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『ユリィの一日』 その四

 お昼ご飯を食べ終わり、なんとなく眠気が出てきたところで、五限目の理科学が始まった。

 理科学は、魔法を用いずに自然現象を解明していく学問だ。しかし、我が校は魔法学校であるため、そこまで理科学を重視しない。カリキュラムには入っているが、最低限の履修に留めておくので、三年間の総合的な学習で履修は終わる。どうしても進路のためにより専門的な勉強をしなければならない生徒は、申請を出すこと。


 授業の初回に配られたプリントには、だいたいこんな文言が書かれていた。

 なぜわたしが今更初回のプリントを読んでいるかというと、授業がはじまってから小テストがあることを思い出して、慌てて復習しているからだ。朝にショコラちゃんが、小テストがあると言っていたことなんて、すっかり忘れていた。

 理科学を『なんか苦手』という理由で敬遠しているわたしが、前もって勉強をしてこないのは至極当然だ。復習をしようにも、苦手科目な上にお昼ご飯後の眠気も相まって、猛烈な睡魔が襲ってくるのも、また至極当然だ。

 結局、最初の授業の内容をちょろっと読んだだけでわたしは寝てしまった。小テストのプリントを配られる時に、やっと目が覚めた。


 小テストの結果は、それはひどいものだった。答え合わせをしてくれた隣の男子は、わたしにプリントを返す時、気の毒そうな顔をした。

 隣の彼の正答率は九割近くだった。

 わたしの正答率は二割未満だった。

 同情するくらいなら点数をわけてほしい。


 ☆


 ――そして長い年月が過ぎ去り、わたし、ユリナルカ・アルケイナムは数々の苦難を乗り越え、遂に錬金術師となった。

 本当にいろいろあった。けれど、そのいろいろのおかげで、いっぱい成長できた。精神的にも、肉体的にも。人の目を見て話せるようになったし、ピーマンも食べられるようになったし、身長も伸びて、おっぱいもばいんばいんになって、大人の顔立ちになって。

 そういう成長をもたらしてくれた苦しくも楽しくて充実した学生生活。今日は、それに別れを告げなくてはいけない。


 そう、今日は大学の卒業式だ。

 黒いアカデミックドレスを着飾った学生達がわらわらと、私の元に集まってくる。

 よくよく見てみると、獣の尻尾や耳を生やした人、角が生えている人、目の色が左右で違う人……ああ、そういえば、この学校は亜人スルークさんたちがたくさん居たっけ。みんなかわいいなあ。亜人さんたちに囲まれて、わたし、幸せ。

 亜人さんたちは口々にわたしを祝福してくれた。


 おめでとう! おめでとうユリィ!

 それに応え、わたしは高らかに声を上げる。

 みんなありがとう! 錬金術師になれたのはみんなのおかげだよ!

 わあっ、と歓声が巻き起こる。この世のすべてがわたしを祝福している気さえした。

 亜人さんの誰かが私の名前を叫び始めると、誰かがそれを真似る。そしていつの間にか、ユリィコールがわき起こる。

 ユリィ! ユリィ! ユリィ!

 ああ、こんな至福、あってもいいのだろうか。もう、このまま、この時間が永遠に続けばいいのに。

 ユリィ! ユリィ! ユリィ!

 空からも、わたしを呼ぶ声が聞こえてくる。その声は徐々に近くなってきているようだ。

 ユリィ! おい! ユリィ! 起きろ!

 あれ、この声――


 ☆


 背中をばしばしと叩かれる衝撃で、目が覚めた。


「ふにゃ?!」

「ユリィ、おまえの番だぞ!」


 ひそめた、けれどしっかりとしたメグちゃんの声だった。


「ユリナルカ・アルケイナム、いないのか?」


 先生の野太く厳格な声が、しんとした教室に響く。


「は、はいっ!」


 さっきまで枕にしていて、よだれが少々表紙についてしまっていた教科書を持って立ち上がる。

 コワモテ角刈りの先生がじろりと、わたしをにらむ。思わず目を背けてしまう。目を背けた先の窓の外には、五月晴れが広がっていた。


「居るなら返事をしろ。さあ、続きを読むんだ」


 それにしても、本当に彼は国語の先生なのだろうか。その何人か闇に葬っていそうな目つきもさることながら、右頬の大きな引っ掻き傷は一体どういう経緯でついたのだろうか。


「え、えっと……」


 寝てたから続きと言われましてもわかりません。そんなことを言った日には、すまきにされて近所の水路に放り込まれてしまうだろう。嫌な汗が全身の毛穴から溢れ出す。ああ、神様、助けて。


「三十七ページ七段落、アインツベルン嬢は、から!」


 神様は案外身近にいた。ああ、女神さま、このご恩は今日の内に返します。たぶん。

 さっそく、適当に開いたページをさかのぼって指示されたページを探す。


「あーっと……」


 突き刺すような先生の視線を感じるけれど、怖くて顔をあげられない。


「……あ、アインツベルン嬢は、確かに、自分の目の前で猫が消えるのを見たと言う。まるで、風に吹かれた煙のように、ふいと掻き消えた、と。しかし、爺やは沈痛な面持ちでアインツベルン嬢を見るだけだった。おお、ものを壊すだけでは飽き足らず嘘までつくというのですか、なんとなげかわしい。お嬢様、爺やは今、猛烈に悲しゅうございます」

「よし、そこまで。座れ。さて、ここでは――」


 先生は後ろを向き、解説しながら板書を始めた。着席して、ほっと一息つく。なんとかすまきは回避できた。


「ありがとうメグちゃん、助かったよ」


 先生が板書しているうちに、振り返ってお礼を言う。


「いいから前を向け。今度こそ本当に怒られるぞ」


 メグちゃんは一生懸命ノートをとりながらと小声で注意してきた。


「はーい」


 前に向き直り、黒板の上の時計を見る。授業の時間はあと三十分くらいあるようだ。

 視線を教室内に泳がせる。一生懸命ノートを取る人が大半だけど、それに紛れて隣同士で手紙のやり取りをしている人、ぼけっと外を見ている人、授業に関係ない本を読んでいる人、それぞれ思い思いの行動をとってる人も中にはいる。

 また、睡魔がまぶたを重くしてくる。口に手を当てあくびをしていると、先生が振り向く。水路に沈められたくはないので慌ててあくびをかみ殺し、板書を写す作業にとりかかった。

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