40 機織りと新しい春
春になり、綿花と紅花の種蒔きに入りました。
現在おばあちゃまは、体調が思わしくないこともあって屋敷で伏せっていることが多いので、次席である私が実質研究所のナンバー1研究員となっています。
おばあちゃまは、元々季節の変わり目には体調を崩しやすく、中でも秋から冬にかけては寝込むことも多いのですが、王都に出てきて環境が変わったのが原因か、今年は春になる際にも熱を出したのです。
幸い微熱なのですが、それでも目眩がするそうで、ベッドから出られない状態です。
横になっていればお話はできるので、交配関係の相談はしていますけれど、おばあちゃまの負担を考えると、しばらく屋敷を出るのはやめておいた方がいいのではないかと思います。
私達の場合、アイーダが屋敷の方に来てくれるので仕事に支障はありません。
本心を言えば、私はおばあちゃまが王都にいてくれて、色々教えてくれるだけで十分なので、無理に研究員を続けなくてもいいのにと思います。
でも、おばあちゃまは
「マリーに私の全てを引き継ぐまでは、研究所にいないとね」
と笑っていて。
…引継が終わっちゃったら、おばあちゃまは領地に帰ってしまうのでしょうか。
それは嫌だと思ってしまう私は、きっと我が儘なのでしょう。
でも、おばあちゃまから色々教わるのはとても楽しいし、そんな私を見るおばあちゃまの優しい目を思うと、ガッカリされたくないし。
結局、私は、いつか来る終わりの日が少しでも遠くなることを願いながら日々を過ごすしかないのです。
最近は、畑の方が落ち着いているので、織機の方に出向くことの方が多くなっています。
このことについては、おばあちゃまは
「私は、機織りはわからないから、マリーにお任せね。
いいことだわ。
私の再来なんて呼ばれても、マリーは私ではないのだもの、あなたにしかできないことを持つのは素晴らしいことだわ。
新しい研究が上手くいったら、どんなものができたか見せてね」
と言って笑っていました。
私が植物以外に興味を持っても、おばあちゃまが喜んでいてくれる、それは私にとっても嬉しいことです。
織機研究に関しては、アイーダも連れて行きますが、私自身が直接見ないとどうにもならないところも多いので、私も研究所を訪れます。
基本的に私に応対するのはパスールさんだけなのですが、例外的にアインさんも私と直接言葉を交わしていいことになっています。
そうそう、アインさんは、パスールさん直属の部下になりました。
ネイクとの勉強会を主催した手腕を評価されたらしいのですが、各部署の調整役として王城内を駆け回っているそうです。
お仕事でしか会わない関係で、「子爵」「次席」と呼び合っていて、あまり親しいようには見えないらしいのですが、私としては見知った人が相手だと随分話がしやすいので、助かっています。
アインさんとは、会っても仕事の話しかしませんが、ネイクとは、屋敷に招待した時には、ときたま新婚生活の様子を聞いています。
元が平民だっただけに、ネイクは使用人に対してあれこれ命じることに気後れを感じて苦労しているとのことですが、そこは慣れてもらうしかないでしょう。
講師のお仕事の方も順調なようです。
ネイクを招待する時はミルティにも声を掛けるので、大抵は一緒にいて、興味津々に話を聞いています。
ミルティも来年はお兄様の元へ嫁ぐのですもの、新婚生活は気になりますよね。
ミルティが閨のことまで聞こうとしてネイクが真っ赤になったりということもありましたが、さすがにはしたないのでそれは止めました。
冬だけの約束で王都に出て来ていた機織りの方は、とりあえず地元に戻ったそうです。
ですが、正式に織機の改良を研究する部署ができたことで、本格的に研究所所属の機織り職人としてスカウトする予定になっているのだとか。
既に、研究所に新部署として織物の研究部門ができたことは貴族の間では知れ渡っていますが、研究の進捗具合は秘されていますから、保秘のこともあって既に研究に触れている方が適任ということなのでしょう。
私としても、これまでに多少関わってきていることもあり、あの方が専任で携わってくれる方がありがたいです。
もちろん、織物を主体とする領地の経営を不当に圧迫しないようにといった配慮も必要です。
その辺りはパスールさんがお義父様に相談しながらということになります。
夏までには、本格的な改良作業に入れるようになる予定だそうですから、私も楽しみに待ちましょう。
新部門も動き出し、マリーは織機の改良が楽しくなってきたようです。
アインもパスールの部下として頑張っています。妻の七光りと言われないよう頑張ってほしいものです。