『合宿』 そのニ
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フレイヤから出た頃は人がぎゅうぎゅう詰めだった列車も、停車する毎に人が降りていき、次第に空いていった。乗り換えた列車は人が殆どおらず、ほぼ貸し切り状態だった。
広大な麦畑、広い間隔で湖畔に点在する民家、遥か彼方に見える万年雪の帽子を被った高山、線路沿の花畑。産まれた街から殆ど外に出たことのないわたしにとって、窓の外を流れてゆく田舎の景色は新鮮だった。
「また負けたーっ!! くやしーっ!! もう一回だー!!」
「もうやめましょうよアン先輩。疲れました」
「あたしが勝つまでやるの!!」
「えぇ……勘弁してくださいよ」
「まぁまぁ、次は私がお相手しますよ〜」
「ショコラが? まぁいいけど」
「妹とよくやってましたから、そこそこ自信がありますよ〜」
「ふーん。よし、じゃ、いっちょやるか!!」
通路を挟んだ隣の席の三人は、さっきまでしりとりで白熱していたけど、今度はアンさんが持って来たオセロで盛り上がっているようだ。
「ふふっ、みんな楽しそうで何よりですわね」
「そうですね。……あの、シャリーさん」
「どうかしましたかしら?」
「わたし、さっきから景色ばかり見てて、あんまりシャリーさんとお話してないですよね。すみません」
わたしはシャリーさんと向かい合って座っている。彼女の隣にはモニカ先生も居るけど、彼女はこの列車に乗ってすぐ夢の世界に行ってしまって、まだ帰って来ない。
普段は人目もはばからず何かにつけてスキンシップを図ってくる彼女だけど、こんな絶好の機会にも関わらず、今のところ特にアクションを起こしてこない。だからこそ、ゆっくりと外の景色を眺めるていたわけだけど。
「構いませんわよ。何をするわけでもなく車体の揺れに身をゆだね、窓の外を眺める……ゆったりとしたこの時の流れこそ、列車旅の醍醐味ですわ」
「はぁ、そうですか」
「だから、無理してお喋りする必要はありませんわ。ユリィちゃんは、今しばらく窓の外を眺めていてくださいな」
「……わかりました、そうします」
今日の彼女はやけに落ち着き払っていた。何か企んでいるのだろうか。
がたごと、アンさんの唸る声、がたごと、ショコラちゃんの間延びした歓声、がたごと、メグちゃんのあくび。つられてあくびをする。のどかだ。時間がゆっくり流れている気がする。
「ま、負けたー!! なんで?! なんでー!!」
「わ〜い。勝っちゃった〜」
「なかなかやるじゃないか、ショコラ」
「ぐうぅぅぅ……ショコラにまで負けるなんて……くそー!!もう一回だー!!」
「うふふ〜、何回でも受けて立ちますよ〜」
横目でショコラちゃんの膝の上にある盤面を見てみると、殆ど真っ白になっていた。遊び好きの割に、アンさんはそこまでオセロが得意ではないようだ。
窓の外の景色に目を移そうとした時、ふと、シャリーさんと目が合った。彼女は上品な微笑みを返してくれた。
窓の外に目をやって、三回くらい瞬きしてからまたシャリーさんの方を見る。やはり、目が合った。相変わらず微笑んでいる。
「あの、シャリーさん、もしかして、ずっとわたしのこと見てましたか?」
「えぇ。もちろんですわ。物珍しげに窓の外を眺めるユリィちゃんの、微細な表情の変化を見るのが楽しくて」
あぁ、つまり、彼女はわたしが窓の外を見ているのを見たくて、無理にお喋りする必要はないと言ったのか。そう意識し始めると、視線がすごく気になる。
「……あの、やっぱり、お喋りしませんか?」
「あら? もっと、外を眺めていてもいいんですのよ?」
「いやー、お喋りも旅の醍醐味ですよ、あはは」
ずっと監視されているとわかった上で窓の外を眺め続けられるほど、わたしの肝は大きくない。
「では、ユリィちゃん、ここは一つ、なぞなぞで遊びましょう」
「なぞなぞですか、いいですよ」
「では、さっそく第一問。金髪で碧い瞳が綺麗で小さくて可愛い人は、だーれだ?」
「……わかりません」
なんとなく答えは予想できるけど、答えたくない。
「あら? では、ヒントをあげましょう。ヒントはわたくしの目の前に居る人、ですわ」
「……なんでしょうね、さっぱり検討もつきません」
いや、もう答え出てるし。こんなの、なぞなぞの風上にも置けない悪問だ。
「ふふっ、正解は……『ユリィちゃん』ですわよ!」
「わー、まったくわかんなかったですー、あははー」
この人はわたしが目の前に居ると、頭の中がわたしの事で一杯になってしまうのだろうか。この度を越したある種偏執的とも言えるわたしへの愛情は、一体、どこから湧いてきているのだろうか。わかり易すぎるなぞなぞとは裏腹に、皆目検討もつかない謎だ。




