裏39-3 貴族になった妹(ナシール視点)
ネイから至急便で来た手紙を呼んで、俺は固まった。
目をこすって読み直したが、書いてあることは変わらない。
アイン坊ちゃんと結婚して子爵夫人になったと書いてある。
差出人は「ネイクミット・ヒートルース」となっていて、ご丁寧に封蝋までしてある。
ヒートルース子爵家の紋は、これじゃなかったはずだが…。
おかしい。まだ4月のはずだ。
もう一度、落ち着いて手紙を読み直してみる。
登用試験を受けることなく官吏になれることになっていた…これはわかる。飛び級したんだから、試験なんかいらないだろう。
アイン坊ちゃんは登用試験に合格して、王立研究所に配属されることになった。エリートコースだな。
ここまではいい。
で、すぐに結婚することになった。
早過ぎる気はするが、元々婚約してたんだし、百歩譲ってそれもいいだろう。
だが、次のこれはなんだ?
任官式で、国王陛下直々に、結婚とアイン坊ちゃんが子爵になることが宣言されただぁ!?
国王陛下が直々に結婚の許可を出すなんて、貴族の当主様だけの話だろう!
アイン坊ちゃんはヒートルース子爵家の嫡男じゃないから、家督は継げない。
ニコル坊ちゃんが廃嫡されたからって、それは変わらないはずだ。
なのに子爵って、どういうことだ。
そりゃあ、アイン坊ちゃんが貴族になることを目指してるって話は聞いてた。というか、官僚貴族の次男が官吏になるからには、できれば爵位をって考えるのが当たり前だ。
けど、まだ官吏になったばかりだろう。なんでいきなり子爵になる!?
ネイの手紙には、一応理由も書いてある。
ネイは王城ではなく王立学院で、新しくできた登用試験向けの特別講義の講師になるそうだ。
そりゃあ、確かに貴族の子女に教えるのが平民の娘ってのはどうかと思うが、それにしたって子爵ってのはどうなんだ。
ヒートルース子爵家が2つあるってことか? それで、新しい家紋まで戴いたってのか?
25人中21人を合格させた功績って…一体どうやれば、そんなに沢山合格させられる?
もしかしたら、飛び級だってさせられるんじゃ…って、そういやゼフィラス公爵令嬢は、ネイに教わって飛び級したって言ってたような…。
…駄目だ。
どうやら、かなり混乱してるらしい。
少し落ち着こう。
ネイは、アイン坊ちゃんと結婚した。卒業と同時にだ。
だからネイクミット・ヒートルースになった。
そこまではいいよな。
ちょっと早過ぎる気はしないでもないが、元々ネイはアイン坊ちゃんと結婚するために官僚になるって決めて王立学院に入ったんだ、結婚すること自体は何もおかしくない。
王立学院で講師になった。これも、まあ、わかる。
ネイの手紙によれば、王立学院も王城の一部だから、講師は官吏の一種という扱いになるんだそうだ。
なら、ネイは狙いどおり官吏になれたってことだ。
官吏になってアイン坊ちゃんと結婚するって夢は果たされたんだな。
貴族になった。
問題はここだ。
貴族の嫡男と結婚したってんならわかるが、アイン坊ちゃんは次男だ。爵位は継げないんだ。
そんなことはネイだってわかってるはずだ。
なのに、なぜ貴族になれる?
官吏になって貴族になる…それは、官吏として出世して、その先についてくるものじゃないのか。
任官したその場で貴族になる。それも、騎士爵や男爵ではなく子爵だ。
アイン坊ちゃんのご実家が、何代も続いた官僚貴族家で、それでも子爵だってのに、なんで何もしないうちから子爵になれるんだ。
頭を抱えながら手紙を読み直していたら、夏の長期休暇には一度顔を出すと書かれてるのに気付いた。
実家なんだし、普通に出迎えて、普通に応対してくれとも。
そりゃ、普通に応対するだろう。何を言ってるんだ?
長期休暇になり、ネイが帰ってきた時、俺は考えが甘かったことを思い知った。
ネイは、貴族の乗るような立派な馬車に乗って、護衛と侍女を引き連れて帰ってきた。馬車には、手紙と同じ紋が付いている。
ネイの家の馬車なのか。
そして、侍女に手を引かれて馬車を降りたネイは、簡素ながらえらい仕立ての良いドレスを身につけていた。
思わず目を見張った俺に、ネイは
「ただいま、兄さん。
馬車、気になるよね。ごめん、恥ずかしいから家に入れてくれる?」
と言って、侍女を連れて家に入ってきた。
応接に通すべきだろうかと俺が考えている間に、ネイはさっさとダイニングに入っていく。
ネイの後ろに立っている侍女に椅子を勧めようとしたが、
「私のことは、どうぞお構いなく。
奥様は兄君とお話されるためにいらしたのです。
奥様、私も席を外した方がよろしいでしょうか?」
「あ~、うん、そうしてくれるかな? 少しでいいから」
「かしこまりました。馬車の方におりますので」
どうしていいかわからないうちに、侍女は出て行ってしまった。
「ネイ、本当に貴族になっちまったんだなぁ」
思わずポツリと呟くと、
「まあね。でも、あたし自身は変わってないから。
あのね、あたしが貴族になれたのって、学院で貴族子女に教える都合なのよ。
あたしみたいな小娘が貴族の子女にものを教えるには、子爵夫人くらいの肩書きが必要なんだって。
名目としては、アイン様の勉強会から官吏合格者を21人出した実績を讃えてってことになってるけど。
ん~、まあ、今はね、1人ずつ個別の講義って形になってるんだ。
肩書きのお陰で、皆様ちゃんと講義を受けてくれるよ」
服装こそ、いかにも貴族だが、中身は元のままのネイだ。
ネイは、恐縮するジョアンナをよそにナイルスと遊び、親父に挨拶し、年末にはアイン坊ちゃんと一緒に顔を出すと言い残して、嵐のように去っていった。
馬車に、侍女に、ドレス…本当に貴族になっちまいやがった。
それなのに、ネイ本人は以前と全く変わらない。
年末には、アイン坊ちゃんを連れてくる…おいおい本気か?
どんな顔して会えばいいんだよ。子爵様が義弟だってのか…。
ネイクが泊まっていかなかったのは、アインのことと、侍女や護衛を泊めさせるわけにはいかなかったからです。
アインと一緒に来る時は…やっぱり日帰りでしょうかね。貴族が停まるようなホテルはないので。