『合宿』 その八
「はー、恐ろしい目に遭った……」
倒れ込むようにして、ベッドに飛び込む。程よい反発がわたしの体を軽くバウンドさせる。掛け布団も枕もふっかふかで、うっすらとラベンダーの香りが舞った。
「ユリィだってショコラに同じ様な事してただろ」
隣のベッドにルームウェア姿のメグちゃんが足組して腰掛ける。絶妙に見えそうで見えない。
「わたしは触ってないもん。同じ事じゃないよー」
「屁理屈だな。しかし、お前あんなに触られてよく平気だよな。同性同士でもちょっと、なぁ」
「んー、可愛がってくれてるってわかるから、悪い気はしないかなぁ。ちょっと愛が重いけど」
その重い愛に耐え、彼女のマジェスティックなお胸やらマーベラスなふとももやらに合法的に接触するのもまた一興なのだけど、メグちゃんは理解を示してくれないだろう。
「なんでシャリー先輩はお前を猫可愛がりするんだろうな」
「確かにいっつもわたしがウケ側だからネコ可愛がりだね。メグちゃんは言葉遊びの天才だ」
「お前は何ワケわからんことを言っているんだ」
「そんなマジなトーンで言わないでよ……」
「あっ、いや、すまん。本当にどういう意味か解らないんだ」
「まぁ、無理に知る必要はないよ。世の中、知らないほうが幸せなことがいっぱいなんだから」
「なに悟ったようなこと言ってるんだか」
「……ねぇ、シャリーさんって中学の時もあんな感じだったの? 特定のひとを猫可愛がりする感じ」
「いや、そんな素振りは全くなかったな。だから、初めは私も驚いたさ」
「むむ、そうなんだ。……わたしはなんで猫可愛がられているんだろうね」
「シャリーさんに直接聞いてみればいい。私も気になる」
「その疑問、あたしが答えよう!!」
突然アンさんの声が部屋に響き、メグちゃんのベッドの下から褐色の手がにゅうっと飛び出してきた。
「ぴぎゃあっ!」
あんまりにもホラーな光景にビビって、ベッドから転げ落ちそうになった。
「うおっ、なんだ急に変な声出して……って、ひいぃっ、て、手?!」
わたしの視線を追って謎の手の存在に気づいたメグちゃんが、ビビってベッドの上に足を避難させ三角座りの格好になった。
「現在進行形でお邪魔してまーす」
手の次はアンさんの顔がにゅっと現れ、私を見上げた。イタズラがハマった時の満足げな悪い顔をしていた。
「にししっ、びっくりしたでしょ?」
這い出してきた彼女は硬直していたわたしのおでこを指でつつき、備え付けの椅子を引っ張ってきて腰掛けた。
「あの、どうしてベッドの下にいらっしゃったんですか、アン先輩」
「ドッキリだよ!! いやー、飛び出すタイミングが中々掴めなかったけど、上手くいったみたいで満足満足」
「本当にびっくりしたんですけど!」
「それはよかった。にしし」
「よくないですよ! はぁ、ほんと、心臓止まるかと思った……」
「それよりさ、シャリーがなんでユリィを猫かわいがりするか知りたいんでしょ?」
「あぁ、そうでした。アンさんは知ってるんですか?」
「うん。まぁね……実は――」
「ユリィちゃん、メグちゃん、いらっしゃいますか!」
アンさんの声に重なってノックとシャリーさんの焦ったような声。
「噂をすれば影だ。入っていいよー」
「失礼しますわ! アン、やっぱり貴女ですのね! ユリィちゃん達にイタズラしましたわね!」
「うわっ、よくわかったね。シャリーって読心術使えたの?」
「そんなの状況を見れば火を見るより明らかですわ! 二人の叫び声、にやにやしてる貴女……というか、貴女なんて格好してますの! だらしがない!」
そういえば、アンさんはキャミソールとパンツしか身に着けていなかった。彼女が登場した時の衝撃ですっかりツッコミを忘れていた。
