『合宿』 その九
合宿二日目は、午前の勉強会の後、観光を兼ねてみんなで街の散策にやってきた。といってもこの街の目ぼしい観光資源は湖しかないらしく、観光案内の看板は湖推し一色だったので、自然とわたし達の足はそちらへと向いた。そして、ほとりにある観光客向けのカフェで昼食を摂ることにした。そこそこ賑わうオープンテラスで小舟を浮かべて釣りをしている人たちを眺めながら、わたしはキノコ入りミートパイを注文した。
「はー、湖で泳ぎたいなー」
サンドイッチを一瞬で平らげ、暇そうに湖を眺めていたアンさんがぽつりと呟いた。数分前は確か釣りしたいとか呟いていた気がする。この人は本当に遊ぶことしか考えてないんだな。
「まだ涼しいのによく泳ぎたいなんて言えますわね」
「んえー、夏といえば水泳っしょ。フレイヤの水路はお世辞にもキレイとは言えないからこういうキレイな水場があると、泳ぎたくなるんだよ。ねぇ、メグ?」
「私に同意を求めないでください」
「泳ぐなら水着が無いとだめですよね〜。私持ってきてないんですけど〜」
「あ、そう言えばあたしも水着持ってきてなかった……よし、今から水着を買いに行こう!!」
「却下ですわ」
「シャリーはユリィの水着見たくないの?」
「見たいですわ! 昼食が終わったら水着を買いに行きますわよ!」
「シャリーさんチョロすぎませんか? わたし、泳げないから水着とかいらないんですけど」
「なんだユリィお前泳げもしないのか。箒も乗れなかったし、お前ほんともやしっ子だよな」
メグちゃんは半ば呆れていた。スポーツ万能の彼女には、運動の授業で自分が所属してしまったチームに迷惑をかけないよう気配を消して立ち回る人間の気持ちがわからないのだ。
「むぅ、必要に迫られなかったからやってこなかっただけだから。箒だってちゃんと乗れたし、泳ぐのだってこう、ずばばーっとやればできるもん」
「じゃあ〜、水着を買って泳ぐ練習しようよ〜、やればできるんだよね〜」
「さっきからショコラちゃん割と乗り気だよね。でもわたしはやだよ。水着買うお金ないしあの湖冷たそうだし」
「水着代はわたくしのポケットマネーで全員分負担いたしますわ! 泳ぐ場所だって、お風呂を使えばいいのですわ!」
目的達成のためならお金に糸目をつけないお金持ちの、厄介なことといったら。
「わ〜、シャリーさん太っ腹です〜」
「やりぃっ、水着代浮いちゃった。ユリィナイスだ!!」
「わたし何もしてないですけど」
「ただでさえ別荘を借りて迷惑をおかけしているのに、水着代まで出してもらって泳ぐのはあまりにも申し訳なさすぎませんか?」
「じゃあメグはみんな水着の中すっぽんぽんで泳げばいいよ。一人だけ場違いな羞恥に身悶えるがいい!!」
「いや、泳ぐ前提で話をしていますがそもそも泳ぐ必要は……」
「あります、大いにありますわ! この合宿は勉強という心の修練だけが目的ではありませんわ! 勉強できるのも健康な身体という資本があってこそ、それを鍛えるのも合宿の目的! でも、乙女の我々はできれば汗だくは嫌ですわね! だからこそ、汗だくにならないけれどとてもいい運動になる水泳こそが、今、必要なものに相違ありませんわ!」
シャリーさんがいつのものおしとやかさを忘れ、鼻息荒く熱弁する。そんなにわたしの水着が見たいのか。
「すみませんお客様、他のお客様のご迷惑となりますのでおしずかにお願いします」
演説が途切たところですかさず、ウェイターさんが注意にやってきた。これだけ騒いでいれば、そりゃ、他のお客さんの注目を集めてしかるべきだ。そしてわたし達に注がれるそれは、あんまり気持ちの良くない視線なのだ。
「あらいやだ、申し訳ありませんわ、おほほ……」
みんなで平謝りしだけど、ウェイターさんは胡乱な目で「次からは気をつけてくださいね」と言って背中を向けた。女子高生の集団は基本的にうるさいのが相場で、一度注意したくらいじゃ聞かないのもまたしかり。このウェイターさんはそういう経験則から、そんな目をしたのだろう。
少なくとも今のわたし達は、場を乱すバカ騒ぎする集団というレッテルを、この場の人々に貼られてしまったのは間違いない。
「ともかく、水着を買いに行きますわよ。みんなさん、もうご飯は食べ終わりましたわよね? また迷惑をかける前に早くお店を出ましょう」
だいぶトーンを落として、半ば囁くようにシャリーさんは言った。みんな神妙な面持ちで頷く。
「あ、あれ、みんなどうしたんですか、や、やけに静かですね」
モニカ先生はわたし達が怒られるまでの一部始終の間、ちょうどお手洗いに立っていたらしい。影が薄くて気づかなかった。いや、逆に考えれば彼女がいなかったからこそ、わたし達はバカ騒ぎしてしまったのかもしれない。
「なんでもありませんわ。さ、先生、みんな昼食は食べ終わりましたのでお会計を済ませてしまいましょう」
「あ、は、はい」
当惑しているモニカ先生と共に、わたし達はそそくさとカフェを後にするのだった。




