44 クロード・ガードナー
最近、またアイーダが変です。
このところ、妙に浮かれていると思っていましたが、急に元気がなくなったのです。
理由はわかりませんが、王城へ使いに出して帰ってきた後のことですから、件の騎士の関係なのだろうと思います。
少なくとも、誰かに襲われたとかであれば、アイーダの元気がないとかではなく、お義父様から連絡が入るはずですから、そういう、危険に関わることではないはず。
けれど、理由はともかく、アイーダに元気がないのは間違いないわけで。
一応、王城に出掛ける用事を言いつければ、特に顔色を変えることもなく出掛けますから、行きたくないというわけでもないようですし。
失恋した…とか?
ありえなくはないですが、アイーダから告白するということは、そうそうないと思うんですよね。
でも、以前ほど嬉々として王城に出掛けていないようですし。
よくわかりません。
ともかく、曲者の焙り出しは続けていかなければなりませんから、可哀想ですが、アイーダにはもうしばらく王城通いを続けてもらわなければなりません。
そんなある日、お義父様に呼び出されました。
今度は、何のお話があるんでしょう。
アイーダのこと…でしょうか。可能性は低いと思いますが、あってもおかしくはありませんね。
「お義父様、お呼びでしょうか」
「ああ、マリー。
今回のヒールズ襲撃の関係で、お前にも紹介しておきたい者がいてな。
入ってくれ」
お義父様が呼び掛けると、隣室との間のドアが開いて、騎士が入ってきました。
一般の騎士用の制服を着た黒髪の人。
もしかして、この人が。
「紹介しよう。
例の件で、ヒールズに近付こうとした間者を止めてくれた騎士だ」
お義父様の紹介を受けて、黒髪の人は右手を胸に当てて軽く頭を下げました。
「お初にお目にかかります。
このたび調査部への異動を命じられましたクロード・ガードナーと申します」
この人が、アイーダの思い人ですか。
爽やかというわけでもありませんが、キビキビした人、という印象でしょうか。
どうして私に紹介したんでしょう。
私は、王城に直接出向くことはないでしょうから、ガードナーさんと顔を合わせる必要はないと思うのですが。
「お義父様、どうしてこの方を私に? それに調査部というのは?」
「調査部というのは、騎士団の内部調査を主に所管する部署だ。
今回の件、間者の顔を直接見たのが彼だけなのでな。
彼が王城内を自由に動けるよう、異動させた。名目上は、これまでの部署のままだがな。調査部自体、騎士団の内部監査が主目的の部署なのでな、異動が表立って明らかにされることはない。
つまり、彼が王城内を歩いていても、普通に騎士団の任務で動いているという体が取れるわけだ。
元々、彼は護衛任務に就いた経験も豊富でね。王城内を歩いていても、見咎められること自体ないだろうが。
もちろん、いざという時には身分を名乗ればそれなりの強権を発動できる。」
「誰かの護衛任務の関係で動いているように見せる、ということですか?」
「そうだ。
当面は、表向きスケルス首席の外出時の護衛という形を取る。
幸い、彼は爵位持ちだから、抜擢された理由にも困らないしな」
「それは、騎士爵ではない、ということですよね」
「彼は子爵だ。元々は平民の出身だが、功績を挙げ、昨年子爵位を与えられた」
官僚貴族家の出身というわけではないのですね。
「子爵位を与えられるとは、随分大きな功績を挙げられたのですね」
ガードナー子爵は、大真面目な顔で
「いえ、運良く手柄を立てただけです」
と謙遜します。
…あ。もしかして。
「子爵、アイーダはあなたの爵位を知っていますか?」
「はい、先日、打ち合わせでヒートルース子爵を訪ねた際に出会しまして、その時に。
それが何か?」
どうやらアイーダは、ガードナー子爵が爵位持ちだと知ったことで、気後れを感じてしまったようです。
アイーダは、自分の立場に少なからずコンプレックスを持っているようですから、身を引くつもりになったのかもしれません。
どうしましょうか。
私が口を出すべきことではないでしょうね。
それでなくても、私は色恋には聡くありません。
下手に私が介入すると、まとまるものもまとまらなくなる危険すらあります。
それにしても、平民出身で子爵ですか。
ネイクもそうでしたが、余程大きな手柄を立てたのでしょうね。
ああ、一気に子爵になったとは言っていませんでしたから、短期間でいくつか手柄を立てて、男爵から子爵になったということなのかもしれません。
それにしても、やはり私に紹介する理由に思い当たりません。
私と王城で会うことはないでしょうし、会ったとしても、私が騎士に挨拶することはないでしょう。
私に騎士の知り合いがいるはずはないのですから。
そういえば、ニールセンさんは騎士になったんでしたか。その後お会いしていませんから、今どうなさっているかはわかりませんが。
挨拶を終えたガードナー子爵が退室した後、お義父様に聞いてみました。
「彼が今回の事件の関係者であることはわかりましたが、私に紹介なさった理由は何でしょう。
私は、むしろ顔を知らない方がよかったのではありませんか?」
お義父様は苦笑いしました。
「相変わらず男に興味を持たないな。
ヒールズが執心なんだ、一度顔を見ておいた方がいいとは思わないか」
「アイーダが最近元気のない理由が、あの方の爵位のせいなのだろうとはわかりましたが、私にはどうしようもないことです。
元々アイーダの恋路に口を出すつもりはありませんから」
「そうか、まあ、それで構わないが、彼に嫌な感じはしなかっただろう」
「そうですね、特に何も。
…ああ、そういうことでしたか」
お義父様は、私を安心させたかったようです。
そういうことなら、わかります。
口を出す気がないとは言え、あの方ならアイーダに近付いても悪いようにはならないでしょう。
そういえば、クロード・ガードナーといいましたか。護身術を教えてくれたクロードと同じ名前ですね。
気配の薄さが似ていますね。あと、黒髪も。
顔立ちは全然違いますが、護衛などをする方は、みんな気配が薄いものなのでしょうか。ルージュもそうですし。
…クロード、今頃、どこでどうしているのでしょう。
もうあれから5年も経ちましたけれど、一度も顔を見ていないどころか、噂も聞きません。
ルージュも知らないそうですし。
ああ、ルージュは常に私の傍にいるんですから、知っているわけもないのでしょうけれど。
渡したハンカチがどこかで使われたということもないようですし、使う必要がないくらいには元気にやっているのでしょうね。
久々に思い出してもらえたクロードでした。
タイトルから、クロードとの再会を期待した方、肩すかしですみませんでした。
次回更新は1月6日午前零時となります。