。
血を見るのも、月のものだけ。
たとえ命に関わるようなものでなかったとしても、血を被ったとなれば、かなりのショックです。
気を失っても仕方ありませんね。
魘されていないといいのですが。
結局、捕らえた間者の尋問は明日から、アイーダは少し休ませて、父君に託して帰すことになるというので、私は屋敷に戻りました。
そして、アイーダは、それから1週間、寝込んでしまいました。
短くてすみません。
種明かしは、次回以降で。