「そんなことよりさ、シャリーに聞きたいことがあるんだよ。ね、ユリィ?」
「へっ、あっ、はい」
ここで話をわたしに振ってくるか。つい反射的に肯定してしまった。でも、面と向かって『どうしてわたしのこと可愛がってくれてるんですか?』と聞くのはかなり難易度が高い。
「そんなことって……まぁいいですわ。ユリィちゃん、聞きたいことって何かしら?」
「なんでシャリーってユリィのこと可愛がるの?」
「って、結局アンさんが聞くんですか……」
わたしに任せていたら多分いつまで経っても聞けなかっただろうから、その判断は間違っちゃいないけど。
「そこにユリィちゃんが居るから可愛がるのです、理由なんてありませんわ」
自らの信じるものを疑わない、ある種の信者のような真っ直ぐな瞳で彼女は言った。
「なんかもっとさ、ちゃんとした理由あるでしょ。あたしも気になるんだよねー。あんたがここまで人に執着するの初めてだもん」
「えっ、アン先輩は理由を知っているのではなかったのですか」
「いや、知らないよ。さっきはテキトーなこと言ってごまかそうと思ってた」
平気な顔でハッタリかまし、誤魔化しきれるというその根拠のない自信、流石だ。
「そんなことを言われましても、上手く説明できませんわ。初めてユリィちゃんと出会ったその日、一生かけてこの娘を可愛がりたい、と思った次第ですわ」
「えぇ、初めて会った時すごくマトモそうな感じだったのに、そんなこと考えてたんですか」
「あら、わたくしはいつでもマトモですわよ」
「ふぅん、母性的な?」
「そう、それですわ! ユリィちゃんを見るとわたくしの母性がとぉっても刺激されるんですの!」
この人の母性はセクハラ紛いの行動と直結しているのだろうか。この人が母親になったら、どうなってしまうのだ。
「だってさ、よかったじゃん、疑問解決だ」
「イマイチ納得できないけどもうそれでいいです……」
「んじゃ、あたしそろそろ寝るわ。おやすみ」
アンさんがメグちゃんのベッドにもそもそと潜り込んだ。
「いや、ここで寝るんですか、自分の部屋に行ってください」
かけ布団を引っ剥がそうとするメグちゃんだけど、アンさんはしっかりと布団を掴んで離さない。
「部屋に帰るのもめんどくさいしここで寝かせてー」
「貴女、この部屋がいいからって侵略しに来たのでしょう。そんな横暴は許されませんわ」
シャリーさんが指を鳴らすと、音もなくギルマンさんが現れた。この人は一体どこに待機していたのだろうか。
「シュヴァイツァー様、失礼します。掛け布団は新しいものを後程持ってまいります」
「あ、はい」
メグちゃんがどいた瞬間、あっという間にアンさんはかけ布団ごと簀巻きにされて担がれてしまった。
「うおー、このまま捕まってたまるかー!! あぁぁぁぁ!!」
びちびちとした抵抗もどこ吹く風と言わんばかりに涼しい顔でギルマンさんは簀巻きを部屋の外に運び出した。アンさんの叫び声が遠ざかっていく。
「では、わたくしもお暇しますわ。朝ごはんまでに起きられるよう寝てくださいな。二人ともおやすみなさい。よい夢を」
シャリーさんも退出して、再び二人きりになった。顔を見合わせる。メグちゃんはちょっと疲れたかをしていた。
「はぁ、一日目から盛沢山だったな」
「うん、なんだか疲れたよ」
「私もだ。ギルマンさんが掛け布団持ってきてくれたら私は寝る」
「わたしはお先に布団に入るよ。あ、メグちゃん寝るとき明かり消してね」
「おう、解った。おやすみ」
「おやすみー」
疲れからか、明かりがついていても目を閉じたらすぐに意識がぼやけてきた。ふっかふかの寝具とこの眠気とがあいまって、気持ちよく眠れそうだ。




