裏5-2 金の卵(ラビリス視点)
今回は、サイサリス・ゼフィラス公爵の兄で第2王子だったラビリス・スケルス公爵視点です。
ラビリスの性格上、女性蔑視や人格否定のようなセリフが多数ありますので、ご注意ください。
「陛下にはご機嫌麗しゅう。
実は、内々にお話ししたき儀がございます」
「わかった。別室で聞こう」
陛下、いや兄上は、私を執務室へと誘った。
「堅苦しいのはなしだ、ラビリス。
率直な話を聞きたい」
「では兄上、サイサリスが爵位と所長職を倅に譲ったと聞いたが、どういうことだ?」
「何か不思議か?」
「公爵位を継ぐのはいい。
しかし、官僚貴族は世襲できない、それが大原則のはず。
公爵家とて例外ではないはずだ。
現に、俺は義父の役職を継げていない」
「別に世襲というわけではない。
適任と考えたから就かせただけのことだ」
「あんな何の取り柄もない若造が適任だと!?
そもそも、サイサリスのような役立たずが所長ということすらおかしいというのに!」
「何がおかしい? アライモを産みだしたのはサイサリスだ。
その功績をもって、研究所を与えられた。
当然のことだろう」
「アライモを作ったのはあいつじゃなくて、ジェラードの嫁だろう! 他のだってそうだ! あいつの功績じゃない! あいつは、ただ運が良かっただけだ!」
「運の良さも、力のうちだ。
現に、俺は運良く長男に産まれただけで王になった。
お前だって、運良く何かの功績を挙げれば、公爵家を興せただろうよ。
ともかくだ、あいつの名前で発表され、父上が認めたのは事実だ。
そのことに文句を付けることは、俺にもお前にも許されん。
第一、あいつがその気なら、今頃玉座に座ってるのは、俺じゃなくてあいつだったかもしれん。
嫡男として産まれただけの俺と違い、あいつは自らの手腕で成果を上げたからな。
父上は、あいつを研究所長にすることで、野心に目覚めるのを期待していたフシがある。
野心のない者に国は治められんからな。
もし、あいつにお前の半分も野心があったなら、今頃、俺とお前は、あいつを陛下と呼んでいただろうよ。
父上は、それほどまでに、あいつを高く評価していた。
それにな、実際、ジェラード侯爵夫人は、不満も言わず未だにサイサリスの下で研究成果を挙げているんだ。
それは、間違いなくあいつの功績だぞ」
「部下に成果を挙げさせるだけなら、俺にだってできる!」
「できるか? 俺にはできんな。
侯爵夫人が何を考え、何を欲するかわからん以上、従わせるのは不可能だ」
「そんなもの、王家の威光をもって命じればいいだろう」
「では、賭けをしようか。
御用牧場から、好きな雌鳥を1羽持って行け。
お前が世話をして、王家の威光をもって、1か月の間毎日1個ずつ卵を産ませろ。
それができたら、お前を所長に据えよう。
ただし、できなかった時は、スケルス公爵家は爵位を返上しろ。
世話をするのは、お前自身だ。
不正できないよう、影も付けるぞ」
「そんな無茶な話があるか!
なんで卵くらいで、爵位を返上なんだ!」
「賭けだと言っただろう。
所長職と公爵位なら、対等な景品だと思うがな」
「しかし、雌鳥と王家の威光と、何の関係がある!?」
「王家の威光など意に介しない者もいる、ということだ。
サイサリスが王家の威光を気にしたことがあったか?
研究者なんてものは、みんなあんなものらしいぞ。
もし、侯爵夫人がへそを曲げて研究所を辞めると言ったらどうやって引き留める?
王命で無理に引き留めたとして、研究に身が入らなくなれば、結局成果は挙がらなくなる。
敢えて言葉を選ばずに言えば、侯爵夫人は金の卵を産む雌鳥だ。
毎日は産まないが、一度産めば巨万の富となる。
しばらく卵を産まなかったからといって、それが次を産むための準備なのか、サボっているのか、俺達にわかるか?
産めと言ったから産むというものではなかろう」
「そんなもの、絞めあげればどうとでも」
「死んだら、二度と卵を産まなくなるんだぞ。
それでも絞めるのか?
そんな奴に、大事な雌鳥は任せられんよ。
その点、サイサリスは、気長に待って必要な支援を行える。
あいつ自身が研究者だからな。
うってつけの人材だよ」
「じゃあ、倅は?
倅の方は、ただの事務屋だろう。なぜ任せる?」
「サイサリスの息子だからだ。
侯爵夫人がサイサリスに従うのは、個人的な好意による部分が大きい。
サイサリスの細君は、学院時代から侯爵夫人をお気に入りだったそうだし、今でも家族ぐるみの付き合いだ。
なにせ、引く手数多だったドロフィシスを嫁にやったくらいだ、その結びつきは強い。
公爵は、侯爵夫人にとって、赤子の頃から見てきた相手だ、意思の疎通もしやすかろう。
ガーベラス以外で、夫人が従いそうな奴は見当たらなかった。
研究所の要諦は、侯爵夫人だ。
植物学で飛び級した者を研究所に入れてもみたが、夫人の足下にも及ばん。
だから、新種が欲しければ、夫人のご機嫌を取るしかないんだ。
そうだ、もう1つ賭けのネタがあるぞ。
3年待ってやるから、お前が目を付けた院生に、新種の作物を作らせてみろ。
お前の子飼いで新種を作れる者ができたなら、所長の座はお前のものだ。
こっちは人間だから、王家の威光が通じるかもしれんぞ。
どうだ、やってみるか?」
「成功する保障はないだろう。
サイサリスだって、後釜を見付けられないんだ。分が悪い」
「保障があったら、賭けにならんだろう。
大体、お前、さっき、部下に成果を挙げさせるだけなら自分でもできると言わなかったか?
金の卵を産む雌鳥は、特別な存在なんだ。
侯爵夫人が気持ちよく研究できる環境を作ること、それが国益に繋がる。
王都から遠く離れたジェラード侯爵領で研究するのも、それが彼女にとって必要なことだというのなら、好きにさせるしかない。
いいか、雌鳥には好きにさせて、金の卵を産むのを待っているのが一番いい。
今後、研究所関連については、一切の干渉は無用だ。
王命として伝えおくぞ」
「…御意」
堅苦しいこと抜きなどと言いながら、最後には王命を持ち出してくる。
兄上は、いつもそうだ。
長子として、王太子として、王として、力を振りかざして自分の意思を押し通す。
ただ、ちょっと早く産まれただけのくせに。
サイサリスの奴もだ。
花狂いが、公爵家を興しやがって。
運良く金の卵を産む雌鳥を拾っただけの分際で。
チャンスさえあれば、俺だって、公爵家の入り婿などにくすぶりはしないものを…。
政略に使える娘でもいれば、まだやりようがあるのに、あの石女が。
しかし、ことがことだけに、兄上は本気だ。
ジェラードに手を出せば、弟といえども本気で首が飛びかねん。
この件は、ここまでか。
俺に相応しい役職については、何か別のネタを考えねばな。
ラビリスは、スケルス公爵家に婿に入る形で臣籍降下しました。
この辺は、「転生令嬢は修道院に行きたい(連載版)」の後日談5「最期の願い」で少し触れています。
サイサリスも、アライモの件で功績を挙げていなければ、同じようにどこかに婿入りしていました。
そして、もし彼に野心があれば、セリィやカトレアと組むことで、今頃王様になっていたでしょう。
まあ、カトレアは、野心など持たない研究馬鹿のサイサリスが好きなのですが。