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『夏休み、その前に』

 

 ☆


 終業式の日、先生は今のわたしにとって爆弾よりも危険な物を手渡してきた。クラスメートの衆目の中、受取拒否するわけにもいかず、それをしぶしぶ受け取った。

 席について、おそるおそる中を覗いてみる。惨憺たる評定に目眩がした。見なかったことにして、そっと閉じる。表紙には、ばっちりと『成績通知表 Ⅰ年A組ユリナルカ・アルケイナム』と書いてある。

 大きくため息をついた時、後ろのメグちゃんがちょいちょいと背中をつついてきた。


「ユリィ、どうだった?」

「……予想の斜め下くらい酷かった」

「まぁ、あれだ。そんなに落ち込むなよ」

「いや、そんな落ち込んではないよ。それよりも、シュリちゃんにどやされそうで……はぁ」


 この悲惨な成績通知表をシュリちゃんに見られようものなら、お説教一時間コースはまず間違いない。そして、平和な夏休みが地獄の勉強会と化すのは必至だ。


「そうか。お前の家も色々と大変だな」

「みなさぁん、私語はそれくらいにしてくださぁい。これから夏休みを楽しく過ごすためのぉ、極意が書かれたプリントを配布しますよぉ」


 配られたプリントに書かれていたのは、夏休み中の生徒の行動に対する注意喚起だった。ハメを外し過ぎないこと、という文面でアンさんの顔が頭に浮かんだ。あの人、絶対ハメを外しまくるだろうな。

 それから、夏休みの課題として理科学の問題集が配られた。他の先生達は夏休み前の最後の授業で前もって配っていたけど、ヴェロニカ先生は我がクラスの担任であるが故、こうして終業式の日に配ることにしたのだろう。


 理科学の問題集の表紙には、キャラクター化されたスイカがバカンスを楽しむ絵が描いてある。トロピカルドリンク片手に『頑張ろうぜ!』とかぬかしているそのスイカに、無性に腹が立った。なぜお前が一足先にバカンスしているのだ。お前も二人三脚で頑張れ。トロピカルドリンクの材料にしてやろうか。


「はぁい、じゃあ、これで本学期は終了よぉ。皆さん元気でねぇ。夏休み明けに会うのを楽しみにしてるわよぉ」


 先生が教室から退出した後、思い思いにはしゃぐクラスメート達の合間を縫って、ふわふわとショコラちゃんが来た。


「部活無いし帰ろ〜」

「帰りたくない……」

「え〜?! どうして〜?!」

「成績悪くてシュリさんにどやされるのが嫌なんだと」

「そっか〜。でも、帰らないとお昼ごはん食べられないよ〜。私お腹空いたよ〜」

「どうにかしてこの成績通知表を処理しないと帰れないよ……いっそ燃やそうか」

「いやいや、それ、保護者からハンコ貰って休み明けに学校に返さなきゃいけないだろ」

「わかってるけど……。あ、保護者からハンコを貰って学校に返せばいいってことは……お母さんかお父さんのハンコをわたしが押して、学校が始まるまでシュリちゃんに見つからないよう隠せばいいんだ!」

「初学生か。そんなのすぐバレるだろ」

「じゃあメグちゃん代案出してよ」

「……素直に見せればいいだろ」

「私も素直に見せたほうがいいと思うな〜。今回はダメだったけどこれから頑張るとか言えば、シュリさんも許してくれるんじゃないかな〜」


 確かに、素直に見せて謝れば、案外許してくれるかもしれない。中学まではそこそこ成績がよかったんだし、今回は高校の授業に慣れてなかったから後れを取ってしまったのであって、これから本気出す、とでも言えばいいか。見せなかったところで、成績通知表の内容が変わるわけでもなし。隠しといて見つかった時のほうが、もっと怒られるわけで。


「うー……どうなるかわからないけど、素直に見せてみるよ」

「やれやれだな。……はー、さて、帰るか」

「早く帰ってお昼ごはん食べよ〜」


 半端に覚悟を決めたおかげで、帰路の間、ずっともやもやして上の空だった。大丈夫だと自分に言い聞かせる言葉と、怒られたらどうしようという不安が、ぐるぐる頭の中を回っている。

 シュリちゃんはちょうどお昼ごはんの準備を終えたところだったらしく、わたし達を裏口で出迎えてくれた。言い訳もそこそこに、成績通知表を渡す。あとは野となれ山となれ。


「ふむ……まぁ、仕方ないのです。高校は勉強が難しくなりますものね。次は頑張るんですよ」


 眉をひそめてはいるものの、案外呆気なく目を通し終わった成績通知表を渡してきた。そこまで怒っている様子でもないみたいだ。


「あー、よかった……もっと怒られるかと思ったよ」

「ただし! 成績が悪いことを許したわけではないのです! 次もこんな成績だったら……どうなるかわかっていますよね?」


 口角は上がっているのに、目が笑っていない。次はちょっとやる気出さないと、ホントにマズイかも。 

 まぁ、何はともあれ、これでやっと、気兼ねなく夏休みを迎えることができる。これから始まる学校に行かなくてもいい素晴らしい日々に期待を膨らませながら、わたしは温かいハムエッグトーストを頬張った。

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